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昨日の「グロテスク」から一転、大人の夢物語です。 中里恒子「時雨の記」。芥川賞、読売文学賞などを受賞した女流作家の代表作で、多分中里作品の中では一番ヒットした作品。40代の未亡人と、50代の妻子持ちの会社社長の純愛物語。山本富士子!と丹波哲郎!の主演でテレビドラマにもなりました。歳がバレますね。笑。 不倫もの、といえばそうなのですが、プラトニックラブというところが憎いのです。おそらく人生で初めて「打てば響く」「何も言わなくても通じる」相手に出会った二人。「趣味が合う」んですね。いわゆる音楽とかの「趣味」ではなくて、生活全般に対する好みというか。 例えば、ヒロインの多江が暮らす葉山?あたりの慎ましい一軒家〜「多江」はお茶の先生をして身を立てているという設定です〜を初めて訪れた主人公の壬生は、多江が使っている器の趣味が気に入ります。何を「いい」と思うか、その見方が共通していると感じる。 足しげく「多江」とあうようになった「壬生」は、持病の心臓病が悪化しているのに気づき、不仲の妻と別れて、多江と住む家を作ろうと思い、その設計図を作ります。 けれど壬生は、その家の完成を見ずに、多江の家で逝ってしまう。当然、多江は壬生の妻に疑われます。それをやり過ごし、多江は壬生の49日に、かつて二人で訪れた、藤原定家が隠居をしていた「時雨亭」の跡を再訪して、壬生の墓はここにある、と思い定めます。 その後、多江は、壬生の友人から、壬生から渡された「家の設計図」を受け取ります。 物語はこう締め括られます。 「多江の手に渡された一枚の紙、そこに建っている家屋、生えている青苔。もう絶対に壊れることのない不動の地を、壬生は残してゆきました。 逢うことはなくても、もみじは散る。時雨は降る。さあっと降るのでした。多江には、松風の音も冴え冴えしくきこえました」 時雨は、2人で「時雨亭の跡」を訪れた時も、「さあっと来て、さあっと過ぎて」いったのでした。2人の恋のように。 (「冴え冴えしく」ですが、本文では別の字が使われており、変換できません。。。恐縮です) 著者は川端康成の代筆もしたことがあったそうで(当時の作家は「代筆」などはごく普通のことだったらしい)、古典の教養も深いよう。文字通り冴え冴えしい文体には、そんな背景も滲むような気がします。主人公たちの自然でさっぱりした気質は、山田詠美作品にも共通するように感じますが、作者たちが普段触れているモノや文章が違うので、別の世界が紡がれているのが眩しいです。 本の詳細はこちらから。 中里恒子「時雨の記」 文春文庫 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
June 2, 2020 09:55:07 PM
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