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加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

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May 27, 2020
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「人生が変わったこの一冊」、音楽本から読み物に戻ります。
 アンリ・トロワイヤ「女帝エカテリーナ」です(工藤庸子訳)。

 どうも、歴女というのか、歴史ものが好きなのですが、これは評伝としてはツヴァイクの「マリー・アントワネット」と並ぶくらい夢中になった本です。

 著者は20世紀のフランスを代表する作家で(2007年没)、モスクワに生まれ、子供の頃ロシア革命が勃発し、一家揃ってパリに移住してフランス国籍を獲得。純文学から(「蜘蛛」でゴンクール賞)、戯曲、評伝、歴史小説まで大量の著作をヒットさせました。

 この「女帝エカテリーナ」は、「大帝ピョートル」「アレクサンドル1世」と続くロシア三部作の第一弾(1978)。フランスではベストセラーに、日本語訳(1981)も発売一週間で増刷、文庫(1985)もヒットして改訂版も出ています。ツヴァイクの「マリー・アントワネット」を下敷きにした「ベルばら」同様、池田理代子さんが漫画化しています。

 エカテリーナ2世はロシア18世紀を代表する女帝。ドイツの小さな公国の姫君だったのが、ロシア皇帝ピョートル3世と結婚し、クーデターを起こして夫を追放して自分が帝位につき、広大なロシアを統治しました。一般には「啓蒙専制君主」に括られますが、とはいえかなり「専制的」であり、戦争でロシアの領土を拡大したことでも知られます。有名なポチョムキンをはじめ、恋人の多さでも有名。「エルミタージュ美術館」の元となったエルミタージュ宮殿の創設者でもあります。日本では、船が難破してロシアに流れ着いた船乗り「大黒屋光太夫」と面会したことでも知られているかもしれません。

 その人生は、波乱万丈であると同時に、たくましくパワフルです。小国の姫君という吹けば飛ぶような身分から、血縁のエリザヴェータ女帝に後継の甥ピョートルの嫁候補として白羽の矢を立てられ、母と共にモスクワへいくところから、野心家ゾフィー〜改宗後はエカテリーナ〜の人生は始まります。とにかく上昇志向の塊。愛は二の次、それより何よりロシアに君臨するという野望。そのため必死でロシア語を勉強し、ロシア正教に改宗して女帝に気に入られる。そして皇太子ピョートルとの結婚に漕ぎ着けますが、夫婦の仲はよくありません。というのもピョートルはドイツかぶれで、フリードリヒ大王に憧れ、軍隊ごっこにしか興味がなく、しかも外見的に全く魅力がなく、男性としても役に立たない(最後の部分はルイ16世とマリー・アントワネットのようです)。ピョートルは手術の結果無事「男性」になるものの、別の愛人を作って妻を振り向かない。妻のほうも負けてはおらず?恋人を作っておそらくその男性の子供を産む、などということをしているうちに女帝は亡くなり、ピョートルはピョートル3世として即位しますが、宮廷は夫派と妻派に分かれ、エカテリーナは身の危険を感じる。そして支持者たちと一緒に、クーデターを起こして夫を幽閉するのです。その直後、夫は密かに暗殺されます。それにエカテリーナが関わっていたかどうかは、わかりません。

 その後の人生は、ロシアの拡大と多くの恋人との交情〜ほとんどが美男でした。醜かった夫への反動でしょうか〜に捧げられます。エカテリーナは常に前を向き、現実的です。「彼女は明晰さの怪物、白日の天才である」(トロワイヤ)。挑戦するのが好きで、専制的です。「人力の及ばないものに惹かれる」のです。良い例が、フィンランドの大地に刺さっていた、動かすのは不可能と思われていた巨石を、輸送手段を公募してまで運んでこさせたというエピソード。尊敬するピョートル大帝の石像の台座に用いるためだというのですが、その巨石が姿をあらわした時、民衆は畏怖の念に打たれます。エカテリーナはまさに「山を動かす」お方なのだ、と。

 物語としては、権力を握るまでの上巻が圧倒的に面白い。エカテリーナは常に、ロシアに君臨するという自分の目的を把握し、そのために頭を使い、芝居をし、心をコントロールするのです。彼女は後に「回想録」にこう書きます。

「ただ野心だけが私を支えていた。なぜか知らぬが、わたしは自分がいつの日かロシアの女帝に、それも自らの意志でなるだろうと心に信じていて、それを一瞬も疑うことができなかった」

 目的を果たした後の本人の言葉ですから、虚飾もあるでしょうが、嘘ではないのでしょう。

 同時に、混沌とした、まだまだ後進国のロシアの光と闇も鮮やかに描かれます。文字も読めず、酒と博打に夢中な人間が多くを占める「宮廷」、気まぐれで無教養な「女帝」エリザヴェータ。そんな環境に絶望してもおかしくないのに、それより「野心」が上回る。共感できるかどうかはともかく、傑物です。

 18世紀のロシアには、なんと4人の「女帝」が誕生しますが、まともに?国を治められたのは彼女だけでした。最初の「女帝」はピョートル1世の未亡人ですが、なんともとは貧農の娘。当時のヨーロッパでは考えられないでしょう。そこが、ロシアです。

 「ボリス・ゴドゥノフ」に出てくるような「僭主」〜死んだピョートル3世の生まれ変わりだと言いたてるような〜が何人も出てくるのも、「ボリス」というオペラを知った今、いかにもロシアらしく、興味をそそられました。

 最高なのは、やはりトロワイヤの文章。現在形を多用し、テンポよく、読者をその時代の、出来事の、人物の目撃者にしてくれます。工藤庸子さんの訳文も秀逸なのだと思います。

 本の情報はこちらから。

 アンリ・トロワイヤ「女帝エカテリーナ」 工藤庸子訳 中公文庫





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最終更新日  May 27, 2020 03:45:00 PM


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