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加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

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音楽

June 2, 2009
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カテゴリ:音楽

 「(いいオペラ)歌手がいない」
 よく聞く、また書かれる言葉です。
 一面の真実であることは確かです。私もよく、ドラマティックな歌手がいないと嘆いているので・・・

 けれど一方で、今はベルカント歌手の黄金時代でもあります。
 そんな今、絶大な人気を誇る2人が共演した、待望のCDを聴きました。出たのは少し前なので、遅まきながら購入したのですが・・・
 フローレスとバルトリ。フローレスがデッカの専属になって以来、期待されていた組み合わせです。
 演目は「夢遊病の娘」(ベッリーニ)。なぜか「清教徒」と思い込んで探してしまったのは、今年の1月、素晴らしかったと評判をとった、フローレスの「清教徒」(ボローニャ歌劇場)を聴き逃した悔しさのせいでしょうか・・・

 果たして、期待通りの素晴らしさでした。
 
 完璧な技巧の快感は2人とも織り込みずみですが、とりわけバルトリの、完璧といいたくなる長くもやわらかなフレージングと、そよ風に流されているような自然な優しさ(アジリタも風に揺れるよう!)、憂いに満ちた表情は、「これこそ、ベッリーニの想像していた音楽ではないだろうか」と思ってしまうほど。ワーグナーやクララ・シューマンをはじめ、多くの音楽家、芸術家を魅了したベッリーニ節とは、これではないかと納得した気分になりました。

 フローレスは、輝かしさはもとより、完璧なテクニックは爽快なほど。よく言われることですが、もう少し人間味のようなものがあれば鬼に金棒?そのあたりは、これからに期待したいところですが、この作品に関しては、あまり「艶」がなくとも若者らしくていいのでは。いずれにせよ彼の歌唱が、今のテノールのなかで一番わくわくさせ、「声」を聴く陶酔を味あわせてくれるものであることは間違いないでしょう。

 こういうディスクに出会うと、「歌手がいない」なんて嘘、と、つくづく思ってしまいます。
 友人のオペラ評論家が、今はベルカント・オペラを聴くべき、と力説するのも、もっともです。ヴェルディアンの私でも、ベルカントの魅力に酔ってしまいますから。
 カラスやサザーランドの、強めのそれとは違う、エレガントなベルカントです。

 オーケストラは、アレッサンドロ・デ・マルキの指揮による、チューリヒ歌劇場のピリオド楽器アンサンブル、「ラ・シンティッラ」。ライナーノーツ及び水谷彰良氏の解説によると、限りなくオリジナルに近いヴァージョンでの演奏だそうです。オケもきびきびと快活で好感大。今年出会えたオペラのCDでは、今のところダントツです。

 http://www.amazon.co.jp/%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%8B-%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%B9-%E3%83%95%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A8%E3%82%B4-%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AA-%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A2/dp/B001G6SWJ8/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=music&qid=1243900570&sr=1-1







最終更新日  June 2, 2009 09:00:22 AM
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June 1, 2009
カテゴリ:音楽

 昨日は、新年度になって初めて、びわ湖ホールにオペラ講座のお仕事でうかがいました。
 朝方は雨だったそうですが、お昼からは気持ちよく晴れ、びわ湖が青々と美しい、さわやかな日でした。
 「魔弾の射手」がメインテーマの講座でしたが、集まってくださった方がみなさん熱心で、ありがたい限りです。

 講座終了後には、顔を出してくれたホールの館長さんと、この春からの担当者、3月までの前任者と、ホールの横にできた真新しいカフェでお茶を飲みました。
 びわ湖の湖岸、湖がばっちりみわたせて、リゾートのようなロケーション。第3セクターの主導で、1ヶ月ほど前に、カフェとレストランが4軒ほどまとめてでき、大いににぎわっていて、ホールにも効果が及んでいるそうです。
 
 びわ湖ホールの館長さんは井上さんといい、オペラにとてもくわしく、関西人らしい当たりのソフトさもあいまって、お話しているととても楽しい方です。
 講座担当の前任者で、今は京都のコンサートホールでお仕事をしているMさんに会えたのも、嬉しいサプライズでした。
 
 講座の前には、大阪の某ホールのひととランチをしがてら、これまたおしゃべりに花を咲かせました。
 才気煥発なMさんには、ホールの情報誌に連載した「作曲家の食卓」でお世話になり、とても感謝しています。
 ちょっと先ですが、面白いコンサートへの参加のお誘いをいただきました。まだマル秘なのですが、テーマがまったく異色で、さすがです。

 ところで、そのMさんの悩みが
 「いいクラシックの入門書がない」
 ということでした。
 来年、彼女の担当している情報誌で、大々的に入門者向けの解説をしたいということになり、いろいろ読んだらしいのですが、
 「オタッキーな男子の、「これも知っている、あれも知っている」系か、おえらい先生の、「クラシックとはこういうものです」という、上から目線のもの」
 ばかりだというのでした。
 「もっと具体的な情報が欲しい。たとえば調性とかソナタ形式とか、それがいったい何なのか。
 調性でも、特定の調性が使われている場合、それがどういう意味があるのか、そこまで説明して欲しい」
 もっともです。

 好評のテレビ番組「名曲探偵 アマデウス」で活躍中の野本由紀夫氏が中心になって、最近出たCDつき入門書
 「クラシックの名曲解剖 図解雑学」(ナツメ社)は、この点なかなかの良書だと思います。
 「リトルネッロ形式」を「サンドイッチ」にたとえるなどのアイデアは、なるほど、でした。

 http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E5%90%8D%E6%9B%B2%E8%A7%A3%E5%89%96-%E5%9B%B3%E8%A7%A3%E9%9B%91%E5%AD%A6-%E9%87%8E%E6%9C%AC-%E7%94%B1%E7%B4%80%E5%A4%AB/dp/4816346635/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=books&qid=1243859895&sr=1-2







最終更新日  June 1, 2009 10:18:19 PM
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May 28, 2009
カテゴリ:音楽

 時計の針を巻き戻して、聴きそびれた公演に行かせてあげる、と言われたら、クライバーとドミンゴの「オテッロ」(ヴェルディ)を聴きたい、と言うでしょう。
 1981年のスカラ座来日公演でもいいけれど、1976年,ドミンゴがオテッロ役に初挑戦したスカラ座にも行ってみたい。
 「オテッロ」の公演になかなか期待できなくなった今、つくづく憧れてしまいます。

 「オテッロ」は特別なオペラです。歌手と指揮者、両方が揃って初めて真価が体験できるように思うからです。
 もちろん、どんなオペラでも両者は重要です。けれど作品に力があるだけに、ふたつが揃った時の感動のすさまじさは格別のように感じるのです。

 いままで自分で聴いた中で一番感動したのは、2003年、フィレンツェの5月音楽祭での公演。指揮メータ、タイトルロールはガルージンでした。デスデモナはフリットリでしたし、ヤーゴはグエルフィで、今としては揃ったメンバーだと思います。
 椅子の背に叩きつけられたまま、2時間が過ぎました。「オテッロ」って凄い、つくづくそう思ったことを憶えています。
 ガルージンのオテッロは、その後東京やパリでも聴きましたが、さすがにだんだん声が荒れてきた印象を受けました。
 何しろ、オテッロを歌える人が少ないので、引っ張りだこなのでしょう。

 昨年、トリノ王立歌劇場の指揮者になったジャナンドレア・ノセダが、友達だというフリットリと記者懇親会をやった時に、フリットリと組んで「オテッロ」をやりたかったが、オテッロ役が見つからなくてできなかった、と話していたくらいですから・・・

 そんな現状だけに、ドミンゴとクライバーの残した録音を聴くと(残念ながらすべて海賊盤ですが)、飛んで行きたい衝動にかられてしまいます。
 ドラマとひとつになった、華麗にして衝撃的な演奏は、時間が飛ぶように過ぎる快感を味わえるに違いない、と思ってしまうからです。

 (ドミンゴのオテッロは、「ワシントン・オペラ」の来日公演などで聴きましたが、もう最盛期を過ぎていたので、「聴いた」とはいえない状態でした。)

 この2人がゴールデンコンビだと思ってしまうのは、繊細さ、大胆さ、アーティストとしての華麗さなど、共通する部分が少なからずあり、それが「オテッロ」という、暗いようだがやり方によっては流麗になりうる心理ドラマを、最大限魅力的にできていたような気がするからです(録音だけではなんともいえませんが・・・)。

 







最終更新日  May 28, 2009 08:49:32 AM
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May 25, 2009
カテゴリ:音楽

 年に2度くらい、友人グループと、オペラを観にいく会をやっています。
 ふだん格別なオペラファン、クラシックファンというわけでもないけれど、時々はオペラもいいかな?というグループ。演目の設定は、こちらが勝手にさせていただいています。 

 アフター必須の本番もですが、事前に演目をDVDでお勉強する会も楽しみ。
 勉強会とか言ってますが、実質は飲み会で、鑑賞前にまずパーティ。食べ物飲み物がひととおり行き渡ってから、やおらDVDに取りかかるという、きわめてラフな集まりです。

 昨日は、今年2回目のお勉強会でした。
 お題は、来月新国で上演される「チェネレントラ」。今シーズンの新国の演目のなかでも、出演者の豪華さで一押しの公演です。
 ちょうど、今回と同じプロダクションを使ったDVDがあるので、好都合でした。

 ポネル演出のこのプロダクション、形式は映画ですが、とてもしゃれています。プロダクション全体の美しさもですが、音楽にあわせた動きがすばらしい。また第2幕のショックの六重唱では、人影を影絵のように写しあげ、それがまた音楽のシュールさとマッチしていて粋なのです。

 午後1時半の集合でしたが、食べたり飲んだり喋ったり観たりしているうちに、あっという間に9時を回っていました。

 気の置けない仲間なので、会って飲み食いしているだけで楽しいのですが、同時にこちらとしては、オペラ初心者にとってとっつきやすくて楽しめる演目はどんなものなのかがよく分かり、とても参考になります。
 これまで10作以上鑑賞したと思いますが、受けたのは「魔笛」と「ボエーム」。同じモーツァルトでも、「フィガロ」は勉強会の時の居眠り確率が高かったので驚きでした。
 このあたり、「フィガロ」の筋の難しさ、プラス、音楽の質の差(良し悪しではなく、書き方の差)なのかもしれません。「魔笛」の音楽のほうが、1曲1曲のキャラが立っていますから、とっつきやすいのかなと思います。

 「チェネレントラ」は言うまでもなくロッシーニですが、ロッシーニの音楽も、はまるのには多少時間がかかるような気がします。あるていど聴き慣れないと、あるいはあるていど音楽の経験がないと、すぐにはぴんと来ないかもしれない。プッチーニのようなドラマトゥルギーは関係のない、音楽そのものの快感の世界なので・・・。
 音楽そのものの快感(そしてはまるのに多少時間がかかる)という点では、ワーグナーに近いかもしれないと思います。

 よく聞く話ですが、ロッシーニにはまっているひとは、以前ワグネリアンだったひとが少なくないそう。
 あるオペラ評論家の意見は、「両方とも、音楽で陶酔させるからではないか」とのことでした。
 もちろん、どちらかオンリーのひとも多いようですが。

 それはともかく、6月の「チェネレントラ」、大いに楽しみです。
 「カサロヴァやシラクーザに振られたりしないでしょうね」と新国で洩らしましたら、「それは禁句です!」と関係者に怒られました。当然ですね。







最終更新日  May 27, 2009 10:40:56 AM
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May 24, 2009
カテゴリ:音楽

 昨日、ランチを一緒にしたドミンゴ・ファンからきいた話。

 ウィーンでの「ローエングリーン」の公演で。大詰め、機械の不具合で白鳥が現れず。あせったドミさま(彼女はこういいます)、「ぼくの白鳥はどこ?」と、不得手なドイツ語で言ったそうな。
 
 その間、音楽は?

 彼女いわく
 「ずっと止まってた」

 そんなこと、あるんですね。その場にいたかったなあ。

 昨シーズンのスカラ座の「アイーダ」での、アラーニャの舞台放棄も事件だけれど、こういうほうが面白いなあ。なかなか聞こえてこないのは無理もないですが。

 ちなみに彼女に言わせると、「ローエングリーン」でのドミンゴ(映像も出ています)は、全然ドミンゴらしくないのだとか。「もっと動きたいだろうに、じっとしていなくちゃならないのが気の毒」だと言っていました。

 「無理して、ワーグナーなんかやらなくてもいいのに」

 同感です。はい。「オテッロ」だけでもドミンゴはオペラ史に残るでしょう。後継者は、いません。







最終更新日  May 24, 2009 09:04:59 AM
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May 23, 2009
カテゴリ:音楽

 数日前、このブログでご紹介した映画「クララ・シューマン 愛の協奏曲」では、BGMにシューマンやクララ、ブラームスの作品がたくさん流れていましたが、一番印象的に使われていたのは、シューマンの交響曲第3番「ライン」です。
 物語の設定が、シューマンの晩年、デュッセルドルフの音楽監督時代なので、そこで作曲された「ライン」がメインテーマのようになるのは、宿命?のようなものでしょうか。

 シューマンの交響曲、とくに「ライン」は一時はまり、いろいろ聴き比べました。
 けれど、最初に聴いて気に入ったサヴァリッシュ盤以外には、あまりぴんと来るディスクに出会うことができませんでした。
 名盤とされるバーンスタインや、ドホナーニ盤なども聴きましたが、今ひとつ。
 冒頭開始部の堂々とした晴れやかさはみないいのですが、どこからかだれてきてしまうのです。 
 サヴァリッシュ盤は圧倒的に流麗で、音楽の流れと引き締まった緊張感が薄れず、唯一の愛聴盤となりました。

 しかし、なかなかいい盤にめぐりあえないのは、曲のせいもあるのだろうか。
 そう思っていたら、昔からの友達であるベルリン交響楽団(旧東側のオケ)のヴァイオリン奏者が言っていました。
 「シューマンは、ピアノ曲を書くのと同じ感覚で交響曲を書いている。
 たとえばピアノなら簡単に弾けるような和音を、オーケストラのスコアにもどんどん書いてしまうので、演奏するのは難しいんだ」

 緊張感がなかなか続かない理由は、このあたりにもあるのかもしれません。

 サヴァリッシュ盤(交響曲全集)はこちら。オケ(ドレスデン、シュターツカペレ)もいいです!

 http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E5%85%A8%E9%9B%86-%E3%80%8C%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%80%8D%E5%BA%8F%E6%9B%B2-%E3%82%B5%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5-%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%82%B0/dp/B0007INZH0/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=music&qid=1243033179&sr=1-1







最終更新日  May 23, 2009 08:02:51 AM
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May 19, 2009
カテゴリ:音楽

 「ラ・フォル・ジュルネ」以来、頭のすみに張り付いているテーマ、「日本人はなぜバッハが好きなのか」。
 ひとに勧められて、いくつか文献を読みましたが、受容史に関することばかりで(いつどこで初めて「マタイ」をやったというような)、あまり参考になりません。

 昨夜行ったコンサートで、隣に古楽に詳しい評論家がいて、思わずその疑問をもらしたら、彼もしばらく考えていましたが、
 「前、チッコリーニにインタビューした時にね」
 と話し始めました。
 「日本では、クラシックのコンサートって、宗教的な雰囲気がある、って言うんだよね」
 へえ、宗教的な雰囲気?
 「ヨーロッパでは、クラシックって娯楽だし、社交場だから、もっとにぎやかなんだけど、日本では厳粛なんだって。日本人はそういう雰囲気が好きなのかも」

 うーん、それと「バッハ好き」って、関係あるのかな。

 ツィメルマンの、ペダルを多用したピアニスティックなバッハを聴きながら、またまた考えてしまいました。

 謎はまだまだ解けません。どなたかヒントがありましたら教えてください!







最終更新日  May 20, 2009 08:11:21 AM
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May 18, 2009
カテゴリ:音楽

 新緑の美しい季節。ホールや劇場もいいけれど、緑の風を感じながらの音楽も格別です。

 そんな素敵な1日を、知人の招きで過ごすことができました。
 
 昨日の日曜日、軽井沢に「モーツァルトハウス」と名づけた別邸を持つ知人のご夫妻の主催による、「フィガロの結婚」のDVD鑑賞会にご招待いただいたのです。
 参加メンバーは、オペラ好き、あるいはモーツァルト好き10数名。
 それぞれに持参したDVDを持ち寄り、幕ごとに映像を取り替えて、比較鑑賞を楽しみました。

 評判のよかったDVDは、バレンボイム指揮のベルリン国立歌劇場のもの、ヤーコプス指揮のシャンゼリゼ劇場のもの、カンブルラン指揮のパリ・オペラ座のもの。
 最後のDVDは、伯爵夫妻を結婚衣裳店の社長夫妻に設定した、マルターラーの洒脱な演出がみものです。
 舞台に「レチタヴォニスト」を登場させ、第4幕ではレチタティヴォニストに、モーツァルトの歌曲「老婆」を演奏させてしまったオチもついています(不思議と不自然ではありません)。

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88-%E6%AD%8C%E5%8A%87%E3%80%8C%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AC%E3%83%AD%E3%81%AE%E7%B5%90%E5%A9%9A%E3%80%8D-DVD-%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%B3/dp/B000HT3TU2/ref=sr_1_32?ie=UTF8&s=dvd&qid=1242688191&sr=1-32

 オペラの後はもちろんお酒とご馳走。「ドン・ジョヴァンニ」に登場する「マルツィミーノ酒」の差し入れもありました。イタリア生まれの、赤の甘口スパークリングワイン(プロセッコ)でしたね。

 吹き抜けのリビングには、あちこちに窓が設けられ、自然との一体感は抜群。
 あいにくの雨模様でしたが、窓の外の緑のすがすがしさは、十分に感じることができました。
 「モーツァルトハウス」の名にふさわしく、室内の壁にかけられた小さな版画やリトグラフは、すべてモーツァルトにちなんだもの。
 ご夫妻のモーツアルトへの「愛」が伝わってくるスペースで、至福の時を過ごすことができました。







最終更新日  May 19, 2009 11:48:00 PM
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May 6, 2009
カテゴリ:音楽

 「ラ・フォル・ジュルネ」も昨日で最終日。
 昨年以上の賑わいで、チケット15万枚はほぼ(99パーセント以上)完売のようでした。

 (後記: プレス・リリースを遅まきながら拝見、チケット販売136、751枚、販売率は94.2%とのことでした)

 細かい問題点はいろいろ感じます。
 たとえば、会場のトイレの少なさ(大曲の合間の休憩が15分では無理)、地下広場の食堂周辺の椅子、テーブルの少なさは問題と思いますし、
 販売される本がごく点数がかぎられていたりすることは、正直「せこい」と思います。
 この機会に、できるかぎりのものを展示して、この世界の広さ深さを知ってもらうのも、このようなフェスティバルの役割ではないでしょうか。
 また、通路には、開催中のコンサートの掲示があったほうが親切でしょう。

 とはいえ、昨年より改善されていることもあるようで、今後も順次改良されていくことは期待できそうです。
 
 それはさておき、最終コンサート、なかなかに感動的なものでした。
 チケットを買い求めるとき、BCJのヨハネか、コルボのマタイか迷いましたが、BCJは定期的に聴けるし、と思い、コルボのマタイを選択。
 会場のAホール(5000人)は大きすぎて視覚、聴覚ともなかなか辛いですが、舞台の左右に大きなスクリーンが出て、舞台光景を映し出すのは正解でした。これも改善点ですね。

  演奏は、優しい表情のマタイ、というのが第一印象。インテンポで、ピリオド風なところもありますが、モダン楽器でもまったく不自然さはなく、軽快でやわらかい。マタイの抒情的な音楽に、よくあっていたように思います。
 ソリストは、テノール、イエス役のバス、アルト以外はやや物足りなかったですが、それくらいは(この値段で、ということもありますし)しかたないでしょう。
 
 それより感激したのは、聴衆の反応でした。
 開演前や休憩時間の会話を小耳にはさむと、「マタイ」を聴くのが初めて、という方がかなり多いようで、
 その多くは、対訳を買ってお勉強。
 上演中は、船をこぐひともきわめて少なく、真剣に聴き入っているのが分かりました。
 驚いたのは、最終曲の2,3曲前くらい(バスのアリア「わが心よ、自分をきよめなさい」あたりから)、すすり泣きの声がきこえてきたのです。
 一瞬、「蝶々夫人」か?と錯覚するくらい。
 「マタイ」の演奏会で、すすり泣きの声をきいたのは初めてでした
 そして終演後は、スタンディングオベーションも出る熱烈な拍手喝采。
 心が揺り動かされたことが、ストレートに伝わってきたのです。

 日本人の感性って、すごい。
 その思いに圧倒されてしまいました。
 これがイタリアあたりで、同じように初心者の方がおおかったら、失礼ながら休憩で帰ってしまうひとも、かなりいると思います。
 ドイツ人だって、これほど集中しないでしょう。
 初めて出会った世界を、真剣に感じようとし、実際に感じることができる、そんな姿勢と感性は、日本人の大きな長所だ、とつくづく思ったことでした。

 それにしても、日本人はバッハが好き。何か、根底のところで共鳴する部分があるのでしょうか。
 
 バッハと日本人。宿題がひとつ増えました。







最終更新日  May 11, 2009 08:47:39 AM
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May 5, 2009
カテゴリ:音楽

 ラ・フォル・ジュルネ2日目、コンサートの合間に、茂木健一郎、鈴木雅明対談を聞きました。
 人気者2人の対談とあって、会場の「リューベック広場」は、開始30分くらい前からぎっしり。
 とった席が、なんと2人の真後ろにあたり、対談中、ずっと背中を見ているはめになったのですが・・(笑)。

 けれど内容は、とても面白いものでした。
 お2人とも、頭の回転が速く、加えて、(当然ではありますが)日々、実践や思索を通じて考えていることのストックが多い方なので、引き出されてくることが広く、深い。
 たとえば、(19世紀とは異なる)18世紀の宇宙観(より自然と人間が一体化していた)、と、バッハの音楽の関連とか、
 制約のなかでの可能性の追求の面白さ(たとえば古楽器を使えば当然制約がある)とか、
 音楽とは再創造すること、とか、
 は、自分でもばくぜんと感じていることながら、言葉にできないし、しようとも思わなかったのですが、クリアに明確に提示されると、深くうなずいてしまうのでした。 
 また、鈴木先生の体験から生まれる、聴衆が存在するコンサートという「場」が生む力の話や、バッハのカンタータを礼拝のなかで再現することはしょせん不可能なのだし、とくに、より無理である日本ではコンサートでやったほうがいい、という説も、納得でした。
 
 限られた時間で、深いところをずばずばとすくっていく茂木さんの質問力にも脱帽です。

 一緒にいた連れ合いも、お2人の頭のよさに感心しきり。
 
 「茂木さんと何日か一緒にいて、「考える」ことが足りないなと反省した」
 と言ったら、
 「あんな(に頭のいい)ひとと一緒にいて、何も感じないようじゃ終わり」
 だと言われてしまいました。
 
 その茂木さん、取材旅行の際にお贈りした、鈴木先生との対談集「バッハからの贈りもの」を読んでくださり、対談の最後でちらと触れてくださいました。

 配慮も怠りなく。人気の秘密はここにもあります。

 ちなみに私の知る限り、鈴木先生もそのあたりの配慮は抜群。ほんとうに頭のいいひとというのは、そのあたりもケアできるのではないか、と、ひそかに思っています。

 当日の模様も載っている、茂木さんのブログ。

 http://www.kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/







最終更新日  May 6, 2009 02:11:32 PM
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