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カテゴリ:幼少時の学習
昨日に引き続き、「新・0歳からの教育」を読む。
「スポック博士はもういらない」という記事に、次のようなことが書いてあった。 「育児書に教わったのは、せんじつめれば『本に教わることはほとんどない』ということだ。子育てという試験は最初は二者択一で、やがて多項選択式になる。その後かなりの時間が過ぎてから、実は終わりのない論述問題だったとわかるのだ。」 「答えは一つではない。褒めるだけで伸びる子もいれば、厳しくしからないとだめな子もいる。」 「今も私にはよくわからない。何がうまくいき、何がうまくいかなかったのか。何が私の子育ての結果で、何が単なる成り行きなのか。」 「子供が小さいころは、私のすることが彼らの人格を決めると思っていた。でも今は、子供たちは自分本来の姿に育っただけなのだと思う。」 「最大の過ちは、子育て中の親ならたいていはそうなのだが、その時々を十分に生きなかったということだ。子育ての時期が写真の中にしか残っていない今、それがはっきりわかる。」 「ごはんの後は、おふろ、本を読んだら、寝る時間-と、急ぐべきではなかったとも思う。やることをもっと絞り、その瞬間を大切にすればよかった。」 「赤ん坊のうちに、ささやきたかった言葉もあるし、与えたかった刺激もある。・・・クラッシックを聞かせれば絶対音感が身につく可能性が高まるなら、私はそのチャンスをつぶした。」 「なのに、結果はどうだろう。三人の子供たちは、私がこの世でいちばん好きな人間だ。そして彼らは誰よりも、私という人間の本質を引き出してくれた。育児書はそんなことを教えてくれなかった。」 「私は子育ての専門家に教えを請いたいと思っていた。ただ、本当の『専門家』が自分のすぐそばにいると気づくまで、少しばかり時間がかかったようだ。」 著者は、アナ・クインドレンさんというNewsweekのコラムニストであり、三人のお子さんを育てたお母様である。 これを読んで、その子にとって何が良いかは、「本」より「自分の中」にあるんだな、と感じた。 とは言っても、書いてあることはその通りだと思う一方、お友達の子供が何か早期教育を始めた、と聞けば、「ウチもやったらいいかしら」と思うだろうし、かといって何もやらせずにはおれない、という気持ちもあるだろう。 早期教育用の教材のパンフレットを読めば、「いいかもしれない。」と感じるように作られている(商売だからね)。 私は、お母様が悩んでいらいらされるのが、一番お子さんにとってよくないと思っている。 そのときに、私が書いていることが、お母様の悩みを解消する手立てとなり、かつあまりお金がかからないことであれば、有益な情報となるのではないだろうか。 かと言って、お母様が書き込みを読んで、余計悩まれたら見も蓋もないのであるが(そうならない用、注意して書いてはいるんだけれど)。 情報はお子さんに合うよう、うまくアレンジしてみてくださいね! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2004/09/27 02:45:54 PM
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