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カテゴリ:『タイと人』
男は小さな会社をタイで経営していた。 住み辛く、ギスギスした日本に嫌気がさして、この地に やってきた。 もちろん、初めてやって来たわけではない、会社勤め をしていた頃、出張で何度かやって来たことがある。 それ故に、この国の良さを知っていた。少なくとも今 の日本人の心から消えてしまったものが、ここにはある と思っていた。 女はみな、純粋で男をたて、親兄弟を大事にし、仏の 道に信心する人々。一年中、熱い陽が降り注ぎ、幾種類 もの熱帯の果実を楽しむことができ、海産物にも事欠か ない。 そんな地は「JAPAN」というブランドは強かった。し かし、赴任してきた時に男は心に誓っていた。 ---いつも同じ目線でいなければ。 そう、よく日本人の駐在にありがちな「驕りの心」 ---やっぱり、タイ人か。。。 そんな見下した視線で自分の社員を見ることだけはし ない。 そう固く思っていた。 その男の会社は軌道に乗り、タイ人社員達もよく働い てくれた。その男はよく、タイ人と話をした。つたない タイ語も年を重ねるごとに上手くなっていった。 新しく、タイの地で事業を考えている、日本人経営者 にとっては、これが「鑑」だと言う様な存在となっていた。 ある日、新しくタイで事業展開しようとしている若い 経営者が、その男を訪ねた。 ---色々、教えてください。 ---いえいえ私どもが教えるなんて。。。 そう謙遜しながらも男には自信に満ち溢れていた。 タイで事業をする上で最も困難とされる従業員の管理 教育で、自分は「成功」しつつあるのであるから、それも 当然かもしれない。 ---タイ人労働者を管理する上で一番のポイントは何でしょう? 男は、柔和な笑顔とともに即答で答える。 ---同じ目線で仕事することでしょうか。 ---よくタイ人は時間にルーズだと言われますが、これも同じ 目線で捉えねばならないのですか? ---時間にシビアであらねばならないのは、どこの国でビジネスを する上でも大切なことですから、根気良く教えねばなりません。 ---なるほど。で、社長は辛抱強く、根気良く接してこられたわ けですね? ---はい。そのつもりですが。。。 若い経営者は、「指針」を得て帰っていった。 ある時、この男の従業員が、日本人には考えられないようなミス を犯した。単純なミスであったので、男は怒りもせず、笑顔まじり に軽く注意をしただけに留めた。 そして幾日も経たないうちに、また同じミスを犯した。今度は男 も真剣に叱り付けた。 ---同じミスを何度もするな。 それから、何度か同じことがあった。タイ人従業員はまるで反省 の色が無い様に男に映った。 男は、煮えたぎる頭を冷静にしようと、その男の経歴を見直して みることにした。履歴書のファイルを見ながら思った。 ---ああぁー。ポー6かぁ。。。 その従業員は小学校の義務教育を終えただけの男であった。 翌日から、男のその従業員を見る目が変わった。 ---(所詮、小学校出の人間に何を教えても無駄だ) そんな風に思ったのだ。 それから男は、従業員がミスをする度に、その者の履歴書を開い ては納得していた。 ---(流石に、タイ人と言えども大卒なら言えばわかるはずだ) そして、大卒の者には、一から十まで物事の「理」を説いた。 その者は二度と、ミスをしなくなった。 男は得意満面にこのことを吹聴して廻った。 ---所詮、小学校卒は。。。 それから、その男の会社はおかしくなった。男にとっては何も変 えたつもりは無かったのであるが、車内の空気が変わった。 大卒は、肩で風切って歩き、自ら仕事を選び、汚れる仕事を嫌い プライドだけが先行した。 小学校を出ただけの従業員は皆、辞めた。中間層の高卒や高専卒 の人間はそれぞれのグループを作り、決して交わろうとしなくなって いた。 見る見るうちに、澱んでいく水。 そして、遂に行き詰まった。 「タイで成功した経営者」 かつての賞賛が空しく男の胸に響く。 その男が以前に指南して説いた若い経営者が、どこかのホテルで 講演会をしていた。 『タイで成功するための労務管理術』そんな内容だった。 会場にその男の自信に溢れた声が響いている。 ---第一にはですね、タイ人と同じ目線に立つことです。。。そして 本当に。。。このことを実践出来ているのだろうか? その様に時折胸に手を当てて考え直すことが必要です。 その若い経営者は、男の失敗からも学んでいた。。。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 27, 2006 11:03:26 AM
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