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カテゴリ:『夜遊び顛末記』
「そこ」の独特の匂いが男の鼻を襲う。 表現し難い匂い。煙草を吸わないものがパチンコ屋のフローアー に足を踏み入れた時にも似ているかもしれない。 大きなガラス張りの箱の中に数十名の女が妖艶な色を放ちこち らを見ている。マジックミラーではないから向こうからも、よく 見渡せるはずだ。 時には、一対数十名という構図すらある。 男は、日本からの客を連れて来た。『ラッチャダー通り』と言 うだけで、男たちの間では通じる世界。 そこ界隈には数十店舗の店が軒を連ねる。夜の帳が降りた頃に は、そこはアジア各国からやってきた男どもで埋め尽くされる。 男は、客が女を選んでいる後ろで、乾いた視線をガラスの箱の 向こうに投げていた。目の前の男の背中は欲望に掻き立てられた 雄の背中と映り、その向こうの女達は、雄の欲望をただルーティ ーンな『仕事』として、吐き出てくるものを呑込む機械口のよう にしか見えなかった。 おそらく、目の前の男達の股間は既に熱く疼いているのであろ う。そして、女達は今日の稼ぎのことで頭が一杯なのか。 ---選ばないのかい? 妙な媚び笑いを浮かべたコンチャイが隣に擦り寄ってくる。 ---俺は、いらない。 ---ん?前の段の子なら1500でいいんだぜ?安いだろ? (金の問題じゃない。。。)そう腹の中で呟きながら答える。 ---立たないだけさ。 いつの頃からか男は、目の前の女がいくら自分を誘って妖艶な 空気を作り出そうが、乾いた視線でそれを黙殺することしか出来な くなっていた。 そう。。。本当に「立たない」のだ。 日本人の客が女の手を取って部屋へと向かう。足取りが軽い。 それを見届けると、男はロビーでバーミーとビールを注文し、読 めもしないタイ語の新聞を広げ、これからの二時間という途方も なく長い「時」をそこで潰さねばならない苦痛の色を、それで隠した。 数年前、自分もココにやって来た頃は、心躍らせ、漲る男のエキス の処理に困るほど、「普通」の男であった。 それが今では、何を見ても反応しない。いや、正確には雄を誘いそ のエキスを明日の糧に変えている雌達には、一切反応出来なくなって いたのだ。 それを他の男達は皮肉って時には汚い言葉を浴びせる。 ---ふっ、駐在員ぶりやがって。『俺はもう飽きた』ってか? 男は心内で叫ぶ。 ---(俺だって、楽しみたいんだよ。アンタたちのようにな。。。) 冷めたバーミーの汁が油を浮かべて淀んでいるのを、気の抜けたビール を煽りながら、視線の端で黙殺し、大きな溜息を一つ、吐き出した。 そう、今頃、他の男は、快楽を享受し欲望を吐き出しているのに。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 28, 2006 10:35:24 AM
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