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カテゴリ:建造物
![]() 景徳院編(仮)・ファイナル! ちなみに! お寺の敷地の中に関しては・・・ やっぱしね 終焉の地 最後は頼りにしていた家臣に裏切られて・・・ ココまで逃げて来て、生き残っていた一族全てが自決した場所とか 血塗られた過去がある場所だけに 怖くて画像なんて撮れるわけがねぇだろ!(涙迫) 何か写ったらどーすんだよ!!(滝涙) と言う事で 何も撮ってません! って言うか、続編があったとしても かなり厳しいです 自分的には・・・(怯) で? 何故、参門だけ画像を撮ったのかと言うと 左下にある行き先の看板・・・ つい、さっきまでいた 湯ノ沢峠の文字が! ![]() 左下の赤丸が景徳院の位置です 上の方にある青丸が湯ノ沢峠 ちなみに湯ノ沢峠までは直線距離で6.5kmほどですが 登山道は・・・ 稜線上までずっと東に進路を取り 長い上り坂を2時間近くかけて登っていきます そして稜線に出てからは、ずっと北上して たぶん3時間くらい まあ基本的に 日帰りルートとすると、結構辛い場所 そう、大体の場合は 大菩薩嶺か大菩薩峠まで行って 上日川峠まで下り そこで一泊する そのくらいの余裕を見ておかないと踏破するのが結構困難な 関東近郊なのに、日帰りが厳しい場所だったり知るんです この辺り 登山道入り口って書いてあっても・・・ 軽い気持ちで入っちゃダメだぞ! ちゃんと、登山計画書を出しておかないといけないって 良く判りますよね? ![]() ちなみに・・・ 建立から明治時代にかけて 何度も火災に遭って その都度修復されてきた過去があるらしい ただし! この奥にある山門だけは何故か一度も焼失することなく 現在に至っているらしいのですが きっと、物凄く強力な守護霊的な物が憑いて・・・(怯) で! この参道入口の名盤も・・・ かなり古いモノ 相当昔から、消失を免れてきた物なのかもしれない? 周りの木材は・・・ たぶん昭和に入ってから再建されたんじゃね? みたいな感じが有りますが ![]() ちなみに山梨県の文化財に指定されたのが昭和42年 って、57年前 そして、この看板が建てられたのが昭和48年だから51年前・・・ そこそこ雪が積もる地域なのに この状態で残っているのは 結構凄いな? ![]() この日・・・ 時間的な物もあってか 訪れる人の姿は全くなく・・・ 奥には・・・ おそらく、地元の方々のモノと思われますが 結構大きな墓地まで存在していて ちょ待っ!!(泣) ちなみに 奥の軽自動車は、お寺の関係者の方も物らしい せめてもの救いは 廃れているとはいえ、周辺の集落に人が住んでいると言う事 何せ・・・ 昭和50年代には、この近くに小学校が建っていたらしい と言うくらい元々は、かなり栄えていた町だったっぽい? 明治以前に笹子峠ルートが開拓されるまでは甲州街道の宿場町として栄えていただけのことはある? ![]() ちなみに・・・ この時点では あまり考えずに画像を撮ってましたが この看板の下あたりの場所に 首洗い池が存在しているらしく・・・(怯) ![]() 向かいにある この沢とか・・・ ここ 6月の夕方とか 蛍が凄いんだろうな? とか、思って画像撮ってたけど 帰って来てから、色々と調べて・・・(サブイボ) なんか、途中で画像を編集するのが怖くなって・・・(泣) ![]() たぶん大丈夫だ? そう ココは日川の本流じゃなく支流だから 血に染まってたりとかしなかったはず!!(泣) とか自分に言い聞かせ・・・ それに砂防ダムで、ガッツリと覆われているから 工事関係者の方々は、色々と体調不良が出たり 予期せぬ怪我や、事故が起きたかもしれないけど? もう、今は昔の面影残ってないから きっとOKなはず?? でも・・・ ![]() やっぱし怖くて口をつけれませんでした! この水には!!(泣) 飲用禁止とは書いてないので 飲めるのでしょうけど? でも、誰だよ! ![]() 配管の噴出し口に木の棒を突っ込んで悪戯するやつ!(怒) まあ、コレが昭和のバブルん時だったらね ここも観光地として 結構な人数が押し寄せたのかもしれない って言うか、駐車場には 観光バス用スペースが3台分(驚) もしかしたら、地元小学生の遠足とか社会見学では 一度は訪れる場所なのかも知りない? だけど・・・ 今は、ひっそりと! そして自分は ちょっと恐怖を感じながらも 駐車場のお手洗いを利用するために 今後も・・・ まだ何度も来ることになるのかと? にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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