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本のある森

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2020.11.25
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カテゴリ:映像作品
映画【恋は雨上がりのように】を見た。

原作が話題になっていたのは知っていたけれど、あまり読みたいと思わなかった。アニメも1話だけ見たものの、忙しさに紛れてやめてしまった。今回はたまたま定額動画サービスで見つけて、なんとなく気になって見てしまったのだった。
感想をひと言で書くと、とてもよかった。けれども、いったい誰に向けた作品なのだろう、とも思った。
この作品の原作となった漫画は、青年誌に連載されていたらしい。でも、少なくとも映画を見た限りでは、男性の理想というか、憧れを体現したような作品ではない。もしもそうなら二人はもっとうまくいくはずである。
かといって、ヒロインのあきらと同世代の女の子向けか、といえば、そうでもない。その場合は店長はもっとかっこよく、“40代にはとても見えない”容姿に描かれるだろうし、やっぱりラストももっとうまくいっているはずだ。
つまり、原作は漫画なのだけれど、エンタテイメントというよりは、文芸作品に近い雰囲気なのだ。これは、かわいい女の子やかっこいい男の人がたくさん出てくるエンタメが悪い、というのではなくて、そうではない作品が描かれてヒットするくらい、日本の漫画界が豊かだということだ。
日本に生まれて息苦しいと思うこともあるけれど、面白い漫画やアニメを見ているときは日本人でよかったと思うし、個人的にはちょっと眉をひそめてしまうサブカル界の悪乗りも、日本の漫画やアニメの世界の豊かさの下地を作っているのだろうと思う。きれいで正しいものだけでは豊かさは生まれないのだ。

前置きが長くなってしまった。
自分がこの作品で印象に残ったのは、実は、あきらと店長の関係よりも、あきらと部活の仲間や後輩との友情のほうだった。自分にはそうしたものがほとんどなかったからだ。
以前何度か書いているけれど、自分は中学の時、所謂“言葉と態度によるいじめ”にあって、不登校を繰り返した。“不登校”という言葉を使ったけれど、個人的には登校拒否である。積極的に学校に行きたくなかったわけで、「行きたくても行けない」という状態ではなかった。
高校はどういうわけか、県立の進学校に合格した。あんなダメ人間だったのになぜ受かったのか、今も不思議だ。しかしその高校も3日でやめた。同じ中学から来た何人かの女子が、こちらを見てニヤニヤしているのを見て、もうだめだと思ってしまったのだ。更に、親が連れて行ったフリースペースは1日でやめた。新記録だ。「なんだこれ、カルトじゃん」というのが自分の正直な印象だった。
その後、不安神経症になり、ストレスで身体を壊し、点滴生活をどうにか生き延び、通信制の高校に入学した。このあたりから就学前の性格を取り戻し、どんどん図太くなっていった。
今の自分なら、一緒にトイレに行く友達がいなくても平気だし、いじめを受ても泣き寝入りなんてしないだろう。さらに言えば、高校に入った時だって、3日でやめずに、せめて夏休みまでは学校に通い続けるだろう。あの日、こちらを見ていた女の子も、自分をバカにして「ニヤニヤ笑い」をしていたのかどうかは分からない。いじめで疲れ切った自分の思い込みだったかもしれないのだ。
あのまま学校に行き続けていれば、新しい友達ができたかもしれないし、遠回りなんかせずに夢をかなえることができたかもしれない。そして、あの時たまたま同じクラスになった子や、担任になった先生を傷つけることもなかっただろう。クラスメイトがたった数日で学校に来なくなり、そのまま退学してしまったというのは、あまりいい思い出ではない筈だ。

こんな過去を持っているので、学校が舞台で、更に友情を扱った実写作品は、なかなか楽しむことができなかった。今回楽しく見られたのは、それなりに過去を整理することができたからなのかもしれない。
でもやっぱりラスト、遠ざかってゆく部活仲間の女の子たちを見て。
「あのときもうひと踏ん張りしていればなあ‥‥ごめん。いやでもあの時は本当に限界だったし‥‥」
などと、顔も名前も覚えていない、3日だけクラスメイトだった子たちに謝ってしまうのだった。




恋は雨上がりのように スペシャル・エディション(Blu−ray Disc)







最終更新日  2020.11.25 20:00:08


2020.11.24
カテゴリ:雑記
ライオンを飼っている。
もちろん本物ではない。ライオンのような人といった比喩でもない。ぬいぐるみである。
自分はライオンのぬいぐるみと暮らしている。ぬいぐるみというと可愛らしいイメージがあるが、自分のぬいぐるみはけっこうリアルである。もしこれがいきなり部屋に置かれていたら、大抵の人はびっくりする筈だ。だから夜は部屋の入口にライオンを置いておく。防犯対策のひとつである。

自分は猫が好きだ。昔、母が白いオスの子猫を拾ってきたのがきっかけで、実家で数匹猫を飼った。猫とべったりの生活をした時期もあれば、猫カップルの女中代わりだった時期もある。猫が死ぬときはつききりで看取った。
今住んでいるアパートはペット不可のため、猫を飼うことはできない。しかし、数年以内に実家に戻ることを考えているので、その暁にはまた猫を飼うつもりだ。猫は長ければ20年生きることもある。飼うなら早い方がよい。
そのとき、このライオンはどうしようか、と考える。やはり実家に持ってゆくことになるだろう。
猫はこのライオンにどう反応するだろうか。大きなネコ科の動物の形をしてはいるが、おそらくはただのモノ扱いだろう。最初はびっくりして、匂いを嗅いだり触ったり、周りをぐるぐる回ったりして、それから「なあんだ」という顔をして、慣れれば前足の間で眠ったりするかもしれない。そんなふうに想像すると、ちょっと楽しい。
しかし、ひとつ問題があった。
自分が今住んでいるアパートは、あれが出るのである。
茶色のじーだ。
ビル全体に巣くっているらしく、個人でどんなに対応しても限界がある。管理会社さんに連絡をしても、はぐらかされてしまう。今年は幸いそれほどではなかったが、何度か地獄を見た。
つまり、このライオンのたてがみやら尻尾やらに、アレが潜んでいる可能性があるということだ。
自慢にもならないが、自分は一時、じーの大量発生と猛暑で半ばノイローゼになったことがある。生きている限りあの虫との戦いは続くのだ、耐えられない、いっそ死んでしまいたい、とまで思い詰めた。だから今もあの虫は苦手だ。出ればひとりで数秒で退治してしまうが、できれば一生見たくないと思っている。
あれを実家に持ち込んでしまったら、そう考えると気が気ではない。しかし、できればライオンを処分せずに実家に連れて帰りたい。それにはどうすればいいのか。
この手のことを考え出すと眠れなくなる。何度も寝がえりを打っていると、あることを思いついた。
「ゴキブリがいなくなるスプレー」を、ぬいぐるみの一部にかければよいのではないか。じーはぬいぐるみの上を動き回るはずだから、かかっているところを通ればそれで退治できるはずだ。たとえるなら猫のフロントラインである。

フロントライン‥‥ノミ・ダニ駆除剤。使い切りの容器に入っていて、猫のうなじにつける。

しかし目が覚めて気が付いた。アレが潜んでいる可能性があるのはなにもライオンだけではない。ベッドやチェストも危険だ。実家に持ち帰ったら、危なそうなものを一つの部屋に押し込めて、くん煙剤を焚けばよいのである。






最終更新日  2020.11.24 20:00:08
2020.11.23
テーマ:失敗談(159)
カテゴリ:雑記
一人暮らしを始めてから、ほとんど毎日、白米じゃないごはんを食べている。
今は雑穀だが、以前は玄米だった。自分は圧力鍋を持っている。料理好きというか、ほとんど調理マニアの部類に入る人間なので、わざわざ小型の圧力鍋を小さなアパートに持ち込んだのだ。これさえあれば玄米はもちもちに炊き上がるし、おさかなの骨もほろほろである。
しかし、一人暮らし2年目に交通事故で大けがをしたり、そのショックで寝たきりになったり、猛暑の中ビル全体のエアコンが壊れてじーが大量発生したり、ともかく色々重なって、一時はほとんど料理ができなくなっていた。幸い近くにコンビニやパン屋さんやファストフード店、ちょっと足を延ばせば小さなスーパーもあるので、菓子パンやお惣菜やお弁当でどうにか食いつないでいた。
怪我のショックや後遺症が落ち着き、エアコンが新しいものに取り換えられ、じーが姿を消して、まともにキッチンに立てるようになったのはここ2、3年である。しかし、圧力鍋を棚から降ろす気力はまだなかった。今は玄米ではなく、普通の鍋で雑穀米を炊いている。
なぜ白米をここまで避けるのか、自分でも不思議だ。でも、白米なんてどこででも食べられるじゃん、と思ってしまう。市販のお弁当もおにぎりも、食堂のごはんもレストランのライスも大抵は白米だ。だから自分で炊くなら雑穀米か玄米を、となる。
更に、父が白米好きで、白米以外のものはご飯ではない、という人間だったせいもある。玄米や雑穀はもちろん、胚芽米すら嫌がるのだ。だから実家にいた時は白米しか食べられなかった。一人暮らしになってやっと、思う存分玄米や雑穀米を食べられるようになったのだ。

自分が一番好きなのは、「はくばく」の十六穀ごはんと白米を2:8の割合で混ぜて炊いたものである。しかし、毎日食べるものなので消費が早い。ネットを見ると、似たものでもっと安い商品がけっこうある。(本を買うために)少しでもほかの費用を削りたい自分は、似たものでそこそこ評判がよく、安い雑穀を試し始めた。
あの十六穀ごはんと比べると、どうも味が落ちる。質よりは好みの問題なのだが、毎日「なにかが足りない‥‥」と思いながら食べていた。入っている雑穀はたいして変わらない。各雑穀の割合だろうか。分らない。
そして先日、ついに「これはおいしくない」というものに当たってしまった。見ると、その製品には黒豆が入っていなかった。代わりに麦の割合が多かった。自分がもっとも好む雑穀は黒豆だったのか。いや、黒豆は豆であって穀類ではないのだが。
その、あまりおいしくない雑穀は、今のペースだと消費に2ヵ月ちょっとかかる計算になる。つまり今年はもう黒豆入りの雑穀は食べられないのだ。辛い。
かといって捨てるのは論外である。健康被害があるわけではないし、口にできないほど不味いというわけでもない。ただ黒豆が足りないだけなのだ。
そんなわけで、今自分は黒豆を想いつつ、毎日十五穀しか入っていない、黒豆抜き雑穀ごはんを食べている。
ちょっとでも消費ペースを上げるために、混ぜる割合を増やしたり、雑穀スープやピラフなども試している。そうこうするうちにこれはこれでおいしく思えてきてしまった。人間の舌なんていい加減なものなのだと思う。



雑穀 はくばく 十六穀ごはん 500g






最終更新日  2020.11.23 20:00:08
2020.11.22
カテゴリ:心と身体
障碍者とか、障害を持つ人とか、身体の不自由な人とか、言い方はいろいろあるのだが、身体のどこかが悪くて不便を強いられている人が、所謂生活習慣病を含めると世の中にはけっこういる。
そうして最近、そんなひとはいらない、という声をあちこちで見かける。理由は大きく分けるとふたつで、ひとつは社会的な負担になる、つまりお金の問題である。そしてもうひとつはそこまでして生きようとするのは醜い、という精神論である。潔く死ぬのがかっこいい、という考えだ。

そうしたことを読んでいると、しかしこの障害っていったい、どこからどこまでなんだろうか、と考えてしまう。理由は簡単で、自分は眼の一部が作り物なのだ。所謂若年性白内障で手術をしているので、人工の水晶体レンズを入れている。
生身の水晶体は生まれた時は透明で、だんだんと黄色味を帯びてくるらしい。でも自分は最近新しいレンズに変えたばかりで、これは一生透明なままなので、視界が異様にクリアである。おまけに眩しい。だから薄暗い場所が好きだ。昼でもカーテンを閉め切った部屋で、自分にとってちょうどいい明るさにライトを調節して、つけて本を読んでいる。
この手術のとき、読書が好きなので焦点を手元に合わせてもらった(病院によっては遠近両用のレンズもあるらしい)。さらに子供のころからあった乱視も治してもらった。ほとんど生まれて初めて、ぶれていない月を肉眼で見た。感動した。
しかし、これの話を読んで、「そこまでして視力を取り戻したいのか」という人はいないと思う。医療費があまりかからないからだろうか。一度の治療で済むからだろうか。だとしたら、安くてあまり治療の手間がかからない“人口ナントカ”がたくさんできれば、今“いらない”と言われている人も、そんなひどい言葉を投げつけられなくても済むのだろうなあと思う。
精神論の方は個人の問題なので、自分には何も言えない。しかし、医療が手軽で安価になれば、そうした精神的なハードルも下がってゆくのはずだ。
もっとずっと未来になると、お酒が好きとか、甘いものが好きとか、脂者が好きとか、濃いめの味付けが好きとか、運動が好きとかいった個人の好みや生活スタイルに合わせて臓器のタイプえらぶ、なんて風になるかもしれない。ただスポーツ選手はドーピングになってしまいそうである。

こんなくだらないことを書いたのは、今重度の便秘で苦しんでいるからです。自分は物心ついたころから筋金入りの便秘症なのです。人生最初の記憶が「トイレでうんちが出なくて泣いていた」というほどなのです。
便秘薬がないとまともな排便ができない人生はたいへんに不自由である。しかしあまり理解されない。



【第(2)類医薬品】カイベールC 48錠







最終更新日  2020.11.22 20:00:07
2020.11.21
カテゴリ:本好きのつぶやき
1+3は4である。
消費カロリーよりも摂取カロリーが多ければ太る。
朝になると日が昇る。
そして本は読むと終わりが来る。当たり前のことだが忘れていた。ショックで今ぼんやりしている。

たった今、【銀河乞食軍団】第一部を読み終えたのだ。銀河乞食軍団はずっと憧れの作品で、なぜか絶版だと思い込んでいて(実は第一部のみ合本版が出ているのだった。しかも表紙のイラストがすてき)、古本屋をうろうろしたり諦めたりした挙句、たまたまネット書店で電子書籍化されているのを見つけたのだ。それが11月の3日。ちょうど自分の誕生日だった。
誕生日だし買っちゃえ、と最初の1巻を購入し、一気に読み切ってしまい、サイトに誘われるまま2巻から6巻を購入してひたすら読み続け、更に残りも買って最後まで読んでしまった。
もっとゆっくり味わえばよかったなあ、と後悔している。でもとにかく続きが気になって仕方がなかったのだ。
自分はこれを一気に読んだけれど、元は多分雑誌に連載されていて、当時の読者の人たちは毎月毎月、「これからどうなるんだろう」という喜びと苦しみに苛まれていたのだ。羨ましい気もするが、自分には耐えられそうにない。
上に第一部と書いたように、この物語は更に第二部、外伝へと続いてゆく。著者の野田昌宏氏は残念ながら故人となってしまったけれど、遺されたプロットを元に新作も書かれているらしい。まだまだ物語は続くのだ。
素晴らしい物語との出会いは、素晴らしい世界との出会いでもある。現実がしんどくなったとき、いつでも遊びに行ける、お気に入りの世界を見つけたのだ。本が手元にあれば(紙のものでもデータでも)、何度でも、気が向いた時に遊びに行くことができる。そんな世界がまたひとつ増えて、とても嬉しい。



銀河乞食軍団 1 合本版



銀河乞食軍団 2 合本版






最終更新日  2020.11.21 20:00:07
2020.11.20
カテゴリ:本好きのつぶやき
先週のことだ。左眼の違和感に気が付いた。
痛いわけではない。痙攣ともちがう。疲れ眼でもない。眼の際が引っ張られるような感じだ。
なんだこれは‥‥と思いながら本を読んでいた。【銀河乞食軍団】が佳境だったのだ。この本はどの巻も佳境である。だからちょっと眼が変、というくらいでは読むのをやめられないのだ。
しかし変だ。これはどういえばいいのだろうか。そうだ、睫毛についた目やにとか涙が乾いて、ぱりぱりして、そのせいで引っ張られるような感じだ。一体自分の眼はどうなっているのか。さすがに気になって鏡を覗いた。
そこには恐ろしく腫れあがった眼が‥‥とははならなかった。
その日、自分は帰宅してすぐ本を読みだした。だから、先日書いたアイバレットのラメが眼の周りに残っていた。化粧くらい帰宅したらすぐ落とせよ、という話なのだが、上に書いた理由で我慢できなかったのだ。ここはまず化粧を落とそう。ラメが眼に入ったのかもしれない。
しかし、化粧を落としたあとも眼は一向に良くならない。かといって、ものすごく涙が出るとか、白眼の部分が真っ赤になるとか、刺すような痛みがあるというわけではない。面倒くさいなあ、と思いながらふたたび、さっきよりも念入りに鏡を見た。
左眼下瞼の裏、眼頭のところに変なものがあった。白い、小さな粒である。若干黄色味がかっているようにも思える。
右の眼頭と比べてみた。右にはない。いや、それっぽいものがあるような気もするが、ものすごく小さい、そして黄色味を帯びてはいない。
麦粒腫か。と思った。母によれば自分は子供の頃、よく眼を腫らしていたらしい。じっさい、春先など、風の強い季節に撮った写真はだいたい眼が腫れている。当時はよく外で遊んでいたのと、体質や環境もあったのだろう。母はこの腫れのことを“めっぱ”とか“ものもらい”と呼んでいた。
しかし、ネットで調べると今回のものは違うようだ。この小さな粒は、“マイボーム腺梗塞”という症状であるらしい。眼を潤すための脂分を出すマイボーム腺という部分に脂肪分が詰まってしまうのだ。
梗塞とか脂肪とか、健康に悪そうな文字が並んでいてちょっと嫌な感じだ。しかし、このマイボーム腺梗塞はそれほど怖いものではないらしい。病院に行っても、目薬を出して様子を見る場合が多い。ただし、あまりに大きくなりすぎると手術が必要になる。この粒の中の脂を押し出して取ってしまうのだ。
角栓動画が好きな自分はすぐにでも眼科に行きたくなったが、どうにか思いとどまった。今行っても目薬を出されて終わりだろう。
このマイボーム腺梗塞、原因は脂肪分の取りすぎや体質、眼の使い過ぎ、前髪やアイメイク、ストレスなどさまざまである。自分は脂肪分は摂りすぎてはいない筈だが、前髪が今中途半端な長さで眼にかかっているし、最近アイメイクで遊んでばかりだし、そうでないときは本を読んでいるし、将来について考えると不安だらけだ。思い当たることは多い。
この症状が出てから1週間、粒は大きくなったり小さくなったりしている。朝、起きて顔を洗うと小さくなる(気がする)。夕方になると大きくなり、眼がごろごろする(ような気がする)。
眼の周りを温めるとこの脂が溶け、症状が緩和されるらしい。それを知って、ごろごろするときは蒸しタオルで眼を温めるようにしている。レンジで蒸しタオルをつくり、ビニール袋などに入れると冷めにくくなる。熱すぎる場合はさらに上からタオルで巻いたり、しばらく冷ましてから使うとよい。
眼がゴロゴロするときは大抵疲れているので、おかしなことを考えてしまう。たとえば、マイボームという言葉はムタボールに似ているなあとか、そんなことだ。
ムタボールは【コウノトリになった王様】に登場する呪文である。魔法の薬(かぎ煙草のようなもの)を嗅いだ後、この言葉を唱えると、好きなものに姿を変えることができるのだ。しかし、変身している最中に笑うと、呪文を忘れて人間に戻れなくなってしまう。
もし自分があの薬を手に入れたら、岩合光昭さんの写真集で見たような外国の港町の猫になって、昼寝をしたり、魚を食べたり、気が向けば漁師さんや近所の子供に甘えたりしのんびり暮らしたいなあと思う。むたぼーる。


隊商 ハウフ童話全集 1 /偕成社/ヴィルヘルム・ハウフ/ヴィルヘルム・ハウフ、塩谷太郎/偕成社文庫【中古】afb






最終更新日  2020.11.20 20:00:07
2020.11.19
カテゴリ:雑記
実家のリフォームの話が出ている。とりあえず直したいのは水回りと外装である。念のため耐震診断もしておきたい。
でもコロナじゃなあ。と、家族と時折Messengerで話し合っていた。
直したいのだが、今すぐというわけではない。耐震のほうは心配だが、幸い実家のあたりは日本の中では地震が比較的少い地域である。これから冬にかけて、コロナのさらなる感染拡大は目に見えている。ここは落ち着くまで、それぞれ資料を集めて検討しよう、ということになった。
自分もネットを検索し、いくつかの業者に資料を請求した。申し込みフォームは名前と住所とメールアドレスと電話番号が必須になっていたので、正直に打ち込んだ。これが間違いだった。
その日のうちから電話が何通もかかってくる。自分はアドレス帳にない番号からの着信は常時オフにしてある。その代わり着信アリの通知が入る。この【着信アリ】は日本語入力ソフトが勝手にカタカナにしたものだ。こうしたタイトルのホラーがあるからだ。
一度、OSのアップデートで上の設定がオフになり、電話が鳴ってしまった。忙しかったので確認せずに出ると、某業者の担当の男性だった。ものすごい早口でまくし立ててくる。今すぐ部屋まで挨拶に来るという。自分はあくまで資料を請求しただけで、人間のご招待はしていない。仕方がないのでずっと留守だ、ということにした。昼間はもちろん朝だって夜中だって留守なのだ。
幸いその人は、ほんとうの留守のときにやってきた。そしてまた電話が来た。どうしてもご挨拶をしたいし、イベントに招待したいという。このコロナ禍の中で冗談じゃないよ、とこっちは思っている。うちの母は心臓に持病があるから尚更である。
それで今の自分がどういう状態かというと、“着信アリ”の通知におびえ、部屋にいるときは極力明かりを落とてカーテンを閉め(戦時中の灯火管制のようだ)、ネットで営業の断り方について調べる、といった日々を送っている。先日はチャイムの音で目が覚めた。午前4時。おそらくは幻聴であろう。しかし資料の方がなかなか届かないのがよく分からない。
コロナ禍の中で、ひとつでも多く、早く契約を取りたいのはわかる。でも、こうしたしつこいやり方は、個人的には逆効果なんじゃないかと思う。資料をいただいて、じっくり読んで、今ならメールなどで新しい条件や希望を送り、またその資料を送ってもらってよく考える、というほうがいい。自分としては、「あれはどうですか、こちらはどうですか、ともかく一度来ていただかないと」という人より、「こうしたいのですが‥‥」と言ったらすぐに「はい、その資料ならすぐに送れますよ」という人の方がありがたい。
そんなわけで我が家では
「ほら、前水周りを直してもらったところがあったじゃない、あそこに頼まない?」
「ああ、外装とか本格的なリフォームも、あそこで紹介してもらうところなら安心だよね」
という流れになってきている。地元の人だとすぐ来てもらえて何かと便利だ。

ここでは業者さんのことを悪く書いてしまったが、ほんとうはそんなことは全然ない。みんな一生懸命なだけなのだ。なのになかなか上手くいかない。こういうのは一番困る。


着信アリ (角川ホラー文庫) 【中古】
秋元康?
読んでみたい。






最終更新日  2020.11.19 20:00:09
2020.11.18
カテゴリ:本好きのつぶやき
子供のころからムーが好きである。
小学校3年生の時、生まれて初めてムーを買った。当時の自分には高い買い物だった。両親も、なんとかの陰謀とか、なんとかは実在するとか、地球はもうすぐ滅ぶといった本に、あまりいい顔をしなかった。だから、毎月読むなんて贅沢はできなかった。年に1冊か2冊しか買えないものを、繰り返し大事に読んでいた。
更に、初めて行った大型の古本屋さんにムーのバックナンバーの棚があって、創刊時期のものは高かったけれど、中には100円とか150円のものもあった。お目当ての本がなかったこともあり、大喜びで買えるだけ買って帰った。もちろん親は複雑な顔をした。

そう。ムーを読むというのは複雑な顔をされることなのである。どうも一般的な人間にとっては、あの本を読むのは恥ずかしいことであり、定期購読しています、なんて堂々とは言わないものなのだ。自分はそうした偏見には無関心というか、一時気にしすぎて面倒くさくなったので、今は気にしないことにしている。
しかし、かといって、偏見じみたことを面と向かって言われてもいい、というわけではない。
あるとき、
「へえ、あなたはムーなんて読んでいるから危ない人だと思っていたら、まともな方なんですね」
と言われて、さすがにイラっとしてしまった。笑顔で受け流しながら、
「そうそう親しくもない相手にそんなことを言えるあんたのほうが危ないだろう」
と心の中でつぶやいていた。
その一方で、オカルトや陰謀論や世界の終わりや魂の浄化を全部信じている人とも話が合わない。自分はほら話として読んでいるので、話が通じるようで全く通じないのだ。こちらもまた厄介である。
だから、というわけではないのだが。最近ムーをあまり買っていない。たんに忙しくて、読む時間が取れないのと、最近のムーの活動が、動画配信や有料コンテンツなど手広くなりすぎ、追いきれなくなってしまったせいもある。ここで食いつかず、じゃあいいか、とすべてから引いてしまうというのが自分の悪い癖だ。
しかし、ムーを買わなくなって数か月。ついに禁断症状がやってきた。最近ややショックなことがあり、そのころからコンビニに行くたび、雑誌の棚の前をうろつくようになってしまったのだ。ムーを探しているのである。自分が時々行く某コンビニにはムーが置いてあるのだ。
幸か不幸か棚にムーはなかった。取り扱いをやめたのだろうか。売り切れてしまったのだろうか。今度書店の前を通ったらムーを買ってしまうかもしれない。実はムーは最新号から某定額電子書籍配信サービスで読むことができる。太っ腹である。自分はそのサービスでよく海外の古典を読んでいる。しかしどういうわけか、ムーは紙で読みたいのだ。
今、不思議に飢えた自分は某オカルト系の短い動画を観ながら眠るのが日課になっている。地震予知や予言、都市伝説や人類滅亡など、いかにもムー的な内容である。正直、ほぼ知っているものだ。もちろん“近々大きい地震が来てもおかしくはない”ということ以外、信じてはいない。音声ソフトでの読み上げは淡々としており、聴いていて気分が落ち着く。
どうもオカルトだとか陰謀論というものは、自分にとっては精神安定剤のような役割を果たしているようである。そう考えるとたしかに変な奴だ。小学校3年生の自分はなぜムーを手に取ってしまったのか。あれが別の、万人に共通する癒し系の本だったら、もう少し生きやすかったからもしれない。
これを打ちながら頭の中は、どうやってムー(とか怪と幽とかナイトランドクオータリーとか)を読む時間をひねり出すか考えている。【幻想と怪奇】と、あとこのまえ古本屋さんで見つけた【UFOと宇宙】もまだ読んでないし‥‥。

やっぱり自分は変な人間である。


[書籍のゆうメール同梱は2冊まで]/怪と幽 5[本/雑誌] (カドカワムック) / KADOKAWA


ナイトランド・クォータリーvol.22 銀幕の怪異、闇夜の歌聲 [ アトリエサード ]



幻想と怪奇 3 平井呈一と西洋怪談の愉しみ / 牧原勝志 【本】











最終更新日  2020.11.18 20:00:08
2020.11.17
カテゴリ:映像作品
映画『震える舌』を見た。

ずっと見たくて暇があると予告編を再生していたのだが、その成果が実ったのだろうか。某動画サイトの定額見放題サービズに追加されたのだ。先日原作を読んでここに記事を書いたばかりである。密林の神様ありがとう。
ストーリーは原作通りシンプルである。主人公のひとり人娘、まあちゃんが破傷風に感染する。珍しい病気のため、最初は診断がつかない。「精神的なストレスによるものでしょう」「あなたが厳しすぎるのよ」などと言われてしまう。落ち込む父(主人公)。
しかしこの症状(痙攣や脱力感、音や光に対する過敏症)は精神的なものではなかった。ベテランの先生の診察で破傷風との診断が下りる。
早速入院、治療が始まる。破傷風の致死率は高い。更に主人公にも感染の可能性がある(と本人は思っている)。まあちゃんがけいれん発作を起こしたとき、舌を噛まないように口に指を入れて怪我しているからだ。先生は唾液による感染はないというが、万が一の可能性は捨てきれない。奥さまは看病疲れで病んでゆく。当たり前の日常が、眼に見えない細菌に寄ってあっけなく崩れてしまう。破傷風菌じたいは決して珍しいものではないらしいから、これはかなり怖い。

原作も充分に怖かったのだが、詩情の方が優っていて、自分はそれが特に好きだった。この部分を映画に生かすのは難しいけれど、「これは寧ろホラーだ」と言われる演出で、ただの闘病ものとは一線を画している。
また、原作の破傷風菌への問いかけやつぶやきがコズミックホラーっぽさがあって面白かったのだけれど、そのシーンもちゃんと映像化されている。嬉しかった。
見るのがきつい、怖い作品だけれど、これほどラストにほっとさせられる映画も珍しいと思う。
チョコパンとリンゴジュースとポテトチップスとうな重の特上。






最終更新日  2020.11.17 20:00:08
2020.11.16
カテゴリ:雑記
たまに宝くじを買おうと思う。成人しているからだ。
今まで何度か宝くじを買った。最初は成人してすぐ。それからしばらく宝くじのことなんて忘れていた。最近買ったのは、某オカルト誌の付録で『宝くじが当たる封筒』がついてきたためである。この時も当たらなかった。
しかし、それ以前の問題がある。自分はそもそも宝くじをスムーズに買えることが少ない。
ある時不意に、お金があったらなあと思う。そうすれば実家を建て直すことができるのだ。書庫付きキャトウォーク付きの家を建てよう。それから、そのへんの野原ではねている野良猫を1匹拾って飼おう。実家のあたりは野良猫がひっきりなしに子供を産んでいる。自分が過去買った猫はどれも、拾ったか譲り受けたものだ。
そうしたら、あとはお金は特にいらないなあと思う。貯金して、必要な時にだけ引き出して使えばいいのだ。猫は人間のような保険がないので医療費は高くつく。お金はいくらあってもいい。
そんなことを思いついて、買い物のついでなどにふらっと宝くじ売り場に寄る。しかしどういうわけか、自分がそんなふうに寄る時はたいてい、“なんとかジャンボの発売前”か“販売終了後”のどちらかなのだ。それで諦めて家に帰り、そのまま忘れてしまう。
あまりそんなことが重なるので、そろそろお店の人に「こいつはよほど頭が悪いか、わざとやっているか、どちらだろう」と思われていそうだ。しかしどちらでもなく、単に行き当たりばったりなだけなのだ。
今年の年末ジャンボの発売日は11月24日だそうである。その日に1枚、多くても3枚買って、もし当たったら家を建て替えて猫を飼ってあとは貯金します。我ながら無欲​​だ。



【祈祷済み】 白蛇 抜け殻 神社 八坂神社 祈祷 グッズ 祈願 ご利益 1個 お守り 一粒万倍日 祈祷 縁起物 財布 金運アップ 開運 風水
いかがでしょう






最終更新日  2020.11.16 20:00:08

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