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本のある森

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雑記

2020.11.23
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テーマ:失敗談(159)
カテゴリ:雑記
一人暮らしを始めてから、ほとんど毎日、白米じゃないごはんを食べている。
今は雑穀だが、以前は玄米だった。自分は圧力鍋を持っている。料理好きというか、ほとんど調理マニアの部類に入る人間なので、わざわざ小型の圧力鍋を小さなアパートに持ち込んだのだ。これさえあれば玄米はもちもちに炊き上がるし、おさかなの骨もほろほろである。
しかし、一人暮らし2年目に交通事故で大けがをしたり、そのショックで寝たきりになったり、猛暑の中ビル全体のエアコンが壊れてじーが大量発生したり、ともかく色々重なって、一時はほとんど料理ができなくなっていた。幸い近くにコンビニやパン屋さんやファストフード店、ちょっと足を延ばせば小さなスーパーもあるので、菓子パンやお惣菜やお弁当でどうにか食いつないでいた。
怪我のショックや後遺症が落ち着き、エアコンが新しいものに取り換えられ、じーが姿を消して、まともにキッチンに立てるようになったのはここ2、3年である。しかし、圧力鍋を棚から降ろす気力はまだなかった。今は玄米ではなく、普通の鍋で雑穀米を炊いている。
なぜ白米をここまで避けるのか、自分でも不思議だ。でも、白米なんてどこででも食べられるじゃん、と思ってしまう。市販のお弁当もおにぎりも、食堂のごはんもレストランのライスも大抵は白米だ。だから自分で炊くなら雑穀米か玄米を、となる。
更に、父が白米好きで、白米以外のものはご飯ではない、という人間だったせいもある。玄米や雑穀はもちろん、胚芽米すら嫌がるのだ。だから実家にいた時は白米しか食べられなかった。一人暮らしになってやっと、思う存分玄米や雑穀米を食べられるようになったのだ。

自分が一番好きなのは、「はくばく」の十六穀ごはんと白米を2:8の割合で混ぜて炊いたものである。しかし、毎日食べるものなので消費が早い。ネットを見ると、似たものでもっと安い商品がけっこうある。(本を買うために)少しでもほかの費用を削りたい自分は、似たものでそこそこ評判がよく、安い雑穀を試し始めた。
あの十六穀ごはんと比べると、どうも味が落ちる。質よりは好みの問題なのだが、毎日「なにかが足りない‥‥」と思いながら食べていた。入っている雑穀はたいして変わらない。各雑穀の割合だろうか。分らない。
そして先日、ついに「これはおいしくない」というものに当たってしまった。見ると、その製品には黒豆が入っていなかった。代わりに麦の割合が多かった。自分がもっとも好む雑穀は黒豆だったのか。いや、黒豆は豆であって穀類ではないのだが。
その、あまりおいしくない雑穀は、今のペースだと消費に2ヵ月ちょっとかかる計算になる。つまり今年はもう黒豆入りの雑穀は食べられないのだ。辛い。
かといって捨てるのは論外である。健康被害があるわけではないし、口にできないほど不味いというわけでもない。ただ黒豆が足りないだけなのだ。
そんなわけで、今自分は黒豆を想いつつ、毎日十五穀しか入っていない、黒豆抜き雑穀ごはんを食べている。
ちょっとでも消費ペースを上げるために、混ぜる割合を増やしたり、雑穀スープやピラフなども試している。そうこうするうちにこれはこれでおいしく思えてきてしまった。人間の舌なんていい加減なものなのだと思う。



雑穀 はくばく 十六穀ごはん 500g






最終更新日  2020.11.23 20:00:08


2020.11.19
カテゴリ:雑記
実家のリフォームの話が出ている。とりあえず直したいのは水回りと外装である。念のため耐震診断もしておきたい。
でもコロナじゃなあ。と、家族と時折Messengerで話し合っていた。
直したいのだが、今すぐというわけではない。耐震のほうは心配だが、幸い実家のあたりは日本の中では地震が比較的少い地域である。これから冬にかけて、コロナのさらなる感染拡大は目に見えている。ここは落ち着くまで、それぞれ資料を集めて検討しよう、ということになった。
自分もネットを検索し、いくつかの業者に資料を請求した。申し込みフォームは名前と住所とメールアドレスと電話番号が必須になっていたので、正直に打ち込んだ。これが間違いだった。
その日のうちから電話が何通もかかってくる。自分はアドレス帳にない番号からの着信は常時オフにしてある。その代わり着信アリの通知が入る。この【着信アリ】は日本語入力ソフトが勝手にカタカナにしたものだ。こうしたタイトルのホラーがあるからだ。
一度、OSのアップデートで上の設定がオフになり、電話が鳴ってしまった。忙しかったので確認せずに出ると、某業者の担当の男性だった。ものすごい早口でまくし立ててくる。今すぐ部屋まで挨拶に来るという。自分はあくまで資料を請求しただけで、人間のご招待はしていない。仕方がないのでずっと留守だ、ということにした。昼間はもちろん朝だって夜中だって留守なのだ。
幸いその人は、ほんとうの留守のときにやってきた。そしてまた電話が来た。どうしてもご挨拶をしたいし、イベントに招待したいという。このコロナ禍の中で冗談じゃないよ、とこっちは思っている。うちの母は心臓に持病があるから尚更である。
それで今の自分がどういう状態かというと、“着信アリ”の通知におびえ、部屋にいるときは極力明かりを落とてカーテンを閉め(戦時中の灯火管制のようだ)、ネットで営業の断り方について調べる、といった日々を送っている。先日はチャイムの音で目が覚めた。午前4時。おそらくは幻聴であろう。しかし資料の方がなかなか届かないのがよく分からない。
コロナ禍の中で、ひとつでも多く、早く契約を取りたいのはわかる。でも、こうしたしつこいやり方は、個人的には逆効果なんじゃないかと思う。資料をいただいて、じっくり読んで、今ならメールなどで新しい条件や希望を送り、またその資料を送ってもらってよく考える、というほうがいい。自分としては、「あれはどうですか、こちらはどうですか、ともかく一度来ていただかないと」という人より、「こうしたいのですが‥‥」と言ったらすぐに「はい、その資料ならすぐに送れますよ」という人の方がありがたい。
そんなわけで我が家では
「ほら、前水周りを直してもらったところがあったじゃない、あそこに頼まない?」
「ああ、外装とか本格的なリフォームも、あそこで紹介してもらうところなら安心だよね」
という流れになってきている。地元の人だとすぐ来てもらえて何かと便利だ。

ここでは業者さんのことを悪く書いてしまったが、ほんとうはそんなことは全然ない。みんな一生懸命なだけなのだ。なのになかなか上手くいかない。こういうのは一番困る。


着信アリ (角川ホラー文庫) 【中古】
秋元康?
読んでみたい。






最終更新日  2020.11.19 20:00:09
2020.11.16
カテゴリ:雑記
たまに宝くじを買おうと思う。成人しているからだ。
今まで何度か宝くじを買った。最初は成人してすぐ。それからしばらく宝くじのことなんて忘れていた。最近買ったのは、某オカルト誌の付録で『宝くじが当たる封筒』がついてきたためである。この時も当たらなかった。
しかし、それ以前の問題がある。自分はそもそも宝くじをスムーズに買えることが少ない。
ある時不意に、お金があったらなあと思う。そうすれば実家を建て直すことができるのだ。書庫付きキャトウォーク付きの家を建てよう。それから、そのへんの野原ではねている野良猫を1匹拾って飼おう。実家のあたりは野良猫がひっきりなしに子供を産んでいる。自分が過去買った猫はどれも、拾ったか譲り受けたものだ。
そうしたら、あとはお金は特にいらないなあと思う。貯金して、必要な時にだけ引き出して使えばいいのだ。猫は人間のような保険がないので医療費は高くつく。お金はいくらあってもいい。
そんなことを思いついて、買い物のついでなどにふらっと宝くじ売り場に寄る。しかしどういうわけか、自分がそんなふうに寄る時はたいてい、“なんとかジャンボの発売前”か“販売終了後”のどちらかなのだ。それで諦めて家に帰り、そのまま忘れてしまう。
あまりそんなことが重なるので、そろそろお店の人に「こいつはよほど頭が悪いか、わざとやっているか、どちらだろう」と思われていそうだ。しかしどちらでもなく、単に行き当たりばったりなだけなのだ。
今年の年末ジャンボの発売日は11月24日だそうである。その日に1枚、多くても3枚買って、もし当たったら家を建て替えて猫を飼ってあとは貯金します。我ながら無欲​​だ。



【祈祷済み】 白蛇 抜け殻 神社 八坂神社 祈祷 グッズ 祈願 ご利益 1個 お守り 一粒万倍日 祈祷 縁起物 財布 金運アップ 開運 風水
いかがでしょう






最終更新日  2020.11.16 20:00:08
2020.11.15
テーマ:失敗談(159)
カテゴリ:雑記
誕生日に化粧品をもらった。ZEESEAの、大英博物館コラボのアイパレットである。
自分は化粧に詳しくない。新発売のものとか新色とか、なんとかコフレとかにも興味がない。だからこのブランドも知らなかったし、このシリーズももちろん知らなかった。
英字新聞の四角い包みをほどくと、硬いケースが入っていた。かなり大きい。蓋にはエジプトのアンク十字が描かれている。わたくしがオカルトや神話好きと知ってのチョイスであろうか。
ふたを開くとなんだかわからない、色とりどりの丸い、固形水彩絵の具のようなものが収められていた。分かりやすく書くと、ケースの内側に丸い穴が16個開いていて、そこにきれいな色の物体が詰まっているのだ。
絵具だろうか。それともお香だろうか。そのどちらでもなかった。説明書きによると、これは化粧品で、アイシャドウなのだ。こんなにたくさんの色はいらんだろう、と正直思った。どうしていいか分からなくなり、15分ほど包装に使われていた英字新聞を読んでいた。自分は語彙がまだまだだと思う。
しかし、せっかくいただいたものをそのままにしておく理由もない。その翌々日、さっそく使ってみることにした。といっても、白だとか鮮やかな赤色だとか、どう使えばいいのかわからない色も多い。検索すると、動画サイトで使い方を解説している女性がいた。所謂美容系ユーチューバーというものだろうか。まさか自分がこうした人のお世話になるとは思わなかったが、本当にありがたかった。
その動画によると、まずは「これで大丈夫か」と心配になるくらい濃く色を乗せ、その後ブラシでぼかすのだそうである。自分は化粧はいつも薄めなので、そのアイメイクも動画よりは薄めにした。まあまあの出来である、と自分では思ったが、化粧が得意な人から見ればぼろぼろであろう。ここは練習である。
その後、用を済ませて帰宅し、しばらくアイパレットで遊んでいた。帰宅後だから冒険し放題である。グリーンと薔薇色のグラデーションにラメを入れる。眼だけクレオパトラの気分である。
やがて化粧にも飽き、本を読み始めた。この巻の残りを読み終えたら化粧を落とそうと思っていた。
そして、本を読み終えたところで納豆を切らしていることを思い出した。納豆が特に好きというわけではないが、健康のためにほとんど毎日食べている。好きというほどではないが、結構おいしい。マスクをかけ、上着を着て、財布とエコバックを持って家を出た。
最寄りのコンビニで、いつもの一番安い納豆を買った。充分においしいし、たまに高い納豆を食べた時の喜びが増す。
なんだかレジの人の反応だ変だなと思った。普段、所謂すっぴんで利用することが多いのに、今日は化粧をしているからか。しかし自分だって、必要な時にはちゃんとメイクをしているのだ。

帰宅して、鏡の前を通り過ぎた時に、レジの人の戸惑いの理由が分かった。デニムのスカートにナチュラル系の花柄のカットソー、そして布マスクの上に、香港のイルミネーション(イメージ)を映したような派手な瞼が乗っていたのだった。



ZEESEA ズーシー アイシャドウ エジプトシリーズ 16色 正規品 中国コスメ 高品質 持続性 ラメ マット グラデーション 流行色 個性的 カラフル The British Museum 大英博物館 01アンダーソンの猫 02スカラベ 03クレオパトラ 04ファシネイティングアペプ
評判通り発色が良い。






最終更新日  2020.11.15 20:00:08
2020.11.11
カテゴリ:雑記
今自分は、都会とは呼びにくい小さな街に住んでいる。
田舎ではないが、町よりは街というイメージだ。中央の通りにはすてきな並木道がある。立派なビルも美術館もある。少し歩けばコンビニに当たる。自動販売機なんて視界に4つくらい入る。でも新幹線はこない。中途半端だ。もっとも個人的にはけっこう気に入っている。通院も買い物も徒歩でできる。正直、歩くのが好きな自分には短すぎる距離である。
実家はというと、まあまあの田舎である。道は舗装してあると思えば砂利が敷かれている。はるかかなたに観光客向けの施設があるが、住人には無縁だ。近くにはコンビニがひとつしかない。自動販売機はどこにあるのか思いつかない。バスはあるが午後には悪魔の時間帯がある(本数が少ない)。最寄りのスーパーまでは3キロ。クリニックまでは2キロ。スーパーより近くに農機具や種を扱うホームセンターがある。こう書くといかにも陰湿な農村のようだが、戦後すぐにできた比較的新しいコミュニティなので、根深い地縁血縁はない。祭りのようなものも一応あるが、なにを祀っているのかわからない。そもそもあのあたりに寺や神社はない。
そんな、中途半端なところに生まれ育ち、中途半端な街に暮らしているわたしである。しかし、ここ数年色々あって、実家、つまり田舎に戻った方がいんじゃないかと考え始めた。
周囲の意見もまた中途半端である。好きにやればいいといってみたり、やはり実家のあたりは田舎すぎるから、思い切って街に中古の家を買うのはどうか、などと言ってみたりする。しかしそうなると、実家の処分が必要になる。それはなんとなく気が引ける。100年に満たないコミュニティで、地縁血縁はなくても愛着はあるのだ。

数年前、熱中症で倒れてひと月ほど実家に戻っていたことがあった。
少し前にリフォームしたばかりの部屋は涼しかった。物置には自分の蔵書と、父が学生時代に買い集めた文学全集が並んでいる。居間は広く明るく、寝室はほの暗かった。怠い体を起こして本を読んでいると、雨が降り始めた。今日は1日晴れのはずだと思って外を見ると、雨音ではなく、庭のねむの木の葉擦れの音なのだった。
近くの森では土鳩が啼いていた。近くの道を歩くと母猫に連れられたぶちの子猫がじっと見つめていた。夕方近くなると日暮しが一斉に音を降らせ、夜はまた別の鳥の啼く声が聞こえる。あれはフクロウだろうか。
ここが自分の住みたい場所だと思った。
街は便利だ。病院もすぐに行けるし、カフェもショッピングモールもあるし、100均もある。お金があれば毎日だっておしゃれなカフェに入れるし、お金がなければ100均で生活に必要なものをそろえることができる。
でも、葉のざわめきと土鳩の声とひぐらしの音の聞こえる、子供のころから眺めてきた柿の木と、クリスマスのたびに父が植えたもみの木のある庭は、どんな大金を払っても手に入らないものだ。

でも買い物がなあ、と考えてしまう。お高めの食材配達サービスはあっても、ネットスーパーはない。体調を崩したときに近くに病院が少ないのも辛い。ゼロならまだあきらめがつくのだが、中途半端にあるのが問題である。
しかし、この“不便さ”はお金で解決できるものだともいえる。

そんなわけで今はお金というか、稼ぐ力が欲しいです。我ながら厭な締めだなあ。







最終更新日  2020.11.11 20:00:07
2020.11.05
カテゴリ:雑記
他人には言えない趣味というものを、誰でもいくつか持っている。
もちろん自分もだ。読書もその中のひとつである。読書自体は別に恥ずかしいものではない。しかし、自分が読書に割く時間や、今まで本に充ててきた費用、蔵書の保管のためのスペース、もっと単純に蔵書の量などを知れば、大抵の人間は引くはずである。自分自身も引いている。
もし自分が不慮の事故などで早逝したとき、あの大量の本はどうなるのか。いや、生きているうちにどうにかしなければならないのではないか。あまり考えたくない問題である。考えたくないのでとりあえず本を読んで過ごしている。

しかし、今日書くのは本のことではない。別の趣味だ。
自分は角栓動画を見るのが好きなのだ。
現在は動画鑑賞が多いが、以前は角栓写真のブログをいくつか読んでいた。正直に白状すると、某大型掲示板に出入りしていた時期もある。角栓を抜く様子を見るのも好きだし、角栓のついた除去シートを見るのも好きだし、抜いた後の穴を見るのも好きだ。穴をきちんと写してくれると、「この人は分かっている‥‥」と思う。もっともなにをどう分っているのか、訊かて答えられる自信はない。
角栓好きから始まって、最近は耳かき動画や歯石取り動画、更には粉瘤の摘出動画まで見るようになった。普段は「グロテスクなものは一切駄目です、自分のレントゲン写真も無理」なんて言っているくせに、こうしたものは大丈夫、どころか大好きなのだ。もしも生まれ変わったら猛勉強をして皮膚科の医師になり、毎日粉瘤を取って生きていきたい。そんな仕事が成り立つのか、とも思うが、都会には粉瘤専門のクリニックがあると聞いた。

実は自分は粉瘤をひとつ持っている。デコルテの少し下のほうに、丸いおできのような謎のふくらみがあるのだ。以前皮膚科で見てもらったところ、「これは粉瘤ですね。まだ小さいのでそのままで大丈夫です」とのことだった。
粉瘤は、事故でけがをしたとき一度平らになり(衝撃で内側に潰れたのだろうか、謎である)、その後また少し膨らんできているが、特別大きくなる気配はない。大きくなれば自分も粉瘤の手術ができるのだ、とわくわくする。
しかし、粉瘤以外の摘出手術なら受けたことがある。脚の腫瘍である。傷口から雑菌が入り、それが固まったのだろうという話だったが、悪性の可能性もあるので、取って検査をしてもらった。
簡単な手術なので日帰りである。もちろん局所麻酔だ。横向きに寝て、脚にメスを入れる。特に痛くはないのだが、皮膚の奥のをぎゅっぎゅっと引っ張られる感覚がある。筋肉だろうか。筋だろうか。変な感じだ。
手術は15分もかからなかったと思う。女医さんというよりは家政婦さんのような、丸顔の優しい先生は、「なるべく深く抉っておきました」ととんでもないことをおっしゃった。幸い、検査の結果、悪性ではなかった。
ほっとした自分は家に帰り、角栓動画を見た。疲れた時は読書に限るが、読書もできないほど疲れたときは角栓が良い。








最終更新日  2020.11.05 20:00:08
2020.11.03
カテゴリ:雑記
今年のインフルエンザワクチン接種はもう済ませた。
11月に入ってから打つか、などとのんびり考えていたのだが、朝のラジオニュースで一般向けのワクチン接種が始まったことを知り、その日のうちにかかりつけのクリニックに電話をして、打ってもらったのだ。
自分は注射が苦手である。いつからこれほど苦手になったのだろうか。自分でもよく分からない。注射なんて、ちょっと腕を針で刺して薬剤を入れるだけじゃないか、と思うのだが、勝手に心臓が跳ね上がってしまう。多分今なら血圧も一般人レベルに上がっているはずだと思う。自分は極度の低血圧なのだ。
無事にワクチン接種を済ませ、そのまま帰宅した。今年はいつもと雰囲気が違うなと思った。去年までは摂取の後、しばらく待合室で休むように言われるたのだが、今回はそれがなかった。コロナのせいだろう。幸い重い副反応はなかった。少し左腕が重いくらいだ。
しかし、その翌日の風呂上がりに副反応がやってきた。
かゆいのだ。
針を刺したところが猛烈にかゆい。どうんな恐ろしいことになっているのだろう、と思って見てみたが、ほんのりと赤くなっているだけだ。腫れもない。しかしかゆい。
明日の朝まで様子を見るつもりでそのまま寝る。かゆい。かゆいなあと思いながらうとうとしていた。かゆい。かゆいときにはあれだ。ムヒだ。
わたしは半ば寝ぼけた状態のまま起き上がり、ボックスからムヒを出して腕に塗った。すーっとした。
そこで我に返った。
慌てて洗面所に行って腕を洗った。
ネットで調べたが、注射あとにムヒを塗ったせいで深刻な副作用が出た、という話はないようだ。ほっとした。かゆみが出た場合は冷やしましょう、とあったが、冷たい水で洗ったせいか、かゆみは引いていた。翌日には赤味も消えてすっかり良くなっていた。

しかしバカな話である。寝ぼけていたせいか。いや、実は以前、寝ぼけていないのに似た間違いをしたことがある。

コロナが流行しだして間もない、冬の終わりの夜だった。わたしはいつものように、風呂上がりに肌の手入れをして唇にリップバームを塗っていた。スティックではなく、小さな缶から指に取って塗るタイプのものだ。
ふと、コロナのことが気になった。
ウィルスが指についていて、リップバームに混ざって唇に触れ、感染ということはないだろうか。
自分の思い付きに恐れをなしたわたしは、手近にあった手指消毒用のジェルを唇に塗った。そのとたん、唇と頬がかっと熱くなった。酔いに似ているが、もっと強烈である。めまいもする。なんだこれは。
慌てて洗面台に行き、唇と顔を洗った。念のために水も飲んだ。気になったのなら洗えばよかったのでは、とその時気づいた。幸い身体の不調や唇の荒れは出なかった。

缶入りのリップバームはその後、手をよく洗ってから使っていたが、終わった後はスティックタイプのものに変えてしまった。便利だが、保湿力の点で物足りない。寒い季節には唇がボロボロになりそうな気がする。次からは缶入りのものに戻そうかと今から考えている。






最終更新日  2020.11.03 20:00:08
2020.10.31
カテゴリ:雑記
以前、諸事情から賃貸物件を見て回った時期があった。

自分は賃貸、特にアパートやマンションについては特に詳しくないし、興味もない。実家は所謂庭付きの一戸建てだ。と書くと豪勢である。しかし自分の実家のあるあたりは田舎なので、土地は都会の人が知ればびっくりするくらい安い。周りも持ち家一戸建てが多い。だからあまり豪勢な感じはしない。
そんなふうなので、賃貸の、特にマンションだとかアパートだとかメゾンだとかハイツだとかについてはよく分からない。なんえるでぃーけーといった言葉の意味について知ったのも、自分が部屋を借りるときになってからだ。
その物件を見て回っていた時も、なんだかよく分からなかった。ドアを開けるとがらんとした部屋がある、がらんとした部屋の隅にキッチンが付いている。洗濯機を置く場所のようなものがある。そして、やっぱりがらんとした押し入れのようなものがある。でも押し入れのように上下を分ける仕切り板はなくて、上に金属の棒が渡してあるだけだ。
ここに住むとしたら、どんな生活になるのだろう。どうもイメージがわかない。特に、あのがらんとしたクローゼットというものがよく分からない。
だから、「この部屋いいねえ」とか、「これは便利そうだ」といった言葉に、「ウン」とか「ソウネ‥‥」とか小声で相槌を打っていた。きっと分る人には分るのだろう。
それからかなり経って、友人の家に遊びに行ったときに、そのクローゼットの秘密が明らかになった。友人の部屋のクローゼットは入り口のすぐ脇にあり、押し入れまるまるひとつぶんの広さがあった。友人はその下の方に白い引き出しを重ね、金属の棒にはずらりとワンピースやスーツやスカートをつるしていた。
「手持ちの服が全部入るの。季節ごとの衣替えが要らないから、すごく便利」
うーん、そうだったのか。
家族で実家に住んでいっときは、自分の部屋以外に納戸があり、シーズンオフの服や寝具はそこに運び込んでいた。一人暮らしを始めた時もその感覚が抜けず、小さな作り付けの洋服だんすのある部屋を選んで、別の物入れにシーズンオフの服をしまっていたのだ。そう広くもない部屋で、年に4回服を出し入れするなんて、考えれば無駄な手間である。あの、がらんとしたクローゼットのほうがずっと使い勝手が良いかったのだ。

次に部屋を選ぶときはああいうクローゼットがついてるのにしよう、と決めたのだが、そんな日が来るかどうかは分からない。ともかくこの秋の衣替えは先日済ませた。







最終更新日  2020.10.31 20:00:07
2020.10.28
カテゴリ:雑記
このブログを始めて、気が付いたら100日が過ぎていた。
我ながら驚いている。正直ここまで続くとは思わなかった。

自分は今まで、あちこちのブログを転々としながら文章を書き散らしていたのだが、一時おかしなメッセージを送り付けられ、面倒になってブログ自体をやめていたのだ。
おかしなメッセージというと所謂誹謗中傷を思い浮かべる方が多い。しかし自分の場合はその逆で、愛のメッセージである。人に嫌われるのはつらい。しかし、好きでもない人から愛を語られるのはもっときつい、とその時知った。
そんなわけで、これは自分にとって2年ぶりのブログである。2年文章を書いていなかったから、しょうもない文が多い。などというと昔のブログでは名文でも書いていたようだが、以前のものだって大したもんじゃなかったのだ。つまりしょうもない文がさらにしょうもなさを増しただけである。
しかし、昔のほうが面白いものを書いていたような気もする。知らない人におかしなふうに好かれて、こまかなエピソードにまでおかしな反応をされた経験から、書くこと自体に抵抗を感じるようになってしまったのかもしれない。。炎上を狙って故意に誰かを傷つけるような発言を繰り返すのは問題だが、もう少しはじけた文章を書きたいといつも思っている。
そんな経緯もあって、このブログではコメント欄は開けていない。メッセージを送れるような機能もつけていないし、大手SNSとの連携もしていない。そもそもその手のアカウントを持っていない。もしこんな自分の文が好きだという方がいらしたら、申し訳ないと思っている。ごめんなさい。
ところでなぜこの夏ブログを始めたのかというと、ほんとうにただの思いつきなのだった。
実はそのころは“月天中殺”という時期で、新しいことを始めるには良くないらしいのだが、すっかり忘れて開設してしまったのだ。所謂縁起かつぎを否定はしないが、やろうとひらめいた日が、自分にとって最高に縁起のい日だと思っている。

そんなわけで今日、インフルエンザの予防接種を受けてきた。よし、今日中に売ってしまおうとひらめいたのだ。ワクチンは去年よりも痛かった。先生はあいわかわらずファンタジーの賢者か仙人みたいで、看護師さんも優しかった。そしてワクチン接種後特有の、腕と身体のぼんやりとしただるさを感じながらこれを打っている。なので今日の文章は特にまとまりがない。






最終更新日  2020.10.29 10:37:02
2020.10.27
カテゴリ:雑記
突然だが、高いところが好きである。

矛盾している。自分は極度の高所恐怖症だ。たとえば今、これを打っている部屋は1階ではない。2階でもない。これ以上は書けないが(怖いからだ)、落ちれば命を失いかねないほど高い部屋の1室である。そう考えただけで全身に震えが出てしまう。だから観覧車には乗れないし、歩道橋は避けて生きているし、飛行機には生涯乗るつもりはない。もしどうしても乗らなければならなくなったら、病院に相談して安定剤か睡眠薬を出してもらう。とにかくそれくらい高いところが駄目なのだ。
なのに自分は中途半端に高いところが好きだ。この「中途半端に」は「高いところ」と「好き」の両方にかかっている。つまり、ロフトだろかテラスだとか、スキップフロアだとか中二階だとか、あと屋根裏部屋だとか、ああいう中途半端に高くて部屋であって部屋でないようなスペースに対する、ぼんやりとした憧れがあるのだ。移動中、外階段のあるおしゃれな一戸建てなぞを見かけると、いいなあ、とつい見つめてしまう。いや、全然おしゃれじゃない、下が物置きで上が貸事務所で、しかも今は空き店舗になっている古い建物でも、やっぱり立ち止まってしまう。変な女である。
自分になにかスキルがあって、あんなところを借りてお店を開ければいいのにと思う。しかしどんな店だろうか。手紙の代筆屋とか、メールや文書を翻訳しますとか、あなたにおすすめの本をご案内します、なんて仕事はどうか。どれも特に店を構える必要もなさそうである。
いや、それ以前にそんな建物を借りたとして、自分に使えるかどうか。下手をすれば店長の自分が店に入れず、どうにか入ったら今度は出て来られない、となりそうな気がする。
大袈裟だと思われそうだが、実は過去にそうした醜態を晒したことがある。生まれて初めての一人暮らしで、単身者用の部屋を探していたときだ。
駅の近くにロフト付きの物件があった。広々としていて日当たりもよく、居心地のよさそうな部屋である。ドアや窓はアンティーク調で、いかにも女子向けです、といった雰囲気だ。しかし、自分はロフトに上がれなかった。どうにか上がったものの、そこで這い回ることしかできなかった。決死の覚悟で降りた時には、この部屋はあきらめます、という気持ちになっていた。管理会社の人は驚きを通り越して呆れていた(多分)。
そんな自分だが、どうしてもこの、中途半端な高いところへの憧れを捨てきれずにいる。低めのスキップフロアならどうか。いつか住宅展示場に行って実際に上ってみるか。いっそはめ殺しの窓だけの(開く窓なんてとんでもない!)、階段付きの屋根裏はどうか。その場合、換気はどうするのか。そもそもはしごではない、立派な階段で上がる部屋を屋根裏と称していいものか。しかしはしごは最大の恐怖である。上り下りしているときに、ぐらっと後ろに倒れてしまったら大変ではないか。
そもそも自分はなぜこのような憧れを持っているのか。どんなに考えてもわからない。なんとなく海外の、小説だとか映画の、なんとなくおしゃれな感じに憧れているだけなのだ。中途半端だ。

それでもこの、中途半端でしょうもない夢は捨てきれない。中途半端に高くて狭いところにこもって、本を読んだり文章を書いたり訳したりして、忙しい時も暇な時も、悩んでいるときもうれしい時も、足元を猫が行ったり来たり、ときに寝転がったりしている。そんな日々を送れれば最高である。






最終更新日  2020.10.28 08:42:16

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