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本のある森

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本好きのつぶやき

2020.11.21
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カテゴリ:本好きのつぶやき
1+3は4である。
消費カロリーよりも摂取カロリーが多ければ太る。
朝になると日が昇る。
そして本は読むと終わりが来る。当たり前のことだが忘れていた。ショックで今ぼんやりしている。

たった今、【銀河乞食軍団】第一部を読み終えたのだ。銀河乞食軍団はずっと憧れの作品で、なぜか絶版だと思い込んでいて(実は第一部のみ合本版が出ているのだった。しかも表紙のイラストがすてき)、古本屋をうろうろしたり諦めたりした挙句、たまたまネット書店で電子書籍化されているのを見つけたのだ。それが11月の3日。ちょうど自分の誕生日だった。
誕生日だし買っちゃえ、と最初の1巻を購入し、一気に読み切ってしまい、サイトに誘われるまま2巻から6巻を購入してひたすら読み続け、更に残りも買って最後まで読んでしまった。
もっとゆっくり味わえばよかったなあ、と後悔している。でもとにかく続きが気になって仕方がなかったのだ。
自分はこれを一気に読んだけれど、元は多分雑誌に連載されていて、当時の読者の人たちは毎月毎月、「これからどうなるんだろう」という喜びと苦しみに苛まれていたのだ。羨ましい気もするが、自分には耐えられそうにない。
上に第一部と書いたように、この物語は更に第二部、外伝へと続いてゆく。著者の野田昌宏氏は残念ながら故人となってしまったけれど、遺されたプロットを元に新作も書かれているらしい。まだまだ物語は続くのだ。
素晴らしい物語との出会いは、素晴らしい世界との出会いでもある。現実がしんどくなったとき、いつでも遊びに行ける、お気に入りの世界を見つけたのだ。本が手元にあれば(紙のものでもデータでも)、何度でも、気が向いた時に遊びに行くことができる。そんな世界がまたひとつ増えて、とても嬉しい。



銀河乞食軍団 1 合本版



銀河乞食軍団 2 合本版






最終更新日  2020.11.21 20:00:07


2020.11.20
カテゴリ:本好きのつぶやき
先週のことだ。左眼の違和感に気が付いた。
痛いわけではない。痙攣ともちがう。疲れ眼でもない。眼の際が引っ張られるような感じだ。
なんだこれは‥‥と思いながら本を読んでいた。【銀河乞食軍団】が佳境だったのだ。この本はどの巻も佳境である。だからちょっと眼が変、というくらいでは読むのをやめられないのだ。
しかし変だ。これはどういえばいいのだろうか。そうだ、睫毛についた目やにとか涙が乾いて、ぱりぱりして、そのせいで引っ張られるような感じだ。一体自分の眼はどうなっているのか。さすがに気になって鏡を覗いた。
そこには恐ろしく腫れあがった眼が‥‥とははならなかった。
その日、自分は帰宅してすぐ本を読みだした。だから、先日書いたアイバレットのラメが眼の周りに残っていた。化粧くらい帰宅したらすぐ落とせよ、という話なのだが、上に書いた理由で我慢できなかったのだ。ここはまず化粧を落とそう。ラメが眼に入ったのかもしれない。
しかし、化粧を落としたあとも眼は一向に良くならない。かといって、ものすごく涙が出るとか、白眼の部分が真っ赤になるとか、刺すような痛みがあるというわけではない。面倒くさいなあ、と思いながらふたたび、さっきよりも念入りに鏡を見た。
左眼下瞼の裏、眼頭のところに変なものがあった。白い、小さな粒である。若干黄色味がかっているようにも思える。
右の眼頭と比べてみた。右にはない。いや、それっぽいものがあるような気もするが、ものすごく小さい、そして黄色味を帯びてはいない。
麦粒腫か。と思った。母によれば自分は子供の頃、よく眼を腫らしていたらしい。じっさい、春先など、風の強い季節に撮った写真はだいたい眼が腫れている。当時はよく外で遊んでいたのと、体質や環境もあったのだろう。母はこの腫れのことを“めっぱ”とか“ものもらい”と呼んでいた。
しかし、ネットで調べると今回のものは違うようだ。この小さな粒は、“マイボーム腺梗塞”という症状であるらしい。眼を潤すための脂分を出すマイボーム腺という部分に脂肪分が詰まってしまうのだ。
梗塞とか脂肪とか、健康に悪そうな文字が並んでいてちょっと嫌な感じだ。しかし、このマイボーム腺梗塞はそれほど怖いものではないらしい。病院に行っても、目薬を出して様子を見る場合が多い。ただし、あまりに大きくなりすぎると手術が必要になる。この粒の中の脂を押し出して取ってしまうのだ。
角栓動画が好きな自分はすぐにでも眼科に行きたくなったが、どうにか思いとどまった。今行っても目薬を出されて終わりだろう。
このマイボーム腺梗塞、原因は脂肪分の取りすぎや体質、眼の使い過ぎ、前髪やアイメイク、ストレスなどさまざまである。自分は脂肪分は摂りすぎてはいない筈だが、前髪が今中途半端な長さで眼にかかっているし、最近アイメイクで遊んでばかりだし、そうでないときは本を読んでいるし、将来について考えると不安だらけだ。思い当たることは多い。
この症状が出てから1週間、粒は大きくなったり小さくなったりしている。朝、起きて顔を洗うと小さくなる(気がする)。夕方になると大きくなり、眼がごろごろする(ような気がする)。
眼の周りを温めるとこの脂が溶け、症状が緩和されるらしい。それを知って、ごろごろするときは蒸しタオルで眼を温めるようにしている。レンジで蒸しタオルをつくり、ビニール袋などに入れると冷めにくくなる。熱すぎる場合はさらに上からタオルで巻いたり、しばらく冷ましてから使うとよい。
眼がゴロゴロするときは大抵疲れているので、おかしなことを考えてしまう。たとえば、マイボームという言葉はムタボールに似ているなあとか、そんなことだ。
ムタボールは【コウノトリになった王様】に登場する呪文である。魔法の薬(かぎ煙草のようなもの)を嗅いだ後、この言葉を唱えると、好きなものに姿を変えることができるのだ。しかし、変身している最中に笑うと、呪文を忘れて人間に戻れなくなってしまう。
もし自分があの薬を手に入れたら、岩合光昭さんの写真集で見たような外国の港町の猫になって、昼寝をしたり、魚を食べたり、気が向けば漁師さんや近所の子供に甘えたりしのんびり暮らしたいなあと思う。むたぼーる。


隊商 ハウフ童話全集 1 /偕成社/ヴィルヘルム・ハウフ/ヴィルヘルム・ハウフ、塩谷太郎/偕成社文庫【中古】afb






最終更新日  2020.11.20 20:00:07
2020.11.18
カテゴリ:本好きのつぶやき
子供のころからムーが好きである。
小学校3年生の時、生まれて初めてムーを買った。当時の自分には高い買い物だった。両親も、なんとかの陰謀とか、なんとかは実在するとか、地球はもうすぐ滅ぶといった本に、あまりいい顔をしなかった。だから、毎月読むなんて贅沢はできなかった。年に1冊か2冊しか買えないものを、繰り返し大事に読んでいた。
更に、初めて行った大型の古本屋さんにムーのバックナンバーの棚があって、創刊時期のものは高かったけれど、中には100円とか150円のものもあった。お目当ての本がなかったこともあり、大喜びで買えるだけ買って帰った。もちろん親は複雑な顔をした。

そう。ムーを読むというのは複雑な顔をされることなのである。どうも一般的な人間にとっては、あの本を読むのは恥ずかしいことであり、定期購読しています、なんて堂々とは言わないものなのだ。自分はそうした偏見には無関心というか、一時気にしすぎて面倒くさくなったので、今は気にしないことにしている。
しかし、かといって、偏見じみたことを面と向かって言われてもいい、というわけではない。
あるとき、
「へえ、あなたはムーなんて読んでいるから危ない人だと思っていたら、まともな方なんですね」
と言われて、さすがにイラっとしてしまった。笑顔で受け流しながら、
「そうそう親しくもない相手にそんなことを言えるあんたのほうが危ないだろう」
と心の中でつぶやいていた。
その一方で、オカルトや陰謀論や世界の終わりや魂の浄化を全部信じている人とも話が合わない。自分はほら話として読んでいるので、話が通じるようで全く通じないのだ。こちらもまた厄介である。
だから、というわけではないのだが。最近ムーをあまり買っていない。たんに忙しくて、読む時間が取れないのと、最近のムーの活動が、動画配信や有料コンテンツなど手広くなりすぎ、追いきれなくなってしまったせいもある。ここで食いつかず、じゃあいいか、とすべてから引いてしまうというのが自分の悪い癖だ。
しかし、ムーを買わなくなって数か月。ついに禁断症状がやってきた。最近ややショックなことがあり、そのころからコンビニに行くたび、雑誌の棚の前をうろつくようになってしまったのだ。ムーを探しているのである。自分が時々行く某コンビニにはムーが置いてあるのだ。
幸か不幸か棚にムーはなかった。取り扱いをやめたのだろうか。売り切れてしまったのだろうか。今度書店の前を通ったらムーを買ってしまうかもしれない。実はムーは最新号から某定額電子書籍配信サービスで読むことができる。太っ腹である。自分はそのサービスでよく海外の古典を読んでいる。しかしどういうわけか、ムーは紙で読みたいのだ。
今、不思議に飢えた自分は某オカルト系の短い動画を観ながら眠るのが日課になっている。地震予知や予言、都市伝説や人類滅亡など、いかにもムー的な内容である。正直、ほぼ知っているものだ。もちろん“近々大きい地震が来てもおかしくはない”ということ以外、信じてはいない。音声ソフトでの読み上げは淡々としており、聴いていて気分が落ち着く。
どうもオカルトだとか陰謀論というものは、自分にとっては精神安定剤のような役割を果たしているようである。そう考えるとたしかに変な奴だ。小学校3年生の自分はなぜムーを手に取ってしまったのか。あれが別の、万人に共通する癒し系の本だったら、もう少し生きやすかったからもしれない。
これを打ちながら頭の中は、どうやってムー(とか怪と幽とかナイトランドクオータリーとか)を読む時間をひねり出すか考えている。【幻想と怪奇】と、あとこのまえ古本屋さんで見つけた【UFOと宇宙】もまだ読んでないし‥‥。

やっぱり自分は変な人間である。


[書籍のゆうメール同梱は2冊まで]/怪と幽 5[本/雑誌] (カドカワムック) / KADOKAWA


ナイトランド・クォータリーvol.22 銀幕の怪異、闇夜の歌聲 [ アトリエサード ]



幻想と怪奇 3 平井呈一と西洋怪談の愉しみ / 牧原勝志 【本】











最終更新日  2020.11.18 20:00:08
2020.11.13
カテゴリ:本好きのつぶやき
本が好きである。そして猫も好きである。自分のような人間はけっこう多いのではないかと思う。
本好きには猫が似合う。家の中でゴロゴロしながら本を読んでいると、いつのまにか猫も一緒にゴロゴロしている。しかし、凝った身体をほぐすために犬を散歩させるのもよい。そういえば実家では犬も飼っていたのだ。ベビーカーに乗った自分が、秋田犬の子どもと一緒に写っている写真がある。全く怖がっていないどころか、犬の鼻先を手で撫でている。我ながら大した赤ん坊である。

恐れを知らぬ赤ん坊は、保育園で本の楽しさを知った。たまたま入った園が、読み聞かせの盛んなところだったのだ。しかし、そこに入った子全員が本好きになったわけではない。やはり素質というか、生まれつきの傾向のようなものがあるのだろう。
それからは、いじめられようが、けなされようが、読みすぎだと説教されようが、とにかく本を読み続けた。そんな本だけの生活にある日、猫がやってきた。母が仕事帰りに子猫を拾ってきたのだ。
最初は飼い主を探すつもりだったのだが、翌日にはその猫は我が家で飼うことになっていた。謎である。最初は反対していた自分もやがて、猫の虜になってしまった。
それからは冒頭に書いたような日々が続いた。自分は本を読んでいる。猫はベッドの上で寝ている。自分は勉強をしている。猫は見えない敵と戦っている。自分が家の掃除をしている。猫ははたきやほうきにとびかかり、掃除機が姿を現すと別の部屋に逃げる。幸せである。

しかし、人生は何が起こるか分からない。そのなにかがなにか分らぬが、それが起きた時、自分が取るのは本だろうか。猫だろうか。
本なんて金を出せば買えるではないか、というかたは甘い。世の中には、ネットとリアルの古書店を徘徊し、定価の数倍の値段を出さねば手に入らない本というものが存在するのである。自分も何冊かそうしたものを持っている。それと猫のどちらかを選べと言われたら、どうするか。
もちろん模範解答は猫に決まっている。みんなそう言って猫を飼い始める。にもかかわらず、安易な理由で猫を捨てる人は後を絶たない。いざというときにならないと、人間の本性はなんて分らないものなのだ。
‥‥自分の本性の部分は、猫と本、どちらを大切に思っているのだろうか。
「飽きたから」「面倒になったから」「本のほうが大事だから」といった理由で猫を捨てるつもりはない。当然の話だ。しかし、義務的に飼いながらもいつか、心の底で後悔を続ける、などということになりはしないか。

もうかなり前の話である。
ずっと欲しかった本を、やっと手に入れたことがあった。書名や作者名は書かないが、あるイラストレーターによる、古い絵本と画集である。たまたま雑誌で作品を見かけて一目ぼれしたのだが、本はあまり出ていないようだった。入手には困難を極めた。
お茶を飲みながらその絵本を読み、どうしたことが床の上にだしっぱなしにして勉強を始めた。
夕方、本に気づいて片づけようと手に取ると、ぬるっと嫌な感触がした。同時につんとした匂いが鼻を突いた。
これは、
ねこのおしっこだ。
首を巡らすと、犯人である猫が、お気に入りの座布団の上に寝そべり、
「ずいぶんと驚かれているようですが、なにかありましたか。人間とはどうも面倒なものですね」
といった表情でこちらを見ていた。
わたしは飛び上がり、猫に近づき、ぎゅーっと抱きしめて、もう、こんなことしちゃだめっ!と 言いながら頬ずりをした。(ものすごくかわいいしあったかいし抱き心地がいいので、5分くらいそうしていた)
座布団に下ろすと猫は
「人間はほんとうに、いちいちめんどくさいな‥‥」
という顔で寝場所を変えてしまった。

その本はアルコールで消毒し、念のために天日に干して、まだ持っている。その猫は数年前に他界したが、生前一度もぶたれたり、本気で怒鳴られたり、面白半分にでもいじめられたりすることはなかった。そのせいでふてぶてしさが増したともいえるが。
どうも自分の本性は、本よりも猫のほうを大切に思っているようである。






最終更新日  2020.11.13 20:00:08
2020.11.08
カテゴリ:本好きのつぶやき
ここ数日、「ずっと読みたかった本をやっと読めて」といったことばかり書いている。実は今日もその話である。考えると自分はそうした流れで本を読むことが多い。だから今売れているものに興味が向かず、古い本ばかりになってしまうのだ。

【銀河乞食軍団】という本をずっと読みたかった。和製スペースオペラの名作で、とにかく面白いらしい。でも、他の本と同じでどうも絶版らしかった。しかも自分の周りの、SFなんて特に興味のない人は、絶対に知らない作品である。だから「銀河乞食軍団っていう本をどうしても読んでみたくて」と打ち明けては、「え、なに、今なんて言ったの」と訊き返されたりしていた。タイトルだけでもすごい。このタイトルだと今は規制に引っ掛かるのではないか。そのせいで再販は難しいのではないか。こうなったら古書をあたるしかない。傍から見ればどうでもいい話なのだが、かなり思い詰めていた。

先日のことである。古本目的で某大手ショップを検索すると、この本が電子書籍になっていた。しかも安い。1冊300円台なのだ。天は私に味方した。
といっても自分はけち臭い人間なので、全11巻一気に買おうとは思わなかった。月に1冊ずつ買って、1年かけてゆっくり楽しもう。どんなに評判が良くても、自分にとって面白いかどうかは分からない。未読のシリーズを一気買いするのはさすがに危険だ。過去にやったような記憶はあるが。
というわけで、最初の1巻を購入した。サブタイトルは「謎の故郷消失事件」。タンポポ村という小さな村がひとつまるごと消えてしまい、偶然その消失から免れた少女が乞食軍団に助けを求め‥‥という話。面白い。でも自分はここでまだたかをくくっていた。この手の作品はだいたい1冊で事件が解決するから、これもそうだと思っていたのだ。それにしては残りのページが少ないなあという気がしたが。
足りなかった。ものすごいところで「つづく」になってしまった。
時刻はたしか夜の9時過ぎ。今から書店に行っても無理である。いや書店にこの本は置いていない。だから苦労してきたのだ。ネットで古本を頼んでも届くまでに数日はかかるだろう。
しかし、ここが電子書籍の恐ろしさである。ログインして注文ボタンを押せば、すぐにダウンロードしてその場で続きが読めてしまうのだ。
でも自分はまだ迷っていた。明日でもいいんじゃないかと思った。できれば週に1冊くらいのペースで読みたかった。だらだらお金を使うのが嫌だったのだ。
それでも未練がましく、ショップで続きのサブタイトルを眺めたりした。このシリーズは電子書籍で11巻まででているらしい。でもさすがにこの事件の解決に11冊はかからないだろうと思った。2冊か3冊で終わるんじゃないか。どうしようかなあ。迷っていると、いきなり画面にこんな表示が現れた。
「あなただけへの特別セール、銀河乞食軍団、まとめて5冊お買い上げの方にはポイント増量。あと19分47秒」
カウントダウンは始まっていた。いつからこのサイトはこんなへんな化粧品広告みたいなことをするようになったのだ。と思ったが、次の瞬間、自分は注文をクリックしていた。
2~6巻、2000円弱。理性の最後のかけらを捨てたと思った。
しかしこれで続きが読めるのだ。それから眠くなるぎりぎりまで2巻を読んだ。パムが両親の幽霊にあとちょっとで会えそう、というところで睡魔に勝てず、そのままベッドにもぐりこんだ。年に1度あるかないかの幸せな読書体験である。

そしてその後、自分はショップの紹介文でとんでもないことを知った。この作品をすでに読んでいる方はお気づきであろう。そしてこの記事ににやついているであろう。そう、この事件、解決までにまるまる11冊かかるのだ。
最後まで読むのをやめられない。占めて4000円と少し。まあ安い買い物である。


銀河乞食軍団(合本版 1) 発動!タンポポ村救出作戦 [ 野田昌宏 ]



銀河乞食軍団(合本版 2) 消滅!?隠元岩礁実験空域 [ 野田昌宏 ]

間抜けな話ですが、合本版がまだ買えると今知りました。自分は何をやっていたのか。
パムが(1の表紙のおさげの女の子)がイメージ通りで嬉しい。






最終更新日  2020.11.08 20:00:08
2020.11.07
テーマ:本が好き!(3)
カテゴリ:本好きのつぶやき
実は先日誕生日を迎えた。ひとつ歳を取ったのだ。
しかしあまり喜びがない。悲しみもない。焦りもない。恋愛には特に興味がないし、結婚もしないつもりだし、成人を超えればもう何歳でもあまり変化はない。R指定な娯楽がすべて解禁されているからである。
いや、そもそも自分は大人になった喜びというものを味わっていない。20歳のときはまだ、中学のいじめをきっかけにかかった心の病気が治っていなかったからだ。成人式にも出なかった。それどころか、成人式用の着物の案内が全部1年遅れて届いた。高校を休学したため、業者に漏れた名簿が1歳下になっていたらしい。これにはかなり傷ついた。
そんなわけで、大人になった感慨もなく、なんとなく選挙に行き、なんとなくお酒を飲み始めた。煙草は吸わないし、パチンコのようなものもやらない。宝くじは何度か買ったが、こんなものか、というかんじだ。成人の愉しみがない。某友人は、早く大人になって、えっちなゲームを堂々とプレイするのを心待ちにしていたそうである。大人でも堂々とやるものではない気がするが、ああいうものがあると人生に張りが出そうだ。

しかし、自分にもひとつあったのだ。大人になるまでお預けにしていたものが。
小学校生のときだった。先生の指導で、学級文庫というものが作られた。生徒が家にある本を持ち寄り、教室に置いて貸し出すのである。
そのうちの1冊にわたしは惹かれ、さっそく借りて家に持ち帰った。黒っぽい表紙にたしか、髪を結った女性の顔が書いていあった。タイトルは【犬神家の一族】。いかにも怖そうである。自分は怖い本が好きだったのだ。
しかし、母はその本を見るなり、「ちょっと貸しなさい」とわたしから取り上げた。それからしばらく父となにか話し合っていた。
翌朝母は険しい顔でこう言った。「これは子供の読む本ではありません。今日お母さんから先生に電話をしておくから、お前は読まずにちゃんと返してきなさい」
どこがいけないのか、と聞くと、お父さんがお母さん以外の人と寝たりする、そういうのはいけないことなのだ、という答えだった。当時の自分は、寝るといっても夜の睡眠か、昼寝くらいしか頭になかった。だから母の言っていることがどうもぴんとこなかった。しかし、これがとんでもない本であることは確かなようだ。
ふつうならば隠れても読むのだが、今回ばかりはただごとではないらしい。その日のうちに教室に返さなければ、先生にも怒られるだろう。しかし、この黒っぽい、古びた文庫本にどれほど恐ろしいことが書いてあるというのか。気にしながら、けっきょく自分はその本を先生に渡し、その本は学級文庫から消えた。持ってきた子が家に持ち帰ったのだろう。

そうだ。自分はもう大人なのだから、犬神家の一族を読んでいいのだ。横溝正史は1冊も読んでいないが、小栗虫太郎やマルキ・ド・サドはすでに読んでいるのだ。
‥‥などとたまに思い出しては忙しさに紛れて忘れてしまっていた。先日古書店でまさにその文庫とおぼしきものを見つけたのだが、結局買わなかった。長く心の隅にあった本だから、ちゃんと新品を買って読みたかったのだ。
そんなふうにぐずぐず過ごしていたある日、この作品の電子書籍版が出ているのを知った。これは神がわたくしに読めといっているのである。サンプルはダウンロードした。禁断の書が紐解かれる日は近い。


金田一耕助ファイル5 犬神家の一族【電子書籍】[ 横溝 正史 ]




【中古】犬神家の一族 改版/角川書店/横溝正史 (文庫)






最終更新日  2020.11.07 20:00:07
2020.11.06
カテゴリ:本好きのつぶやき
11月である。
11月はイベントが少ない。祝日は2回もあるのに、クリスマスだとかお正月とかお盆のような、所謂行事がないのだ。思いつくのはマリー・アントワネットの誕生日くらいである。1755年11月2日、オーストリアの女帝マリア・テレジアの娘として彼女は生まれた。
絶世の美女のように言われているアントワネットだが、所謂目鼻立ちの整ったタイプの美人ではなかったらしい。そのしぐさや身のこなし、話しぶりが魅力的で、人々はそこに惹かれたのだという。お気に入りのお菓子はメレンゲを低温で焼いたもので、本人自らつくることもあった。
アントワネットの肖像画で自分がもっとも好きなのはルブランのものである。この女流画家の肖像画をアントワネット自身も気に入っていたようだ。ルブラン本人もとてもかわいらしい人で、自画像を見るとびっくりする。

マリー・アントワネットは日本では、ほぼ【ベルサイユのばら】だけで有名になったような感がある。自分は特に好きだったわけではないのだが、叔母がこの作品の熱狂的なファンだった。叔母の家に遊びに行くと、十中八九ベルサイユのばらのアニメがかかっていた。それで、一度もちゃんと見ていないのに、なんとなく内容は知っている、という状態が長く続いていた。
マリーアントワネットというフランスの王妃様がいて、彼女に仕えるオスカルという男装の麗人がいて、オスカルに思いを寄せる幼馴染のアンドレという青年がいる。アントワネットは贅沢好きなうえ、どうも浮気をしているようだ。それでかどうかは知らないが、国民が怒ってしまい、いろいろあって(小学生の理解の限界である)テニスコートでなにか会議をしたり(当時テニスを習わされていた自分はこれが謎だった)、内戦のようなことがおき、いきなり大砲まで出てきて(びっくりした)だいたいみんな死んでしまい、最後はアントワネットもギロチンにかけられるのである。
革命からの怒涛の展開が子供心にショックで、にもかかわらず叔母がバスティーユのシーンを繰り返し流すため、一時自分は叔母の家に行くのが憂鬱だった。アントワネットさまはきれいだし、オスカルさまはかっこよかったが、どちらも雲の上の人のような気がした。いちばん感情移入しやすいのはロザリーだったが、身体つきがごついなあと思っていた。
それから長い時間が過ぎ、ベルサイユのばらの原作を通読し、更にアニメも全話見た。今更だが、こんなに面白い作品とは思わなかった。特にロザリーの姉、ジャンヌのエピソードが素晴らしい。これほど魅力的な、しかし“実はいい人でした”といった陳腐な人情噺で終わらない悪女は、日本の作品、それもアニメではなかなかいないのではないかと思う。
自分は凝り性なので、その後すぐにツヴァイクの【マリー・アントワネット】も読んだ。このすべてが事実ではないようだが、オスカルの父親のジョルジュ将軍は登場する。ジャンヌとロザリーは、現実にはなんの関係もなかったが、それぞれ実在の人物であるらしい。ロザリーがオスカルの家に引き取られた事実はもちろんない。アントワネットが監獄にいれられたとき、親身になって身の回りの世話をした娘である。
あまり知られていないが、ベルサイユのばらはフランスで実写映画化されている。自分は幸運にも視聴する機会に恵まれた。貴族であったオスカルがいち個人として革命の波にのまれてゆく、というラストで、原作に親しんだ人間としては物足りなかった。でもオスカルは美しかった。

その後、どうにかフランス語を読めるようになった自分は、フランス版のウィキペディアでロザリーの項を読んだ。アニメではベルナールと結婚して幸せになったロザリーだったが、現実ではいろいろ苦労をしたようである。
あまり思い入れのあるわけではないのに、なんとなく気になって、時折見返しながら長く付き合っている。こうした作品も珍しい。







最終更新日  2020.11.06 20:00:08
2020.11.04
テーマ:本が好き!(3)
カテゴリ:本好きのつぶやき
ずっと気になっていた、三木卓の【震える舌】をついに読んだ。
この作品は映画化もされている。でも、自分が加入しているサービスでは配信されていないので、予告編だけ繰り返し見ていた。闘病記のはずなのだが、予告を見る限りホラーである。実際に見た人の感想も、下手なホラー映画よりずっと怖い、というものが多い。子供の頃うっかり見てトラウマになったという人もいる。気になる。

しかしまずは原作である。自分は三木卓が好きなのだ。ファンという言葉はなんだか軽くて使いたくないのだが、この人の本は自分にとって別格である。だからなかなか読めずにいた。
おかしな話である。好きな作家の本は端から全部読んで、新刊が出たらすぐ読む、というのが普通の読書家だ。でも、自分はそうしたことがなかなかできない。もったいないじゃん、と思ってしまう。この場合、もったいないのはお金ではなく、体験である。
本を“初めて読む”という行為は、当たり前だが最初の1回しかできない。そして“まだ読んでいない本”は、読めばそれだけ減ってしまう。好きな作家の作品ほど、“これから初めて読むもの”を数冊残しておきたい。だから、【震える舌】もなかなか読めなかった。初読体験は1度しかできないのだ。慎重にならねば。
更に書くと、この本は入手が難しかった。いちばん新しい講談社文芸文庫版も絶版である。kindle版も出ていない。それにかこつけて、読むのを延ばしのばしにしていた。いつか読もう、いったいどんな内容なんだろう、きっとものすごく怖くて面白くて、素晴らしい本に違いない。
こんな風に2年ほどだらだら過ごし、そろそろ限界ではないか、と思い始めた。おまけにこのコロナ時代である。自分は所謂高リスク群ではないが、最悪の場合、感染してけっきょく読めずに人生が終わってしまいました、なんてことにもなりかねない。そういえば誕生日も近い。思い切ってネットで古本を注文した。
翌日、店舗から発送メールが届いた。もうあの本は自分のもとへと向かっているのだ。ポスト投函だから自宅にいる必要はないが、玄関の前で張っていたいくらいの気分である。
次いで宅配業者からメールが来た「本日お届けします」とある。あの本は今頃どこを運ばれているのだろうか。発送元の住所を調べ、地図を眺めてため息をつく。もう自分の住む県には入っているはずだ。恋愛中の女子中学生のようである。
果たしてその日、本は届いた。ビニール製の封筒に入っていた。しかしここで開けてはいけない。開けたらすぐに読み始めてしまう。読み始めたら何も手につかなくなってしまう。まだ【戦中派不戦日記】を読み終わっていなかったし、フランス語もやらなければいけないのだ。不戦日記のに出てくる“●●を読む”といった記述や、参考書の例文の、“その映画についての本なら図書館で借りられます、とソフィーは私に言ったが、それは間違いだった。”といった例文を読みながらうずうずしていた。

【震える舌】を読み始めたのは本が届いた翌日の、夜寝る30分前だった。そう長くはない作品なのに、読むのに時間がかかった。本格的な闘病が始まってからは1ページ1ページが重く、そのぶん読むスピードも落ちてゆくように感じた。
どうにか読み終わってからしばらくの間は、物語の中に出てきたイメージをぼんやりと思い返していた。筋の素晴らしさはもちろんだが、この、読んだ後に残るイメージのかけらが好きなのだ。でも、言葉から自分が(勝手に)思い浮かべたイメージをまた言葉にするのは本末転倒だ。だから紹介文や感想を書くのが難しい。
この作品は、著者のお嬢さんが小さいころ、破傷風にかかってしまった体験を描いたものである。闘病はもちろん、なにより症状が強烈だ。これを読むと手の傷や土に対して神経質になってしまう。
自分は今、右の小指にささくれがある。今朝、その指でゴミステーションのネットに触れてしまった。すぐに洗って消毒したのだが、「もしもなにかあったら‥‥」となんとなく不安になっている。
しかし自分は6年ほど前、事故で大けがをしたときに破傷風のワクチンを打っているのだった。事故の後すぐに打って(これは全く記憶にない)、その数か月後もう一度打った。だから多分大丈夫のはずだ。でも気になる。


【中古】震える舌 /講談社/三木卓 (文庫)




あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション 震える舌 [Blu-ray]







最終更新日  2020.11.04 20:00:08
2020.11.01
カテゴリ:本好きのつぶやき
読書の秋である。というか、どうも読書週間であるらしい。世間一般のイベントとあまり縁のない生活をしているせいか、すっかり忘れていた。
しかし自分は春夏秋冬ずっと本を読んでいる。正月もひな祭りも彼岸もお盆も端午の節句もクリスマスも大みそかも、本を読んで過ごしている。カレーは飲み物。という店があるそうだが、その言葉を借りれば自分にとって本は酸素である。
だから読書週間はあまり関係がない。むしろ読書週間くらいは読書を休んではどうか、という気がする。勤労感謝の日は(なかなかそうはいかない人もいるが)勤労を休む日だ。読書週間を読書感謝週間にして、本から離れ、気分転換をはかるのである。そうすれば本への感謝の気持ちも増すであろう。しかし、今でも自分は充分本に感謝をしているし、そんな週間は少しも嬉しくないのでけっきょく本を読んでいる。

読書は知的ですてきな行為と思われてる節がある。特に女、それも学生とか生徒とか呼ばれる身分の女が読書が好きだ、などというと、所謂文学少女のイメージも手伝って極端に美化されるきらいがある。
そして、実際にそうしたイメージの通りの人がいるらしいのだ。ネットなどでは、お気に入りの紅茶とビスケットを用意して、お気に入りの音楽をかけて、お気に入りの椅子に座って本を読みます、と書いている人が一定数いる。皆さんそうやってロマンティックな読書時間を楽しんでいるのだ。そして読んだ本をノートに記録しているのだ。
いいなあと思う。自分もそうした読書をしてみたい。しかし無理である。なぜ無理なのか。お気に入りの紅茶とかビスケットとか音楽があると、読書に集中できないからだ。読書ノートをつける時間があるなら1冊も多くの本を読みたいからだ。
特に食べ物は駄目である。手が汚れると本のページをめくりにくい。いや、それ以前に食べ物を(なるべく手を汚さず、かつこぼさないように)手で取り、口に運び、噛み切り、咀嚼して飲み込む、というのはけっこう複雑な行為である。複雑というのは大袈裟だが、めんどくさいことは確かだ。めんどくさいことはしたくない。本を読んでいるときは内容に集中したいのである。だから、もしビスケットなどを用意してもまず全部口の中に放り込み、これで落ち着いて本が読めますね、となってしまう。
音楽は、もしかけるとしても、iPodclassic専用のスピーカーで、ごく小さな音で流すくらいだ。音質はもちろん悪い。でも、音が良すぎると聞き入ってしまって読書が進まないのだ。本を読みながらできることといえば、せいぜい湯茶を飲むくらいである。それすらカップが空になるとめんどくさいなあと思う。よせばいいのに、ぎりぎりのところに置かれている電気ポットに腕を伸ばして筋を痛めたりする。
こんな風だから、自分が読書をする姿は全然美しくないし、ロマンティックでもないし、知的でもない。白い籐椅子に横座りにうずくまって、延々ページをめくっている。肩が凝るとうううと唸って首をねじったりする。脚や腕に籐の網目がくっきりついてしまうこともある。
昨日は人差し指に痛みが出た。本の持ちすぎだろうか。続くようならクリニックで見てもらうつもりだ。

などと書いていたら、なんだか読書週間くらいは本を読まずに身体を休めるべきではないかという気がしてきた。しかし、今読んでいる本の続きが気になるのだ。


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最終更新日  2020.11.01 20:00:07
2020.10.30
カテゴリ:本好きのつぶやき
【戦中派不戦日記】をやっと読んだ。実家の膨大な量の蔵書に埋もれていたものだ。
実は【戦中派虫けら日記】もあるはずなので、2冊続けて読もうと思って探していた。しかし奇妙なことが起きた。不戦日記が見つかると虫けら日記がなくなるのである。そしてやっと虫けら日記がみつかった、さあ、不戦日記はどこだ、と探すと今度はこちらが消えている。たんに本が多すぎ、かつ自分の管理が甘いだけなのだが。
不戦日記を手に持って虫けらの方を探し回ったが一向に出てこない。諦めて手元にあるものを読んでしまうことにした。

この本は【魔界転生】などで有名な作家、山田風太郎の敗戦の年の日記をまとめたものである。彼は医学生で招集を免れたため、不戦日記となっている。もっとも内地にいても戦争と無縁ではいられない。空襲にあい、住む場所をなくし、学校は疎開となる。
しかし驚くのは、彼がずっと本を読んでいることである。大学生だから、医学生だから、本を読むのは当たり前な気もするが、医学書だけではない、小説もかなり読んでいる。どうも彼は学生の中でも特に本を読む方だったようだ。
どこそこで空襲があった、という噂を聞きながら本を読んでいるし、自分自身が空襲にあってもしばらくするとまた本を読んでいるし、移動中も本を読んでいる。日本も本人も大変な時なのに、読書ばかりとは普通ではない。そもそもその本はいったいどこから仕入れてくるのか、謎である。
などと書いたが、実は自分もそうした人間である。小学校に上がる前からとにかく本ばかり読んでいた。学校の行き返りのバスの中でも本を読んでいたし、歩きながらも読んでいた。歩きスマホどころではない、危険な行為である(今はやめている)。本好きなせいでいじめられても本を読んでいたし、入試の試験会場に行くバスの中でも本を読んでいた(受かったが3日でやめた)。いじめのストレスで不安障害になり、一時読めない時期があったが、それが過ぎて落ち着くとまた本を読み始めた。ストレスでものが食べられなくなったときも頃も点滴を打ちながら本を読んでいた。事故で大怪我をして入院していた時も、とにかく本を持ってきて、本、本、本と言っていた。
こんな自分だから、親は図書カードのような書店で使えるギフト券は必ず自分に譲ってくれた。入院中は読書好きな友人が「もう読まないから」と大きな紙袋いっぱいの本をくれたのでそれを読み漁った。
つまり、本が好きな人間はなにがあろうが本を読み続け、そして本の神様が、あれやこれやと面倒を見てくれるものなのである。たぶん。

あと、泊るところがなくて図書室で寝たというエピソードがあって羨ましかったです。いったい何を羨ましがっているのか。



新装版 戦中派不戦日記 (講談社文庫) [ 山田 風太郎 ]






最終更新日  2020.10.30 20:00:07

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