「俺ね、お前を放したくないんよ…」
彼の話を聞いて直ぐ、何と言って声を掛けて良いのか分からなかった。
iku3+は彼が悩んでいると知っていたが、そこまで悩んでいたとは気付かなかった。
会社を畳むか、存続させるか?
サラリーマンに戻るか?
新会社を設立させるか?
「俺ね、今まで人が挫折と呼ぶ様な状況も楽しんでやってこれたんよ。
壁を乗り越える…どうやってぶち壊して前に進むか?それが楽しかった。
でも、今回ばっかりは、どうして良いか分からん」
台風の影響か、雨、風が激しくなり、それらが雨戸に当たり大きな音を立てた。
「どうしてもっと早く話してくれなかったのか?って顔をしよるな。
前に俺が話した時から、iku3+が、ずっと心配してくれよるのは知っとったよ。
気が付いとったよ。でもね、これを話したら、
iku3+が『仕方がないね、私が重荷になるといけんから別れましょう』っち、
直ぐに気を遣うiku3+の事だから言そうやんか。それが怖かった」
外は激しい雨と風。
事務所の中では、TVのマリナーズ対アスレチックス戦を伝えるアナウスだけが響いた。
「この先の俺の人生で、iku3+がおらんのは嫌なんよ。
別れましょうっち言われるのが怖くて、そう考えると余計眠れんで話せなかった…」
言われてみれば確かに、初めてその話を聞いた時も頭を過ぎった。
『私が居ない方が、
私に気を遣わなくて済む分、もっと自由に彼は動けるのではなかろうか?』と。
後にそう話した時の彼の顔、とても悲しそうだった。
彼の目を覗き込む様にして見つめた。
「俺の前からおらんくならんよね?」
…声が震えていた。iku3+が彼の頬に手を当てると、彼は目を瞑った。
「温かい手…」
彼の前に立った。すると彼はiku3+の胸に顔を押し当てた。
「iku3+に苦労は掛けさせたくない。でも、手放す様な真似はしたくない。
傍におって欲しい。だけど、会社の事、これからの事…俺、どうしたら良いか分からん…」
彼がiku3+に相談がある、話したい事がある、
そう言う時は大抵、iku3+に助言を求めている訳ではなかった。
ただ、笑って話を聞いて貰いたい、
誰にも己の本音を、悩みを明かさない彼は頭で考えきれなくなった時、
そう言って全部話して頭をクリアにしていた。
だけど…今度ばかりは『いつも』と様子が違う。
私…は遊くんに何もしてやれんの?
また話を聞くだけ…?