「お父さんも巻き込もうや」
グッピーの稚魚が生まれてから、彼はしきりに言う。
「郁のお父さんも熱帯魚に巻き込もう」
仕事以外に特別趣味のない私の父に興味を持てることを提案したい、
彼女の父親と仲良くなりたいから共通の話題を作ろう、という彼の計らいなのだと思う。
悪い事ではない、寧ろ良い事だと思う。
だけど彼と彼のお父さんの関係を聞いてるから、
「どうして、その努力を自分のお父さんの方に向けられないのかな?」
と思ってしまう。
彼は、もう数年以上父親とは話をしていないのだという。
私に自分の父親の話をする時の彼は、いつも憎々しげだった。
私は今の彼のお父さんしか知らない。
病院のベッドの上で、
ない両足を擦りながら強張った笑みを浮かべる今の彼のお父さんしか―
彼は話す、覚えのない事で度々暴力を振るわれていた過去を。
父に怯え押入れの奥で蹲っていた幼少時代、
顔を合わす度に殴り合う寸前になるほど家庭の空気が張り詰めた学生時代の話を…
私は何も言えずに、ただ黙って彼の話を聞く。
「余所ん家の子供には、えらい愛想が良いんよ、うちの親父は。
病気して先がそんなに長くないからって今更“昔はすまない事をした”とか言われてもね」
言葉を飲み込んでしまった。
『将来、後悔するかもしれないよ?
あの時もう少しお見舞いに行っていたらって―』
幼少時代に付けられてしまった父親に対する不信感、心のキズ
私には、どうしてあげる事も出来ないのかな…?