「お前となら、浮気でも不倫の仲でもなってかまわない」
と宣う馬鹿なヤローが居る。
そいつとの付き合いは、それほど長くはない。
だけど、今現在、そいつにとって私が一番の女友達である、と自負していた。
二人きりで話していると、時々、所謂『良い雰囲気』になる。
端から見れば、何処にでも居るような普通のカップルに見えるだろう。
冗談なのか本気なのか、そいつは私の目をじっと見ながら言う。
「お前となら、浮気でも不倫の仲でもなってかまわない」
一瞬戸惑う私の反応を見て楽しんでいるのだろう。
そして、決まってニヤリと笑いながら、私がくわえていた煙草を奪い、それを自分が吸うのだった。
その様子を私はぼんやりと眺めているのだが、ふと思う。
もしも、コイツとそういう仲になったら、次からどんな顔をして会えば良い?
今までしてきたような馬鹿な話は、出来なくなるだろう。
いや、私はそいつと馬鹿な話が出来なくなることを、恐れているのではない。
自分が自分でなくなるような気がして怖いのだ。
自分が自分でなくなる?
そいつと一度『そういうこと』をしてしまえば、次に会った時もきっと同じことをするだろう。
彼に申し訳ないことをしている、と思いながら―
いつしかその罪悪感が最高のスパイスとなって、病み付きになってしまうのではないか?
それが怖い。
関係を持つようになったら、最初のうちは彼にバレないように細心の注意を払いながら、
そして、絶対にバレやしない、などと思い込むようになり、回を増す毎に堂々と行動するようになるのだ。
そんな自分を、私は見たくない。
そもそもバレない浮気など在りやしないのだ。
自分はバレていないつもりでも、相手は口にしないだけで、きっと知っている。
過去に自分が浮気をされた経験があるからそう思う。
私がそんなことをしたら彼は間違いなく悲痛な思いを抱くだろうし、
自分の過ちで辛い顔をしている彼を私は見たくない。
一度失ってしまった信頼を取り戻すことは、不可能に近い。
一生懸命築いてきたそれを壊すことは容易いが、元に戻すことはとても難しいのだ。
その笑顔を、その安らぎを失いたくないからこそ―
ああ、そうか。
どんなに辛い思いをしても、悔し涙を流しても傍で包み込んでくれる人が居るから、
その存在のお陰で、何があっても気丈に振舞える自分があると分かっているから…
『自分が自分でなくなる』気がするんだ。
そうか、だからか…
だから、私はNO、と断るんだ…
「お前となら、浮気でも不倫の仲でもなってかまわんよ」
「アンタはかまわんかもしれんけど、私には無くしたくないモンがあるんだよ」
「無くしたくないもの?」
「そっ。
どんなに惨めな思いをしても、明日からまた頑張れる気力をくれる帰る場所があるから、ね」
「はいはい、ご馳走様です」
『浮気ガ出来ナイ私、ノ心情』
思っていたほど、複雑ではなかったようです。