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毎日感じたこと、時々は台湾のこと

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2011.05.21
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カテゴリ:カテゴリ未分類
1903年(明治36年)5月22日、日光・華厳の滝において、エリート学生・藤村操(ふじむら・みさお)が投身自殺しました。

藤村操は1886年(明治19年)、北海道で藤村胖(ふじむら・ゆたか)の長男として生まれました。

自殺する直前、近くの木に『巌頭之感(がんとうのかん)』という遺書を書き残しました。

彼の祖父、父、兄弟らは当時の上流階級、エリート層でした。

厭世観によるエリート学生の死は『立身出世』を美徳としてきた当時の社会に大きな影響を与えました。

そして、彼の後を追う者が続出しました。

彼の死後4年間では、185名が同所で自殺を図りました。

多くの者が警戒中の警察官に保護され未遂に終わりました。

しかし、40名が目的を達しています。



いまだに華厳の滝は『自殺の名所』として知られています。

それは、藤村操の死ゆえです。

遺書を記したミズナラの木は、警察により伐採されたといわれています。

『聖地』になることを恐れたのでしょう。

しかし、それを撮影した写真が現存しています。

現在でも華厳の滝では『お土産』として、その写真の複製が販売されています。





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最終更新日  2011.05.21 21:43:21
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