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人生・・・

January 8, 2006
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カテゴリ:人生・・・












「私は自分で生まれたくて生まれてきたのではない」
という人がいます。その通りです。
私は私のはからいで生まれてきたのではありません。

しかし私が今お預かりしているこの「いのち」は、
生まれたくて生まれてきたに違いありません。

生まれたくて生まれてきたいのちは、
だから全く迷うことなく生きようとしています。

今この瞬間も、心臓も肺も他の内臓も神経も筋肉も
生きるという明確な目的のものに働いています。

さらに地水火風すべてが私の生を支えています。

そこに大きな願いのはたらきを感じずには
いられません。





そのことを思いますと、
不思議な安心感が生まれてきます。

その働きにのって思い通りにならない娑婆(しゃば)を
安心して生き、そして生きる縁が尽きると、
いのちのふるさとへ安心して帰らせていただく。

その帰る先は、私が仏に成らせていただく浄土です。
これを「往生(おうじょう)」といいます。

その安心に立ったとき、
与えられた現実にひるまず、いのちを燃焼させ、
自分のできる限りを尽くす意欲が出てくるのでしょう。

「私のいのち」と言いながら、
そのいのちを真剣に考えることさえしない
この私が、いずれ仏に成るべきいのちを生きていると、
仏さまから拝まれているのです。


そして仏さまから願われて生きていると気づくと、
不完全な弱い愚かな私が見えてきて、
だからこそ願われていると教わります。

さまざまないのちに支えられ、
共に現に生きているという、そのこと自体が
尊いのだということに思いがいたると、
生きることへの元気がでてきます。



帰る先がはっきりすると、
現実のさまざまな問題に対して、
安心して尽くしていけます。

新しいことや、ためらっていたことに着手したり、
やり直したりもできるでしょう。


そうなったとき、今営んでいる毎日の生活の中の
一つひとつが、私が私になっていく大事なこととして、
意味ある歩に感じられるようになるでしょう。

その歩を「往生」というのでしょう。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




☆お座敷に置いてあった冊子
 「真宗の生活」の中からみつけた心に残ったお話です。

 「生かされている」「自分一人ではないんだ」と
 考えてしまいました。













言葉:真城義磨さん(京都、大谷中・高等学校長)


関連リンク:「真宗大谷派宗(東本願寺)」









ーcherchemidiのアドレス帳ー

















Last updated  February 8, 2011 11:11:30 PM
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August 29, 2005
テーマ:生き方上手(636)
カテゴリ:人生・・・








A Paris Kiss【0824アップ祭5】




それでも人生にイエスと言おう!!




















言葉:V・E・フランクル

絵画:A Paris Kiss








ーcherchemidiのアドレス帳ー























Last updated  February 13, 2006 12:08:59 PM
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