ちほの転び屋さん日記

2009/04/17(金)11:58

『リーガルクエスト 会社法』

及び腰か勇み足な書評(54)

すぐれた会社法の教科書で、多くの人に勧められると思います。特に、初学者に対する配慮が秀逸。 類書では、二色刷・図表を多用しただけで内容は単なる条文引き写しなだけにもかかわらず、入門書と謳っている本がありますが、そういう本はもはやいらないと思います。 以下、箇条書きで。 ・共著者のうち、大杉謙一先生と伊藤靖史先生が、それぞれご自身のブログで、きちんと宣伝をしています。これは以前わたしが書いたところ(こちら)に関係します。 おおすぎ Blog 【宣伝】 会社法の教科書を書きました 【モード】 いとう Diary ~ academic and private リークエ会社法への道(1) リークエ会社法への道(2) リークエ会社法への道(3) ・単なる条文引き写しではなく、簡単であってもその趣旨をきちんと説明している。 ・わかりにくそうなところは、ケースを用いて説明している。 ・本文とコラムとできちんとレベル分けがされている。 ・コラムというと、類書では単なる余談や単なる論点解説にすぎなかったりしますが、この本では初学者に理解しにくい点に対する丁寧な説明だったり、ある程度勉強が進んでいる人でも誤解しやすい点についての説明だったり、あるいは最先端の問題に触れられてたりして、読み応えがあります。 ・類書と比較して、「計算」の説明が丁寧。たとえば「分配可能額」の説明とか。計算に関する説明が丁寧という点では、名著である龍田節『会社法大要』を彷彿とさせます。 ただ、丁寧な説明をしたが故に、ということだと思いますが、若干気になる記述がありました。以下、277頁から引用。(資本の)欠損を説明するくだりです。 「仮に、ある会社のある事業年度の損益計算書に当期純損失が計上されたとしよう。これは、その年度の費用と会社が支払う税が、収益を上回ったことを意味する。このような損失が計上される理由はさまざまありうる。それを表示することも、損益計算書の役割である。上記の場合、貸借対照表は次のように影響を受ける。左側の資産の部の合計額は、当期純損失の分だけ、前年度よりも減少する。貸借対照表の左右の数字は一致するものだから、右側の数字も減少しなければならない。右側のうち、負債の部は会社が債務を履行しなければ減少しないし、純資産の部のうち資本金・準備金も、特別の手続をとらなければ減少しない。そのため、剰余金(準備金を除いたもの)が減少することになる。」 この記述によると、損益計算書で当期純損失が計上されたことによって貸借対照表の資産の部が減少したかのように読み取れますが、当期純損失と資産(の減少)とはそういう関係にはないですよね。 資産が減少するのは、(決算整理事項を除くと)あくまで期中に、資産が減少する取引をしたからであって、損益計算書上で当期純損失が計上されたことの結果ではないはずです。 もちろん、 ・損益計算書で当期純損失が計上されるということは、期中取引で収益の発生よりも費用の発生が多かったからだ。 ・費用が発生したことが多く計上されているということは、多くの場合、同時に資産の減少も多く計上されているはずだ。 ・他方で、収益の発生が少ないということは、多くの場合、資産の増加も少ないということだ。 ・ゆえに、損益計算書で当期純損失が計上されているということは、多くの場合、貸借対照表上の資産は減少しているはずだ。 という程度のことはいえますが、論理必然の関係ではないですよね。当期純損失が計上されたとしても資産が減少しない場合、または、当期純損失が計上されていないのに資産が減少する場合というパターンもあるということです。 これを論理必然の関係にするには、資産・費用・収益に関する取引として、  資産の増加/収益の発生  費用の発生/資産の減少 だけが行われ(逆仕訳含む)、たとえば、  資産の増加/資本の増加  費用の発生/負債の増加 といった取引が存在しないという、非現実的な「仮定」を置かなければならなくなります。 また、この記述では、当期純損失の分だけ資産の部の合計額が減少するということも言っていますが、これも上の「仮定」が存在する場合に限られます。 仮に、こういう非現実的な仮定を想定したとしても、当期に純損失が発生したかということと、当期に資産が減少したかがわかるのは、試算表上において同時に分かるものであって、当期純損失が発生したから資産が減少したという順序があるわけではありません(もちろん、費用が発生したか、資産が減少したか、ということは期中取引においてひとつひとつ把握しているわけですが、ここでは「当期」純損失が発生したかということと、貸借対照表上の資産が前期末より「当期末」において減少したか、という話をしています)。 ということで、損益計算書上に多く当期純損失が計上されるような会社には欠損が生じているというのは、それが普通のパターンだという意味で、現象についての記述としては間違いではないのかもしれません。でも、会計的にみればその表現は不正確ではないかと。もちろん、私の拙い会計知識のほうが間違っているのかもしれませんけど。 とはいえ、類書では、せいぜい「貸借対照表上の右より左が少ない状態が資本の欠損」という程度の、ただ結果だけを述べただけの記述になっているのがほとんどでしょうから、この本のように、なぜ欠損が生じるのかといった原因を、初学者にも理解しやすいように説明しようとしている姿勢自体は高く評価できるわけです。

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