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chiro128

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エンデバーの誕生

チャレンジャーが爆発し、2年8ヶ月が経った。NASAは再開を決定し、コロンビア、ディスカバリー、アトランティスの3機のスペースシャトルが宇宙を行き来するようになった。しかし機体の運用に無理が出るようになった。そこで新しい機体が、チャレンジャーに代わる機体が必要になった。92年5月、エンデバーが誕生した。エンデバーとは「努力」という意味だ。あまり日常で使われる言葉ではない。正確な意味を言えば「ひたむきな努力」と言ったところだ。
NASAは計画ごとに機体に付ける名前にテーマ性を持たせている。アポロ計画はギリシャ神話だった。スペースシャトル計画では大航海時代がテーマだ。大航海時代の帆船の名前が機体の名前として使われている。チャレンジャー(挑戦者)がだめだったのでエンデバーにした訳だ。(一応アメリカの小学生から募集された中から選ばれているが、選び方に意図がある。)
エンデバーは18世紀イギリスの探検家・航海士・天文学者のジェームズ・クックの帆船である。ちなみにディスカバリーもクックの船だ。エンデバーでクックはニュージーランドを発見し、西洋人で初めてグレート・バリア・リーフを見た。当時の航海は食料、飲料水、病気などが原因で多くの死者を出していたが、エンデバーでの航海では長旅にも関わらず死者を出さなかったと言う。ここまで来れば、この名前は選ばれるべくして選ばれたことが判る。

5年もこの仕事をしていながら、相変わらずの迷いの中にいる人は実は多い。しかし、その迷いの中にいるということは、まだ救われている。迷うことなくふわふわ暮らしている人もその数に劣らず多いのだ。こちらは救われない。
君は自分のロケや編集や原稿やなんやかやが、なかなかどうしてセンスいいと思っている。この間もいいシーンが撮影できたと思っている。ちゃんと訪ねていく先までの道行きも撮れるし、主人公となる人が訪ねていく家に入っていく所も撮った。挨拶だってちゃんと回っていたし、訪ねて行った先の人とのしんみりした会話も正面からじっくり撮れたと思っている。
しかし、君は本当にセンスがいいのか? センスの前になぜその方向からその人を、またはその人達を撮ろうと思ったのか、きちんと考えただろうか? センスって何のことだろうか? 格好いいこと? その前に撮影者の意図があるんじゃないか?

道行きには基本的な撮り方がある。まず主人公を正面から撮る。主人公が近づいて来てそのままやり過ごし、後ろからついて行く。ややあって正面に回り込みタイトにしてドリーを続ける。再びやり過ごして後からついて行く。このまま目的地に着く。途中で人の動きを止めない。こんな所だ。余裕があれば、主人公が来る前に想定で見た目のカットで目的地までを撮影しておく。なければ後でやる。これが基本的に必要なものだ。まず、これだけ撮っただろうか?
センスがいいと言えるのはこの先だ。主人公が書類を持っているとする。そしたら鞄なり封筒なりがあるはずだ。それを撮ったか? これは必要なカットではないか? そんな寄ったカットが後の室内でのシーンでの書類の意味を高める。とはいえ、これもまだセンスの手前の話だ。
次のレベルで初めてセンスと言えるレベルになる。この主人公おの心情、緊張、そんなものがどこかに現れていないか? それを見つけたか? それは持ち物にあるかもしれないし、歩いている表情にあるかもしれないし、疲れた靴にあるかもしれないし、実は主人公を取り巻く風景にこそあるのかもしれない。主人公が1年待ってその上での訪問というのならば、桜咲く道を歩く主人公はロングの中にぽつんと始まるのがいいかもしれない。歩くタイトショットの背景に散る花吹雪かもしれない。言い訳を考えることはない。君はそんなことを考えながらロケをしたことがあるか?

たかだか道行きでこうなのだ。まして登場人物が2人になったらどうするだろうか? まず自分がどちらの側から見た撮影をしているのか考えなければならない。主人公について行ったら、基本は主人公に近い位置だろう。主人公はその位置からは横顔だがタイトに見えるだろう。相手は正面に見える。主人公の目線に近い位置。主人公の真後ろではない。そこでは見逃すものが多すぎる。君は主人公ではないから、真後ろにいたらいざ手元から書類が出たらどうするのだろう? 「あ、ちょっと待ってください」とカメラマンに言わせるのだろうか? 撮影現場のことをよく考えてカメラの位置の必然を見つけてほしい。
このシーンで初めて主人公が登場するのなら、また話は変わってくるし、もう一方の人がここでは要だとしたら、また変わって来るだろう。状況によって、撮る者のその場への関わり方・スタンスによって、どこからどう撮るかは考え、必然の結果として撮影に臨むべきなのだ。
もちろん、最善の位置、撮影の仕方がそう簡単に判る訳がない。問題はそういう努力をしているかどうかにある。それに、場合によってはここまでに書いたことなど全く当てはまらない状況だってあるのだ。基本に忠実でありながら、常にその場の状況に応じて考えていかなければならない。

若田光一さんはエンデバーに乗った。搭乗直前まで彼はマニュアルの確認をしている姿がNASA自身が行なっている中継(NASATV、と呼ばれている)で映し出されていた。宇宙でも彼は自分の任務の確認を人一倍真剣にやっていた。その上でオフの時間には囲碁を他の搭乗員とやってみせたりする。ここにセンスを感じる。記者会見の席でもギャグに応じるし、ギャグのネタを落とすことだってできる。

自分がどう撮ろうとしているのか、きちんと話す努力をしよう。できないかもしれない。でも、そうする努力、ひたむきな努力、をしよう。
撮影に限らない。編集もそうだ。何を、どう、そこで言うのか。きちんと話す努力をしよう。自分で編集するにしてもそうだ。原稿もそうだ。何事につけ、そうだ。

若田さんを乗せたエンデバーはすべてのミッションをこなし、無事帰還した。10回めの飛行だった。


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