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2014.03.09
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カテゴリ:地図
一九四五年三月四日に米軍機百数十機が飛来し、台東区谷中に爆弾を投下した「谷中空襲」の被害を伝える手描きマップが、地元の追悼会などで毎年受け継がれている。
マップは絵入りで、「死体が飛んできた」といった空襲を体験した人たちの生々しい証言が書き込まれている。

東京大空襲の六日前にあった谷中空襲ではB29爆撃機が爆弾を投下。
戦後建てられた「三四真(みしま)地蔵」の説明板には「約五百人の死傷者が出た」とある。

マップは、谷中に近い千駄木で平和活動をする看護師の橋詰まり子さん(62)が、二〇〇三年の追悼会のために作成。
元中学教師の故和田章子さんらと約二十人に被災体験を聞いて証言を集めた。

140308.jpg

地図には「電柱に“首”だけぶら下がっていた」「池の水で防空壕(ごう)が水没し約四十人が死亡」「壕で三年生、一年生の女の子が圧死」など、恐ろしい記憶の数々が並ぶ。

四日にあった今年の「谷中で戦争を語りつぐ会」でも配布。
橋詰さんは新たな証言が寄せられるたび、マップに追加してきた。
「今回も新しいお話を聞いたので書き加えたい」と語る。

(東京新聞より)
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3.11を東日本大震災の記念日化する話が出ているが、3月10日の東京大空襲も多くの犠牲と戦争への教訓を乗せた、忘れてはいけない出来事。

記事のマップは3月4日の谷中空襲のものだが、その意義は同じ。
市民レベルでの伝え、残す活動は重要なこと。

世代が変わっていく中で戦争の記録は少しずつ薄れていく。
我々の頃は両親や祖父母も戦争体験者だったから、日常の中で戦時中の話をよく聞かされた。
今の子どもたちにはそういう機会はなかなかないだろう。

父親は年老いた最近、急に思い出したかのように疎開先の北海道岩内でアメリカ軍に機銃掃射されたことを話し出した。
そんな話は今まで聞いたことがなかったので驚いた。
当時中学生か高校生だったそうで、何人かで米軍機に追われて防空壕に逃げ込んだらしい。
「相手は子どもと知ってて撃ってきた」と振り返る。
そんな話もそのままでは風化してしまう。

東京では(防空法の問題もあるが)空襲で多くの犠牲者が出ている。
慰霊、そして教訓を後世に伝え続ける意味でも忘れてはいけないこと。
地図を小学校などで使ってみるのも手かと思う。






Last updated  2014.03.09 01:04:59
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