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背番号のないエース0829@ Re:ふるさとの復興とともに 新成人 「八重山毎日新聞新年号」に、上記の内容に…

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2014.10.23
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カテゴリ:災害記録帳
今から10年前の2004年10月23日17時56分、新潟県中越地方でM6.8の地震が発生した。川口町(現長岡市)で震度7を観測したのをはじめとした大きな揺れにより山間地で地すべりが多発し、死者68人、負傷者4,805人、全壊家屋3,175戸(いずれも消防庁による)の被害になった。いわゆる新潟県中越地震だ。


広範囲で強い揺れを記録

新潟県中越地震は内陸直下型地震で、震源は小千谷市で深さ13km。周辺は長岡平野西縁断層帯などいくつかの活断層が存在しており、その一部もしくは平行する断層が活動したものと考えられている。川口町で震度7を記録した他、震度6強が小千谷市、山古志村、小国町、震度6弱が長岡市、十日町、栃尾市、越路町、三島町など、また震度5弱は福島県只見町、群馬県高崎市と北橘村、埼玉県久喜市、長野県三水村にも及び、非常に広い範囲が強い揺れに見舞われた。
また余震活動が活発で、本震発生から2時間以内に震度6の地震が3回観測されている。

この地震で道路・鉄道や電気・通信など公共インフラやライフラインも大きな被害を受けた。JRは7区間で不通となったが、このうち東京発新潟行きの上越新幹線「とき325号」が浦佐駅・長岡駅間で脱線したのはこの地震の象徴的な絵として報道された。新幹線営業運転中初の脱線事故であり、10両編成中8両が脱線したが、車両が軌道を大きくは外れず、脱線車両が豪雪地特有の排雪溝にはまりこんだまま滑走して止まるなどして、大事故は免れている。


インフラの被災

道路関係では高速道路が関越道の六日町IC・長岡JCT間、北陸道の柏崎IC・三条燕IC間の広範囲で、大規模崩壊を含む多種多様な被害が発生し、被害箇所は大小約2000ヵ所に達した。市町村道では約2200ヵ所が被災した。
ホンダが通信ナビによる フローティングカーデータを使用して「通れた道マップ」として通行可能ルートを可視化した最初の事例が新潟県中越地震だった。

インフラではこの地震では、電気・ガス・水道に加え、携帯電話網も含めた通信インフラの被災による問題が表面化した初めてのケースでもあった。発災直後新潟県への通信が輻輳したため、固定電話・携帯電話とも通信規制が実施された。NTT東日本では、通信施設の障害等により約4,500回線が不通となり、このうち山古志村の約1,200回線は長期間不通の状態が続いた。当時災害に強いと期待されていた携帯電話も、設備の破損等により5ヵ所の基地局で電波が止まり、今後の災害対策に課題を残すことになった。停電によりアンテナが機能しなければ携帯電話は使えないという今思えば当たり前のことが多くの人に認識された災害でもある。


土砂災害と河道閉塞の多発

この地震の大きな特長として山間地域での土砂災害の大量発生がある。
長岡市妙見町の旧国道17号では、ワゴン車が土砂崩れに巻き込まれ、母子3人が閉じ込められた。懸命の救出作業によ
り、地震発生から4日(92時間)ぶりに、母親と長男の2人が救出されたが(母親は病院に運ばれたのち死亡が確認
された)、その様子はテレビ中継され、この災害としての大きなインパクトを与えた。

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<長岡市妙見町でワゴン車が土砂崩れに巻き込まれた現場(関東森林管理局HPより)>

もともと地すべり多発地域であった山古志村(現長岡市)は村内の全域が地すべり被害に見舞われ、国道・県道・主要地方道が20ヵ所余りで通行止めとなり、14の集落すべてが孤立する事態になった。全14集落の690世帯、2,167人に避難指示が出されたものの避難手段がなく、自衛隊のヘリコプターなどによる避難を余儀なくされ、全員の避難完了は4日後の27日のことだった。

また、崩れた土砂が川をせき止める河道閉塞が多発し、閉塞した土砂が崩壊すれば大規模な土石流が発生するため、二次災害を避けて全村避難の措置が採られた。特に雪解け時には河川の増水で閉塞の崩壊が懸念され、全村避難が解除されたのは翌年の夏、また全集落の帰村が実現したのはさらに翌年の2006年4月だった。

ところでこの地震では地震そのものだけでなく、二次被害による犠牲も多かった。特に避難や避難所生活でのストレスや持病の悪化、エコノミークラス症候群などが問題になったことは記憶にとどめておきたい。


地すべり地形の恩恵と災害

2005年、合同調査があり全村避難が解除されていない旧山古志村を訪れた。そこここの斜面が崩れている様はこの災害の恐ろしさを十分に知らしめるものだった。
その一方でそこは棚田や棚池が美しい山村だった。この棚池ではニシキゴイの養殖が盛んに行われているのだが、この棚池、そしてニシキゴイの養殖こそが、実は地すべりを象徴する景観でもある。棚田の形成には緩斜面かつ地下水位の高いという条件が必要で、この地下水位の高さは地すべりの要因ともなる。ニシキゴイの養殖に最適の環境を提供してくれるのが地すべり地形なのである。実際に村の集落のほとんどが、古い地すべり堆積地に位置しており、どの家も総じて大きく、そこには地すべりの恵みの部分も感じさせた。
日頃は村にとっての恵みをもたらしていた地すべりが、時に牙をむく。自然が表裏一体であることを認識させられた地震でもあった。

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<国土地理院による当時の山古志村の写真図>

2004年は豪雨や上陸台風も多く、新潟県中越地震も加えて災害が多い年として記憶されている。
実はこの年、個人的に7月に発生した新潟・福島・福井の豪雨について、災害状況図やハザードマップに関する共同研究に参加しており、現地調査やヒアリングを行っていた。そんなさなかにこの地震が発生して、共同研究のテーマに急きょ新潟県中越地震も加えられたことが印象に残っている。

なお、国土地理院から新潟県中越地震の災害状況図などが公開されている






Last updated  2016.03.06 14:31:16
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