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2016.03.03
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カテゴリ:災害記録帳
昭和8年(1933年)3月3日の午後2時31分、東北三陸沖日本海溝付近を震源域とする昭和三陸地震(M8.1)が発生している。

三陸沿岸地域では震度4から5の揺れを感じ、それから30~40分後に大津波が襲来、多数の死者や家屋・船舶の流失など壊滅的被害を受け、被害の大きかった岩手県綾里村(現大船渡市綾里)では津波の高さは23.0mに達し、流失家屋は4000戸に及んだ。
明治29年(1896年)の明治三陸地震津波からわずか37年後、三陸地方はまたも大津波に見舞われたことになる。
なお、昭和三陸地震は明治三陸地震の影響を受けた正断層型のアウターライズ地震と考えられている。

津波による死者数は3064人で、明治三陸地震津波の2万1959人と比べると減少している。そもそも津波の規模が異なるので一概に比較することは適切ではないが、それでも深夜2時という多くの人が寝ている時刻に発生しながらも(明治三陸地震の発生時刻は19時32分)死者数が大きく減少しているのは、震度5の強い揺れが感じられたこと(明治三陸地震は揺れそのものは強くなかった)に加えて、37年前のことを知っている人も多く、教訓が生きたのではないかと言われている。

また、明治三陸地震津波の後、多くの集落が高台へ移転していたことも大きかった。
岩手県船越村船越(現山田町)や、宮城県唐桑村大沢(現気仙沼市)などでは高台移転がされており、被災したのはその後海岸部に戻った少数の人だけだった。
昭和三陸津波の被害と避難・高地移転の相関については、防災科学技術研究所の資料が詳しい。

一方明治三陸地震津波でも当時あった345戸がすべて流され、人口2248人のうち8割強の1867人が死亡した岩手県田老村(現宮古市田老)は、その後高台への集団移転を検討したものの、結局もとの海岸部に集落を再建して再び大きな被害に遭ってしまう(田老村は1611年の慶長三陸地震津波でも全滅の被害を受けている)。
田老村ではその後高さ10m、総延長2.4kmの巨大な防潮堤を築き、昭和35年(1960年)のチリ地震津波の被害を最小限に食い止める事に成功したが、平成23年(2011年)の東北地方太平洋地震による大津波(東日本大震災)で再び壊滅的な被害を受けてしまう。

明治三陸地震、昭和三陸地震と大津波による被害が続いたことで、三陸沿岸の多くの地域で高台移転が行われるようになる(岩手・宮城両県で98集落、約8000戸が集団または個別に高地に移転)が、その後生活の利便性や経済効果を優先させたためか、またも海岸部に集落が戻ってしまい、結果的に東日本大震災で被災することになる。

津波被害に対して高台移転が有効であることは多くの人が知っている。
その一方で、高台移転は沿岸の暮らしの利点をみすみす手放すことにもなり、多くの人が水産関連業に従事していることを考えれば生活面・経済的で高台移転はハードルが高い選択であることも確かである。
今後は災害時の要援護者や病院・福祉施設を優先的に高台移転ることや、海岸近くに暮らしながらも高台への避難路を整備するなど多角的な対策がされるべきだろう。

過去の津波の教訓を確実に後世に伝えるのは簡単なことではない。
私たちがたった5年前に目の当りにしたばかりの東日本大震災でさえ、風化しつつある。
震災遺構の保存もずいぶん検討されたが、さまざまな事情から撤去が進んでいる。

三陸の沿岸部にはいくつかの津波の教訓を伝えるための石碑が残されている。
私たちは年前のその日を迎えるまで、石碑の意味を省みたことがあっただろうか(もちろん、地元ではあったはずと信じているが)。
繰り返さないためにも多くの人が共有すべき問題なのではないだろうか。

昭和三陸.jpg

<大船渡市越喜来地区崎浜に残されている昭和三陸地震津波の石碑>(筆者撮影)



※この記事は2012年に書いた文章を一部改変したものです






Last updated  2016.03.06 13:14:34
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