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テーマ:徒然日記(25181)
カテゴリ:ひとりごと
昨夜、母方の祖母が亡くなりました。
100歳まであと1ヶ月でした。 少し前からご飯が食べられくなり、 そのうち意識がなくなって、 昨夕、ついに祖母の心臓は100年続けた仕事を 終えると決めたようです。 ![]() 悲しくはありません。 心の準備はできていたし、 祖母はその生を病や事故で中断されることなく、 本来の寿命を静かに迎えることができたのだから。 生きるって大変と常々思っている私としては 100年もの長い人生をみごとに歩き抜いた祖母に 拍手を送りたいような気分ですらあります。 だけど、これでもう私にはこの世におばあちゃんと 呼べる人が1人もいなくなった。 そう思うとやっぱり泣けてきます。 ![]() 祖母は東京生まれの東京育ち。 気持ちの強い人で、私は祖母が 愚痴を言ったり、泣き言を言ったりする姿を ついぞ見たことがありませんでした。 ささいなことでくよくよしていたら、 戦争を生き延び、物のない時代に4人の子供を 育てることなどできなかったのでしょう。 悪気はないのだけれど、なんでも自分の思いを 通してしまう祖母はうちの母やお嫁さんたちには 煙たい存在だったようです。 でも、孫である私にとっては、頭の回転が早く 好奇心旺盛な祖母は母よりも「話せる」人でした。 私が高校1年生の時、当時すでに70歳前後だった 祖父母と3人で叔父の住むスペインに行きました。 向こうの空港で叔父が待っているものの、 祖父母2人で飛行機に乗るのは心配なので 一番年上の孫である私に白羽の矢が立ったわけです。 ところが私は海外旅行どころか飛行機に乗るのもはじめて。 うちの親だって不安だっただろうに、それでも 行くと決めたらなんとしても行くのが祖母なのです。 結局、祖父母と私はうまくこの旅をやりおおせ、 おおいに味をしめた私たちは2年後にもう一度、 3人でスペインに行きました。 2回のスペイン旅行は私のその後の人生に 大きく影響して、今でも私はあの時に私をスペインに 導いてくれた祖母にとても感謝しているのです。 ![]() そんな剛の人がまったく違った一面を 見せたことが一度だけあります。 あれは夫をはじめて祖母の家に連れて行った時のこと。 夫を紹介すると、 祖母はそれまで座っていた座布団を素早くはずし、 畳の上できっちりと正座し直して、 「よろしくお願いいたします」 と指をついて頭を下げたのです。 そういう作法があることは知っていましたが、 実際見たのははじめてでしたので、 これには度肝を抜かれました。 だけど、とてもとても嬉しかった。 祖母は私が選んだ人を、おそらく祖母にとっての 最上の礼儀でもって遇してくれた。 それは何よりの祝福でした。 甘ったるい言葉など使わない祖母の、 いい人じゃないの、しっかりやりなさいという はなむけの言葉に思えました。 =============================== 時節柄、お葬式は母と叔父たちの4人だけで すませることにしたそうです。 母は忙しいらしくその後連絡がありません。 祖母の容態が思わしくなくなってから、 頻繁にやりとりをしていた、いとこたちからも 今日はぱたりと連絡が途絶えています。 ここ数日、騒がしかったのが急に静かになりました。 私もまだ祖母の話を誰ともする気がしなくて、 今日はこうしてひとり祖母と過ごした時間を思い出しています。 最後まで読んでいただきありがとうございます。 ↓応援クリック、励みになります。 にほんブログ村 ↓よろしければ読者登録も お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.08.29 22:07:53
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