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テーマ:闘病日記(4048)
カテゴリ:ネフローゼ闘病
I先生のお計らいで無事に薬をもらえた私。
でも、それで不安が消えたわけではありませんでした。 もらったのは1日20mgのプレドニン(ステロイド)。 これは自宅療養する場合に処方される最大量の プレドニンで(これより多いと感染症のリスクが 高くなるため入院になります)、今までの再発なら これで1週間後には寛解していました。 ですが、今回は初発の時と同じくらい尿タンパクが 出ています。その時は入院してこの2倍量の プレドニンを服用していたわけで... はたしてこの量で効くのでしょうか? ![]() 私が伏せっている間、川越観光するチョコと夫。 ネフローゼの最大の症状は、尿が出なくなり、 むくむこと。初発の時は普段54kgの体重が気付いたら 62kgを越えていました。ここまでくると内臓まで 水浸しになり、吐き気や下痢、頭痛なども出てきます。 症状の変化を見逃さないため、すでに振り切れて 役に立たなくなった尿検査薬の代わりに 、 体重と尿の回数をモニターすることにしました。 |プレドニン服用2日目 体重はあまり変わりませんが、前日には感じなかった 足や手のむくみがあります。 起き上がる気力もなく、1日ゴロゴロ。 |プレドニン服用3日目 尿検査は相変わらず振り切れたまま。 相変わらずダルくて、1日寝たり起きたり。 ただ、この時点で急激な体重の増加や尿量の減少が なかったので、薬が効いているかなという感覚は ありました。 後から思えばこのあたりが峠だったようで、 翌日から少しずつ体調が好転していきました。 ![]() 一緒に競技会に出るため札幌から川越まで来てくれたダンス仲間。 夫のアテンドで観光中。楽しそうだなあ。 |プレドニン服用4日目 ついに尿検査のタンパク量が少し減りました。 最悪の事態は脱したと胸をなで下ろした瞬間(涙)。 奇しくも、この日は私たちが出るはずだった ダンス競技会の日でもありました。 応援に行った夫の実況で、ダンス仲間の健闘を 聞いていました。一緒に出たかったよ。 |プレドニン服用5日目 札幌へのUターン決行。 ずっといつ帰るか迷っていたのですが、帰れる時に 帰ったほうがいいと、急遽、切符を取りました。 心配顔の両親と弟一家に手を振って、一路帰途へ。 帰りも8時間の列車の旅。 長旅の負担を考え、私1人、飛行機で帰るという案も ありましたが、空の上で具合悪くなるのが怖くて… 帰宅後ドキドキしながら検査すると、尿タンパクは 前日よりさらに減っていました。長旅の影響は なかったみたいです。ホッ。 この病気、本当に不思議なのですが、正の フィードバックがかかるというか、悪くなる時は 急激に悪くなるのに、ひとたび治る方向に 舵が切られると、これまた急激に治るのですよね。 ![]() ダンス仲間の快挙。相変わらずカッコイイよ!ほんと、一緒に出たかった(涙)。 そして札幌に帰って数日後。 病院に行く頃には、私の尿からタンパクは きれいさっぱり消えていました。 それはもうほんとに劇的な幕切れ。 これじゃあ主治医も今回の再発をどう評価していいか わからないんじゃないか、あの時、薬を飲んだのは 失敗だったかも、とちょっと後悔したほどでした。 が、しかし。 薬を飲んでしまいまして、とモゴモゴ言い訳する私に 主治医は… 「飲んでくれてよかった。むくんだでしょ?」と。 実は血液に再発の履歴が生々しく残っていたそうです。 つまり、尿からタンパクが出たせいで、血中タンパクが うんと減っていて、それを補うために肝臓がうんと 頑張り、コレステロール値が跳ね上がっていたそう。 やはり大きな再発だったのは間違いなかったのです。 あの時、ギリギリの状況で私がとった行動も、それを 受けとめてくださったI先生のご判断も間違いなかった。 それはいまだに悔やんでも悔やみきれない7年前の 判断ミスが教訓となって生かされたということで、 やっと挽回できた、という気がしました。 こうして無事に寛解宣言をもらった私は 現在またプレドニン減量に取り組んでいます。 以上、興奮冷めやらぬまま長々と語った8回目の再発の 顛末でした。 最後まで読んでいただきありがとうございます。 ↓応援クリック、励みになります。 にほんブログ村 ↓よろしければ読者登録も!! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.05.22 18:20:10
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