2004/11/04(木)15:58
アホに憤怒 其の壱
奴はアホだ。
私は他人のプライバシーに立ち入るのが好きではないので、同居人の持ち物には極力手を触れないことにしている。だから本棚の掃除もしない。
奴にはそれが気に入らなかったらしい。私がまだ朝食も済ませていないというのに、突如として、あの、ホコリの積もった本棚をキッチンのお台布巾で拭き始めたのである。傍らには水の入ったお鍋が置いてある。
私は顔から湯気が出そうになった (←多分出てた)。
非常に繊細な気管支を持っている私は、ちょっとのホコリでも、喉が痛いような痒いような感じになってしまう。ひどいときには咳が出る。くしゃみが出る。
「ちょっと! 許可なくなにやってんのさ!」 私は口角をわなわなさせながら聞いた。すると、「洗っています」。奴は、掃除するという単語と洗うという単語の使い分けができない。これがまた私の心を逆なでするのだった。
とにかく大げさにゴホゴホやりながら、私は、寝室へと避難していった。
新入生や新社会人が一人暮らしを始めるにあたって、よく、「家具には奮発するもんじゃないわよ、どうせ結婚したら使えないんだから」 と助言をする人がいるが、これはあながち嘘ではないと思う。一人分には一人分の、二人分には二人分の容量がある。また、一人のときは自分の趣味に突っ走れるが、二人になれば、相手の趣味も考慮しなければならない。
もしこの本棚がこんなに悪趣味じゃなかったら――。もしこの本棚がこんなにお粗末じゃなかったら――。私は掃除するだろう。自分の本だって並べるだろう。
しかし、二年に渡る私の力説も虚しく、その本棚は、ただ、そこにあるのだった。
一番上の段には、ソビエト連邦の載っている地図本やくっだらねーフレンチジョークのペーパーバックに並んで、日本語の辞書が一冊ある。これは監修が悪かったのか、武士用語とも忍者用語とも付かぬ言葉遣いの例文が満載である。
上から二番目の段には、一番のアレルゲンことカセットテープがずらり。奴が音楽を聞いている姿は一度も見たことがないのだが、カセットテープの形をしているからそうなのだろう。中国のアイドルの、見っけ。
上から三番目の段には碁盤が二枚。箱から出た様子は見たことがないのだが、Goと書いてあるから碁なのだろう。
一番下の段には、ストーカー女はじめとする各人の写真アルバムが陳列されている。これに関しては今さら処分うんぬん言う私ではない。画像はすべて頭に焼き付いてしまっている (←何度となく見せられた)。
そして、本棚の下。ここには地図のコピーや旅行ガイドブックのコピー、量販店のクーポン、ストリップショーのタダ券などがごったになって置かれている。
フランス国籍の元ガールフレンドが言った。「この人は他の人と暮らすのに適していないんだから。よーく注意したほうがいいわよ。手遅れになる前に」 今思うと名言である。