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テーマ:旅のあれこれ(10280)
カテゴリ:旅行
飛行機の中では泥のように眠った。 搭乗したのは夜の10時過ぎだった。加えて、乗り換えをはさんでの時差が合計3時間あったから、今が何時であるかとか、全部で何時間眠ったかとかいった時間的概念がよくわからないまま、私は、座席の上で膝を抱えて、ただ、ひたすら眠った。そうして機体の揺れで目を覚ましたときは、飛行機はすでに着陸態勢に入っていた。この気流は紛れもなくデンバー上空だった。窓の外はもう明るくなっていた。 9時半。デンバー国際空港に到着すると、相棒は、会社に行かなければイケマセン、と言ってテントやバックパック一式を引きずって消えていった。私は目をしょぼしょぼさせながら、ビーチサンダルをスニーカーに履き替え、寝袋とバックパックを背負ってタクシー乗り場に向かった。 タクシーに乗るということ。筋金入りの吝嗇家である相棒とつるんでいる私にとって、タクシーに乗るなどという贅沢は数年に一度あるかないかのことなので、乗るときはいつも冥利が悪いような気になってしまう。しかし今回だけは違った。それは、費用を旅費交通費として請求できるからというためだけでなく、タクシーに乗らなければならない理由があったからだ。 タクシーに乗らなければならない理由。それは、足が寒くてしょうがないから、というものだった。 カウアイ島で大雨に降られた私は、レインコート着用も空しく全身濡れそぼってしまった。中でも、特にひどいのがスニーカーだった。通気性の良さが災いしてか、浸水性の、良いこと、良いこと。たくさん歩キマスヨー、という相棒の言葉に騙されて、ビーチサンダルではなくスニーカーを選んでしまったのが運のツキ。夜、飛行機に乗る頃には足元はグッショリ、これから真冬のデンバーに向かうという事実に背くように、暖かい (はずの) スニーカーを脱いでビーチサンダルに履き替えなければならなかった。そしておよそ半日のフライトの間、つま先に丸めた新聞紙を詰めておくも、スニーカーは、乾くことがなかった。 だから、迷った。デンバー空港に着いて、いざ、家路に向かおうという瞬間、迷った。素足にビーサンで真冬のコロラドを闊歩するか、それとも、乾いた靴下と湿ったスニーカーのコンビでなんとかやり過ごすか。寒がりの私は少し考えてから、濡れスニーカーを選んでみたのだった。 冬のデンバーにしては穏やかな気温であるのが幸いだった。タクシーに乗ると、足元の冷たさはさほど気にならなかった。 しかし。気になったのは料金メーターだった――。 前回タクシーに乗った際の記憶、およそ2年前の記憶を思い起こすと、空港・アパート間の30キロちょっとの距離は40ドルほどだったはずだ。それが、その計算では収まらないほどの勢いで、メーターが、メーターが猛烈な勢いで回り始めた! 私は目を凝らした。深夜料金になってやしないか。特別料金が加算されてやしないか。しかし、目に入る域のすべての物を学習しても、すべてはレギュラーであるようだった。家に着くまでの30分間、メーターとのにらめっこに、私は息も詰まりそうだった。 「56ドルです」 アパートの前の通りにタクシーが停まり運転手にそう告げられると、私は、密かに安堵した。ポケットには60ドルしか入っていなかった。私は、60ドルからで、と言って運転手に全財産を渡すと、領収書とお釣りを待った。 「はい、ありがとうございました」 運転手はハンチングの下に広がる笑顔を見せながら、私に領収書を手渡した。 ん? お釣りは? 「あのぉ、お釣り、もらいたいんですけど」 運転手の笑顔が凍りついた。いや、相棒が、チップは払うなって、1銭も払うなって言ったからあげられないんですよ! だからトランクには何も入れないようにしたんですよ! 私は、そう弁解したい気持ちでいっぱいになった。 運転手は何も言わなかった。代わりに、どこからか紙を取り出すと、60引く56、と書いて、お釣りが4ドルであることを導き出し、私に1ドル札を4枚手渡してくれたのだった。 私は、ありがとう、良い一日を、と言って車から降りた。返事は聞こえなかった。 家に戻るとどっと疲れが出た。お風呂に入り、荷物を片付け、洗濯をしているうちに、日はほとんど暮れてしまった。それからパソコンを開き、古いお小遣い帳を見てみると、前回のタクシー料金は53ドルとなっていた。 ああ、なんだか、本当に疲れた。しかし、まだまだ、これからだ。3日後には、日本行きが、控えている……。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jan 20, 2005 04:08:52 AM
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