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テーマ:国際恋愛(198)
カテゴリ:相棒
異なる言語を母国語に持つ国際カップルは、両者とも、自分の言語、相手の言語、および共通の第三言語の、合計三つの言語を話すことができると、意志の疎通がうまくいく。 そう言ったのは、パリ在住の太田医師だったように思う。数年前、オヴニーだか、フランス・ニュースダイジェストだかの短いエッセイに、そう書かれていたように思う。 私は日本人である。母国語は日本語である。 相棒はドイツ人である。母国語はドイツ語である。 そんな “国際カップル” である私たちは、普段、日本語で会話をしている。出会った当初こそ、相棒は日本語が一言も話せなかったから、他の言語で会話していたはずなのだが、私は、奴にまったくといっていいほど興味がなかったので、覚えていない。数年後、奴がいきなりハリキリだしてから、私たちは日本語で話すようになったのだった。 ドイツとイギリスとフランスで高等教育を受けた相棒は、ドイツ語と英語とフランス語を話す。ヨーロッパでは数ヶ国語を話す人は珍しくないが、相棒の場合、本当にマルチリンガルと呼べるレベルなのだから、 (いつもは奴を馬鹿にしまくっている私も) 感心してしまう。文学の類がめっぽう嫌いであるせいか、いわゆる文才といわれるものは皆無と断言できるのだが、総じて、どの言語も、私よりうまいのではないかと思う。 だから私たちが (相棒たっての望みで) 日本語で会話するようになってからも、言語に関する問題は、とりたてて起こらなかった。日本にいる私の家族とはふたりとも日本語でコミュニケーションするし、ドイツに行ったら行ったでふたりともドイツ語を話す。いま住んでいるアメリカでは、一歩外に出れば英語で、出張でフランスに行けば、ふたりともフランス語でお愛想のひとつも言う。それが、何とかなっている。だから、ふたりの間で通じない日本語表現があっても、何とかなるのだ。 そう私は信じてきた。 昨日、相棒は、いつもより少し早めに仕事から帰ってきた。くつろいでいるところへ奇襲をかけられた私は、あわてて時計を見た。4時半すぎだった。 「6時半にも行かなくちゃ。会社」 相棒は、そんな私をさして気に留めるふうでもなく、部屋に入り、靴を脱ぐと、開口一番にそう言った。6時半に会社に行く――。私は、相棒の言ったことがとっさには理解できなかった。 「6時半に会社に行くの? なんで?」 「7時半から電話会議ですから」 「じゃあ、なんでいま帰ってきたの?」 「だって、仕事おわりましたし」 ふぅん。私は、相棒個人の生活のことは深く考えないようにしている。だから、まぁ、いいや、とだけ思った。それから、奴がインターネットをしたいというので、私は、くつろぎの続きをすることにした。それから、6時半に食べ終わることができるように、夕食の準備に取りかかることにした。 アスパラの茹で時間を計算しながら時計を見る。もうすぐ6時だよ。相棒に声をかける。わかってます。相棒が答える。 温野菜を食べながら時計を見る。もう6時だよ。相棒に声をかける。わかってます。相棒が答える。 食べ終わり、相棒がパソコンの前に戻る。もう6時半になるよ。相棒に声をかける。わかってます。相棒が答える。 そして。6時45分。7時。会社までは車で30分かかる。そろそろ出なければまずいだろう。 「あのさあ。もう7時過ぎてるんですけど」 「はい」 「はやく行きなさいよ」 「どこにですか」 「会社」 「ナンデスカ?」 「7時半から会議でしょ?」 「・・・・・・?」 そして束の間、呆けたような顔をしたかと思うと、相棒は、会議は明日の7時半からなのだと言った。明日の朝、なのだと言った。だから、 (明日は) 6時半に (既に) 会社に行かなければならない、と言ったのだ、と言った。 ダマサレタ。 けれど、本当にすごいのは、こんなにも話が食い違っているのに、なあんだ、の一言ですべてが済まされてしまうことである。なあんだ、そうだったんだ。以上。完。 ひょっとして私たちは、本当の意思の疎通は、図れていないのかもしれない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Mar 31, 2005 04:28:03 AM
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