2008/03/26(水)13:36
スピロヘーターとの「静かなる決闘」
戦地で手術した際、梅毒に感染してしまった若き医者。復員し、待っていた婚約者には病のことは隠し、必死に自身で治療しようとする。
梅毒・・・現在はほとんどその名前を聞くことはないが、消滅した訳ではない。オーラルセックスで感染し、微細な傷口から血液に進入する。3週間ほどで発病し、放置すれば脳髄まで冒される怖い病気だ。早期治療で今は完治できる。
その1: スピロヘータとの戦いは困難な闘いだ
藤崎恭二(三船敏郎)は軍医だった。前線の野戦病院、次から次に運び込まれる負傷兵、患者、恭二は休む暇もなく手術台の側に立ち続けねばならなかった。
陸軍上等兵中田龍夫(植村謙二郎)は下腹部盲腸で一命危ないところを、恭二の心魂こめた手術が成功し命をとりとめた。ところが中田は悪性の梅毒で、恭二はちょっとした不注意のため小指にキズを作り、そこから病毒に感染した。
敗戦後、恭二は父親(志村喬)の病院で献身的に働いていた。だが、薬品のない戦地で、恭二の病気は相当こじれていた。
父にも打ち明けられず、彼は深夜ひそかにサルバルサンの注射を打ち続けていたのだが、思わしい効果は現れて来なかった。
彼には許婚者松木美佐緒(三条美紀)という優しい女性がいた。彼女にも無論病気の事は話してなかった。復員後すっかり変わってしまった恭二。六年間も待ちつづけた恋しい人だったのに。
恭二は美佐緒に近づくことを極力抑制していたのだ。若い肉体は愛する美佐緒を求めていたのにである。
まるで結婚の事は考えていない様子の恭二、隠し事があるに違いないと思った彼女は何とか聞きだそうとするが、話をそらしてしまうのだ。間に入って困る父親・・・そして遂に何もかも判る時が来た。
その2: 精神力で欲望を抑えられるか
看護婦見習いの峰岸るい(千石規子)にサルバルサンの注射を打っているところを見られたのだ。他の女と性交渉したと勘違いした父親は烈火の如く怒ったが、真実を知ると息子に謝る。盗み聞きしたるいも恭二を尊敬するようになるが・・・。
そんな時、恭二は中田に会った。中田は結婚しており、妻は妊娠していた。恭二は妻を自分の病院に連れて来るようにいう。
そして訪ねて来た中田の妻を父は診察、危険が迫っていることを覚る。また父は美佐緒との婚約を解消し、早く結婚するように勧める。
日が過ぎて行った。美佐緒は「明日、結婚します」と報告に訪ねてきた。激情に駆られた恭二は思わず美佐緒を抱き寄せ、キスしようと・・・。
その3: これは無償の愛と言える行為かもしれない
恭二はその寸前、かろうじて自制した。もし梅毒を感染させたら取返しがつかないことになる。彼は自分が医者であることを思い、美佐緒を帰すのだった。
恭二はるいを前にして耐えてきた精神を暴発させる。
「僕はなんでこんなに苦しまなくちゃならないんだ。僕は梅毒さ、しかしそれは僕の罪でもなければ、僕の欲望がさせたことでもないんだ。僕の欲望は何にも知らない。ところが、その欲望を徹底的に押さえ込んでしまう良心というヤツがのさばりかえっている。その良心を跳ね飛ばして欲望に生きる、その方が人間として正直なんじゃないか」
「・・・・・・・」
「美佐緒さんだって当たり前の女だ。当たり前の女の肉体を持っているんだ。その肉体を、6年間も想い続けてきた僕が、何で他の男のものになるのを、黙って見ていなくちゃならないんだ・・・」
だが、彼はかろうじて耐え抜くのだった。
ある日、中田の妻がやってきた。母体が危険と見た父と恭二は手術を開始する。だが胎児は・・・
ストレッチャーを押して手術室を出てくる恭二とるい。
「赤ちゃんは」
と聞く中田の妻に恭二は首を振る。
「一目だけでも見せて!」
「いけない、見ないほうがいい、見せられない!」
酒に酔った中田がやってきた。
「俺の息子をどうしたんだ、見せろ」
と手術室に無理やり入り込む。
「ぎゃ~っ!!!」
部屋から飛び出し、呆然とへたり込む中田。
「スピロヘーターが脳髄まで食い荒らしてしまったか」
と中田を見ながら父が呟くように云う。
この映画は考えれば考えるほど、恐ろしい映画だ。題名の「静かなる決闘」とは、付けもつけたりという感がする。快楽の裏には危険が待っている。気をつけろという警告だろうか。
1949年 大映・モノクロ 監督: 黒澤明 出演 三船敏郎 志村喬 三条美紀 千石規子
植村謙二郎 中北千枝子 宮崎準之助 町田博子
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