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最近は本を読む時間もなかなか取れなくなってしまったが、久しぶりに小説でも読もうかと手に取ったのが、この宮部みゆき作『理由』。
実は一度単行本で読んでいたが、この膨大な小説はなかなか一度では理解できなかったので、再度文庫本で読んだわけである。 ある嵐の夜、東京都荒川区内の超高層マンション「ヴァンダール千住北ニューシティ」で4人の男女が惨殺された。 当初、家族と思われた被害者たちだが、やがて赤の他人同士であることが判明。 彼らを殺したのは誰なのか?そして彼らは一体誰なのか? 様々な人間の証言が積み重なって、やがて真実が明らかになる…。 今までに宮部みゆきの小説は何冊か読んできたが、この『理由』は文句無く彼女の作品の中でトップクラスの出来ではないだろうか。 この作品で直木賞を受賞したのもうなずける。 『理由』の大きな特徴は、主人公がいないことである。 物語はルポタージュ形式を採っており、無人称で進んでいく。 無人称ということもあって、ストーリーに主観的な言葉が挟まれることは殆ど無い。 冒頭に紹介される事件のあらましでは、この殺人事件の謎が淡々と客観的に描かれるので、実にミステリアスで不気味である。 なぜか知らないが、ホラー小説でもないのに怖くて鳥肌が立ったほどだ。 名前がついている登場人物だけでもざっと100人以上という膨大な作品であるが、それらの人間を「その他大勢」で留めることなく、1人1人の人物をバックボーンをきっちり描写することでその人間の輪郭をはっきりさせている。 つまりこの小説は「主人公がいない」というよりも「登場人物全員が主人公」と言えるのかもしれない。 この物語の核となる殺人事件は、一見何ら関わりがないように見える人までをも引き寄せている。その関わりの浅さ深さには差があるが、それでも1つの事件にこれだけの人間が関わっているのかと驚かされる。 1つの事件から放射線状に描き出された関係者の証言が真実を導き出している。その描写が実にリアルである。 同時にこの作品はマスメディアへの警鐘も込められているように思えた。 我々一般市民はこのような事件が起これば、テレビや新聞などの一方的な情報しか得ることができない。それは重要なことであるのだが、「確かな真実を知る」といった面で見れば危険性を孕んでいる。 よく新聞に「○○線で人身事故、×分の遅れ」といった記事が掲載される。 私はこういった記事を読むと「人に迷惑をかけるような死に方はイカンよな」とか「自分の通勤路線じゃなくて良かった」といった感想しか持たない。 電車に飛び込んだ人が、どうして飛び込んでしまったのか知ることはない。 実際にその現場を目の当たりにしてしまった人が、これから一生その惨状が頭から離れないということも知らない。 仕方のないことではあるが、一方的な情報では伝えきれない部分のほうが多いということを物語っている。 そしてまた一方的な情報の内容には、事実をねじ曲げてしまっていたり偏見に満ちたものになってしまっていることが少なくない。 この『理由』という小説では、様々な人間が1つの事柄に対して違った目線で語っている。 そのため言っていることが食い違っていることもある。 誰が正しくて誰が間違っているのかもわからない。誰しもが自分の中の正論を述べているのだ。 芥川龍之介の『藪の中』みたいなものである。 マスコミが「真実」として伝えているものは本当に「真実」なのだろうか? そういう疑問を宮部みゆきは投げかけているように思える。 誰もが一生懸命に生きているのに、何かの歯車が狂ってしまったことで事件が起こり、その事件が人々を巻き込んでいく。 超高層マンションという舞台設定が、都会に暮らす人々の心の闇を浮き彫りにしているように思える。 600ページ以上ある大長編小説であるが、一気に読ませる力がある。 宮部みゆきの文章力と構成力は本当に凄いと実感させられる作品である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2004.05.17 00:50:34
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