愛し愛されて生きるのさ。

2005/06/20(月)00:50

『黒い家』

映画感想・邦画(4)

1999年公開の日本映画。 監督は『海猫』『阿修羅のごとく』『(ハル)』などの森田芳光。 主演は内野聖陽、大竹しのぶ。 舞台は北陸・金沢市。 生命保険会社の窓口主任として勤務する若槻は、請求書類に囲まれ苦闘する日々を送っていた。 様々な手口で保険金を掠め取ろうとする、悪質な顧客が後を絶たないのだ。 そんな生活の中で唯一心が安らぐのは、大学で心理学を専攻する恋人・黒沢恵と過ごす時間だけだ。 ある日、若槻は菰田重徳という顧客から名指しのクレームを受ける。対応のために若槻が訪れたのは、禍々しい空気が漂う黒い家だった。その家で若槻は菰田の息子・和也の首吊り死体を発見する。 和也は保険に入っていた。若槻の頭の中には、菰田が保険金欲しさに息子を殺したのではないかという疑念が湧き上がる。 それから若槻の身の回りでは不審な事件が続発する。そしてその影には菰田重徳とその妻・幸子の影が…。 なんかこの映画、好きっす。今回も3度目の鑑賞である。 原作は貴志祐介の第4回角川ホラー小説大賞受賞作である。 といっても私は原作を未読なので、活字で読むとどれだけ怖いかは知らない。 この映画は一応ホラー映画のカテゴリで括られるもので間違いはないとは思う。 しかし正直、全身が粟立つような恐怖とは質が違う。 幽霊やら異形のものが出てくるホラー映画ではなく、恐怖の対象が人間であるサイコパスものであるから、『リング』や『着信アリ』といった作品とは観客へのアプローチの仕方も異なっている。 そしてさすがの森田芳光監督である。ハナから観客を震え上がらせることは放棄し、むしろ笑いと紙一重のキワキワのラインを狙ってきている。 そう、この映画はホラー映画というよりもブラックコメディなのである。 森田芳光が意図したのは「すぐ身近にある恐怖」ではないかと思われる。 「もしかしたら自分の隣人も…」と思わせるような、妙にリアルな人物設定がこの映画の肝になっている。 実際、保険金絡みの事件というのは頻発している。それに関わる人々の異常性を露呈することで、観客に複雑な恐怖を突きつけている。 この映画の怖さというのは、例えて言うなら「電車で隣に座っている人がブツブツ呟いている内容を聞いてしまったときの恐怖」か。 「何この人、気持ち悪っ」みたいな感じ。 大竹しのぶが演じる菰田幸子も、西村雅彦演じる菰田重徳もデフォルメはされつつも意外と実際にいそうなキャラクターである。 この映画で、異常なモンスターとして君臨するのは大竹しのぶが演じる菰田幸子である。「この人間には、心がない」と映画の中で評されるように、映画は菰田幸子を突き放して捉え、歩み寄ろうとはしない。 菰田幸子は人間であるが、「何がなんだかわからないけど、やたら凶暴に襲い掛かってくる」という点では『リング』の貞子や『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスと同様である。 若槻が拉致された恋人の恵を救出するために黒い家に潜入し、そこに菰田幸子が襲撃してくるシーンの閉塞感はなかなかのものである。 押入れに身を潜める若槻と恵。そしてそれを刃物と共に探しまわる菰田幸子。観ているこちら側も息をぐっとこらえてしまう緊張感がある。 カット割や音楽で緊張感を煽る森田監督の手腕はさすがである。 この映画の特徴は、非常にジメッとした空気感を湛えながらもどこかポップな雰囲気であること。それは色彩をヴィヴィッドに多用しているからだろう。 菰田幸子のカラーは黄色である。ホラー映画にも関わらず冒頭からヒマワリが現れたり、菰田幸子が黄色いウェアを纏い黄色い球でボーリングをするところなど、黄色がやたら主張している。 映画というのはヴィジュアルインパクトが重要であって、こういった色の使い方で映画の印象も大きく変化する。 この映画が陰惨なだけの印象で終わらないのは、そんな工夫に拠るところも大きいだろう。 そしてもう1つ、この映画の面白いところは人物描写である。 とにかく出てくる人物がみんな奇妙なのである。 主人公である若槻も顔はハンサムなのにどこか不恰好である。気が弱いのをカバーするために、体を鍛えにスイミングに通っている。そこでプールに飛び込む姿はやたら情けない。クロールをしてもやたら飛沫をあげるから、オバちゃんが迷惑そうな顔をしている。 恐怖に怯えておしっこ漏らしたりと、徹底的に人間臭い描写が絶妙である。 唯一まともに見える、田中美里演じる黒沢恵もクライマックスでとんでもないことになる。 菰田幸子に拉致され、×××されたり×××されたり(敢えて言わない)とかなりの汚れ役に挑戦している。 映画とはいえこんな姿にされてしまっていいのだろうかという、変な不安がよぎる。 西村雅彦も妙なヅラ被って気色悪いし、大竹しのぶの「乳吸えー!!」にも度肝を抜かれる。 要所要所に笑いのツボが散りばめられた、エンタテイメント映画に仕上がっている。 ラストの若槻と菰田幸子の血で血を洗う攻防戦にもどこかユーモラスな滑稽さが溢れている。 「ホラーが苦手」という人も、ホラー映画だと思わずに観たら意外と楽しめるのではないかと思われる逸品である。 ★★★★☆

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