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2011.11.02
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カテゴリ:萌え映画
一月ほど前に、久しぶりにグールドのことを思い出したところだった。そしたらなんと、グールドの伝記映画(?)が公開されているというので、レイトショー1回切りという不便な上映スケジュールだったが、仕事帰りにシネセゾンへ。

img_introduction01_GlennGould.jpg

なるほど、客層がいかにもだ。私の前の座席には脳科学者の茂〇健〇郎さんが座っていらした。彼もグールドが好きなわけね。浅田彰とか坂本龍一あたりが好きなのは知っていたけど、まあ、グールドは「文化人受け」するからなあ。渋谷での初日には、漫画家の吉野朔美さんとグールド研究者の宮澤さん(本業はロシア文学の教授だっけ?)が対談していたようだし。

グールドは誰が見たって神経症だが、後年、誰だったかが、脳に異常(というか障害)があったのではないかと書いているのを読んだことがある。欠損なのか過剰なのか変容なのかは知らんが。

孤独に耐えられ(というかむしろ好み)、寒がりなのに寒いところが好きで、病弱で、自閉症も離人症もあるように思える。でないとあんな音楽を送り出すことはできない。散歩しながらはっきりと「芸術家のいいところは引きこもれるところだ」とか言ってるし。彼もまたミケランジェリ同様、聴衆のことは一切考慮しなかった(それどころかウザいと言ってたな)。

今回の「創作されたドキュメンタリー」で、彼の人となりは私の中のグールド像となんらぶれることはなかったけれど、唯一驚いたのが女性関係だった。
深夜の電話魔は有名だったが、プライベートなことは一切語らなかったから、生涯独身で、そっち方面はきれいなもんだったろうと勝手に思っていたが、映画には彼と関係したであろう女性が3人登場した。若い頃(学生時代)の同窓生、ステージドロップアウトして5,6年後に一緒に暮らした女性(夫と子供もいる不倫だった。子供たちも一緒にグールドのところにやってきた)、そしてヒンデミットの「マリアの生涯」を歌っていたロクサローナ・ロスラック。

同棲していたのは、もともとグールドが尊敬していた男性の妻だった。おおお~略奪か?
彼女はルーカス・フォスの妻で画家のコーネリア・フォス。今は「姉御」って感じのばあさんになっていたが、若かりし頃はなかなかの美人で聡明そうな印象。この映画が撮られる前、グールドの没後25年あたりに、公式にメディアにグールドとの関係を語っていた人だな。著作権や医薬品の権利、種苗の登録なんかもそうだが、25年というのが、一応さまざまなものを独占したり縛れるマックスの時間なのだな。この場合はオフレコの「時効」だが。まあ実際に生きてみると、四半世紀なんてあっという間だ。

さて、グールドとコーネリア、そして彼女の子供たちは最初は幸せな生活を送っていたが(田舎での穏やかな暮らし)、グールドは、すべてを緻密にコントロールしたい病気、薬物依存、偏執狂が次第に篤くなって、コーネリアはついていけなくなる。インタビューの最中、何度「パラノイア」って単語を発したことか。頭はいいけど普通の人たちは、グールドを理解できない。

一緒に暮らしていた期間は68-72年頃で、グールドがバッハの組曲を次々にレコーディングしていた頃と重なるかな。
彼女がグールドの元を去った後も、よりを戻せないかと懇願したらしいが(そんな哀れなグールドは知りたくなかった)、要するに、こと女性関係に関しては、極く極く普通の男性だったというわけかな。ちょっと安心。ちょっとフクザツ(笑)。

ロスラックにも驚いた。なんでこんなマイナーな曲をこんな無名の歌手でとリリース当時は誰もが思った。当時まだ中学生ぐらいだった私も、ヒンデミットなんてロクに知らなかったが、レコードを買ってもらって何度も聞いた。が、無調の歌曲なんて退屈だった(笑)。そうか、男女の仲だったか。グールドったら、やるなあ(笑)。

レコーディングの様子、フォトセッションの様子、秘書だったロバーツやエンジニアの男性(彼とは養子縁組しようとしたらしい。弟になれ、とかいって。それってホじゃないよね? ももももしかしてバイ?)が、もっとも長く身近にいたかもしれない。それはもちろん仕事の場でだが、グールドにとって音楽がすべてで、音楽は仕事だったからな。

私が興味深かったのは、師匠であるゲレーロのレッスン法。同門だった最初のガールフレンド(男女の仲だったかは不明。だって7歳くらい年上だし。しかし最初のゴルトベルク変奏曲を弾いたチカリングは彼女の家にあったピアノだった!)がやってみせてくれたが、一方の手を鍵盤に置き、鳴らしたい鍵盤の上でもう一方の指で鍵盤に置いた指をタップする、というやり方。どこかで見たような気はするけど、要するに完全に弛緩していれば、指は勝手に戻っていく→完全な指の独立を教え込んでいたんだな。グールドの、指開きっぱなしのパラパラ奏法はここから来ていたんだ~と納得できた。

私の先生も、弾きにくいところを弾いてみせるとき、自分の手の上に私の手を載せて、指のアクションを確認させるってことをやるけど、同じことかもしれない。そうか~。
なんか、30年近く経つと(グールド歴はもっと長いが)、感動するとか、うれしくて狂喜乱舞するとかいう感じじゃないのが自分でも驚きだ。

ON THE RECORD,OFF THE RECORDのビデオや、いくつかの伝記ドキュメンタリーの映像は持っていたけど、この映画にはユーモアたっぷりのグールドや、海岸ではしゃぐグールド、よく笑うグールドが見られて幸せだった。50歳って、いい区切りだよね。仕事をしなくていい人生なら、50歳くらいで生を終えるのがいちばんいいような気がする。

追記:パンフを読んだら、タッピングをしてみせたのはガールフレンドではなく、同じゲレーロ門下の友人だった。つまり別人。






Last updated  2011.11.02 21:46:37
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