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萌え映画

2012.02.18
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カテゴリ:萌え映画
WOWOWでやっているトリュフォー特集、全然間違えて覚えていた。
恋のエチュードは放映したけど(例によって途中から見た。ディテールは覚えていたけどストーリーは忘れていた)、「アデル恋の物語」は放映しないし、「私のように美しい娘」は放映するけど、「恋愛日記」は今回は出番がなかった。なんで逆に覚えていたんだろ。



しかし、クラシカルな「恋のエチュード」はジャン=ピエール・レオが出てくる以外、ほとんど覚えていなかったけど、今回30年ぶり位に観たらなんかいろいろアンバランスな映画だった。風俗やファッションは前近代(一次大戦以前)なんだけど、自動車ってもう走ってたっけ?T型フォードより時代が下った形のが走っていた。あと、きっちり食事ごとに着替えるような階層の人たちの話なのに、恋の逃避行でなにやら島の小屋で過ごすシーンでは、そのクラシックな恰好のまま藁のベッドに寝たりしている。ふーん。当時の上流階級が自然を楽しむってこういうことかいなとか。



「私のように美しい娘」はストーリーが奇天烈だったので細部まで記憶にあって、ベルナデット・ラフォンの、よく言えば奔放な、一般にはアバズレな演技がすごいわ。「恋愛日記」の人が害虫駆除屋をやっているのは、なぜかトラックの柄まで覚えていたし。この映画は単にコミカルなサスペンスというだけでなく、人のものの考え方のズレを楽しむ作品だってことに気が付いた。
だって、自らの信念に従って正しく生きると、人を殺すこともだますことも平気という女と、そんな女の一言一句を宝石のように大切にして意味を見出そうとするおかしな社会学者という組み合わせではねえ。二人とも大きくズレてる。そして、この二人は恋仲になると思いきや、一方的に学者先生がのぼせて、彼女はまんまと彼をだまして夫を殺させるという、どこまで行っても自分を見失わないあっぱれな女なのだった。この作品はトリュフォーの系譜からいうと、かなりはみ出しているよね。
あー、こないだ後半だけ観た「柔らかい肌」(これは名作だと思う)もそうだけど、こういうつくりは、きっとヒッチコックへのオマージュなんだろうな。



映画ではほかに、もう5回以上見ている「いつか晴れた日に」を観た。後ろ盾をなくし、経済的に困窮している寡婦の一家(娘が3人も!)が、住むところにも困っているのに、このクラスの人たちは生活スタイルを変えないところがすごい。まあ、女性が働くということがほとんど認められなかった時代だから仕方がないのか。でも昼と夜とで着替えるような暮らしなのに、衣類の質は古臭かったり簡便だったりして、裕福な階層との違いを表現していた。エマ・トンプソンが日中散歩するシーンで着ていたギンガムチェックっぽい木綿のドレスがかわいい。が、エマは老け顔なので似合っていない(笑)。

あともう一本。去年鳴り物入りで公開された「ノルウェーの森」を録っておいたのを忘れてい。やっと見たけど、思った通り恥ずかしすぎる。あの文中のセリフを生身の人間が口にするのはやっぱりありえないわ。そしてみんな演技が棒読みなのはなぜ?見ていられない。30代以降が観るともれなく駄作という、視聴年齢限定映画かも。






Last updated  2012.02.18 22:32:45
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2012.02.07
カテゴリ:萌え映画
朝、職場のPCを立ち上げると、最初にグーグルの画面が出るんだが、メモリアルデーのグーグルのタイトルは、いつもアーティスティックなイラストで飾られている。
それを、クリックせずに見ただけで一瞬で当てるのがシュミなんだが(笑)、昨日はトリュフォー、今日はディケンズだった。ディケンズは、彼の作品の登場人物が複数描かれていたからすぐにわかったけど、6日のはトリュフォーの「大人は判ってくれない」のラストシーンだよね?。海辺を走っていて、一瞬振り向くアントワーヌ・ドワネルなんて凝った仕掛けをする、グーグルの中の人が好きだ(笑)。いったいどれだけの人が一発で当てたよ!(自慢)

で、グーグルのおかげで6日がトリュフォーの誕生日だったことを知った。
まだ若くて、少女マンガにまみれて育って、頭でっかちで勉強はできたけど恋に疎かった自分が、最初に嵌ってコンプリートした監督が、トリュフォーだった。
彼が亡くなる前年だったか、ぴあフィルムフェスティバルで全作品上映と、ファンの前で質問に答えるシリーズがあって、私はそれに参加して、彼の作品中にたびたび登場するバルザックについてたずねた。
もちろん著書にサインももらった。ああなつかしい。今はちょっとはずかしい。トリュフォーとは縁の深い(ていうか、彼がいなかったら私はトリュフォーの著作を読むことはできなかっただろう)山田宏一さんがまだご存命であることも知った。体弱そうだったのに、ちょっと驚き。
WOWOWシネマで、トリュフォーの特集をしていて、4日はアントワーヌ・ドワネルシリーズをずっとやっていた。前半、寝坊して取り損ねたけど、一番好きな「逃げ去る恋」と「家庭」はしっかりブルーレイに収めた。
ジャン=ピエール・レオは、近影をぐぐると、いかつい顔のがんこジジイになっているのだったが、若いころの彼の顔は好きだった。少女マンガに出てくるガイジンのハンサムが生身の男になったのがあのテの顔、と私の中では思っていて、イリヤ・クリヤリン(デヴィッド・マッカラム)にはじまって、ドワネル(レオ)、そしてヘルムート・バーガーに至る、顎が張っていて、ちょっとサディスティック風味の典型的なガイジン顔が理想だった。ああ、ポルナレフも同じ系統だな。ああはずかしい中二病。マルク・ポレルとかも同じ系統だ(今や知る人もいるまい)。なんつうか顎が張っているだけじゃなくて、人類学的に鼻上隆起の骨格で、目元に大きく影ができて唇は薄い顔。そうそう、ツェッペリンのジョン=ポール・ジョーンズも同じ系統の顔だったな。今や全員がジジイだ。

で、マッカラムは知らないけど、レオもバーガーも一人の監督に溺愛され、その監督が亡くなると役者人生もほぼ終結しちゃうみたいな共依存で、そうした偏向した生き方も好きだった。あ、レオは実際にはゴダールにも愛されたけど、ゴダール映画は私の趣味とはちょっと違っていて、私の中ではやっぱりレオ=アントワーヌ・ドワネル=トリュフォーなんだよね。スクリーンではアキ・カウリスマキ(合ってる?)のコントラクト・キラーで挙動不審男を演じていたのをシャンテシネあたりで観たのが最後だな。
普段の日常ではトリュフォーなんて名前すら思い出さないし、実際、今観てもおもしろいと感じるのか自信はないけど、なんかいろいろ懐かしかった。

WOWOWのラインナップには、「突然炎のごとく」も「私のように美しい娘」も「緑色の部屋」も「恋のエチュード」も入っていなくて残念。でも、足フェチのおじさんが出てくる「恋愛日記」とイザベル・アジャーニのストーカーぶりがすごかった「アデル恋の物語」をまた観られるのはうれしい。ありがとうWOWOW!








Last updated  2012.02.08 00:29:15
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2011.11.02
カテゴリ:萌え映画
一月ほど前に、久しぶりにグールドのことを思い出したところだった。そしたらなんと、グールドの伝記映画(?)が公開されているというので、レイトショー1回切りという不便な上映スケジュールだったが、仕事帰りにシネセゾンへ。

img_introduction01_GlennGould.jpg

なるほど、客層がいかにもだ。私の前の座席には脳科学者の茂〇健〇郎さんが座っていらした。彼もグールドが好きなわけね。浅田彰とか坂本龍一あたりが好きなのは知っていたけど、まあ、グールドは「文化人受け」するからなあ。渋谷での初日には、漫画家の吉野朔美さんとグールド研究者の宮澤さん(本業はロシア文学の教授だっけ?)が対談していたようだし。

グールドは誰が見たって神経症だが、後年、誰だったかが、脳に異常(というか障害)があったのではないかと書いているのを読んだことがある。欠損なのか過剰なのか変容なのかは知らんが。

孤独に耐えられ(というかむしろ好み)、寒がりなのに寒いところが好きで、病弱で、自閉症も離人症もあるように思える。でないとあんな音楽を送り出すことはできない。散歩しながらはっきりと「芸術家のいいところは引きこもれるところだ」とか言ってるし。彼もまたミケランジェリ同様、聴衆のことは一切考慮しなかった(それどころかウザいと言ってたな)。

今回の「創作されたドキュメンタリー」で、彼の人となりは私の中のグールド像となんらぶれることはなかったけれど、唯一驚いたのが女性関係だった。
深夜の電話魔は有名だったが、プライベートなことは一切語らなかったから、生涯独身で、そっち方面はきれいなもんだったろうと勝手に思っていたが、映画には彼と関係したであろう女性が3人登場した。若い頃(学生時代)の同窓生、ステージドロップアウトして5,6年後に一緒に暮らした女性(夫と子供もいる不倫だった。子供たちも一緒にグールドのところにやってきた)、そしてヒンデミットの「マリアの生涯」を歌っていたロクサローナ・ロスラック。

同棲していたのは、もともとグールドが尊敬していた男性の妻だった。おおお~略奪か?
彼女はルーカス・フォスの妻で画家のコーネリア・フォス。今は「姉御」って感じのばあさんになっていたが、若かりし頃はなかなかの美人で聡明そうな印象。この映画が撮られる前、グールドの没後25年あたりに、公式にメディアにグールドとの関係を語っていた人だな。著作権や医薬品の権利、種苗の登録なんかもそうだが、25年というのが、一応さまざまなものを独占したり縛れるマックスの時間なのだな。この場合はオフレコの「時効」だが。まあ実際に生きてみると、四半世紀なんてあっという間だ。

さて、グールドとコーネリア、そして彼女の子供たちは最初は幸せな生活を送っていたが(田舎での穏やかな暮らし)、グールドは、すべてを緻密にコントロールしたい病気、薬物依存、偏執狂が次第に篤くなって、コーネリアはついていけなくなる。インタビューの最中、何度「パラノイア」って単語を発したことか。頭はいいけど普通の人たちは、グールドを理解できない。

一緒に暮らしていた期間は68-72年頃で、グールドがバッハの組曲を次々にレコーディングしていた頃と重なるかな。
彼女がグールドの元を去った後も、よりを戻せないかと懇願したらしいが(そんな哀れなグールドは知りたくなかった)、要するに、こと女性関係に関しては、極く極く普通の男性だったというわけかな。ちょっと安心。ちょっとフクザツ(笑)。

ロスラックにも驚いた。なんでこんなマイナーな曲をこんな無名の歌手でとリリース当時は誰もが思った。当時まだ中学生ぐらいだった私も、ヒンデミットなんてロクに知らなかったが、レコードを買ってもらって何度も聞いた。が、無調の歌曲なんて退屈だった(笑)。そうか、男女の仲だったか。グールドったら、やるなあ(笑)。

レコーディングの様子、フォトセッションの様子、秘書だったロバーツやエンジニアの男性(彼とは養子縁組しようとしたらしい。弟になれ、とかいって。それってホじゃないよね? ももももしかしてバイ?)が、もっとも長く身近にいたかもしれない。それはもちろん仕事の場でだが、グールドにとって音楽がすべてで、音楽は仕事だったからな。

私が興味深かったのは、師匠であるゲレーロのレッスン法。同門だった最初のガールフレンド(男女の仲だったかは不明。だって7歳くらい年上だし。しかし最初のゴルトベルク変奏曲を弾いたチカリングは彼女の家にあったピアノだった!)がやってみせてくれたが、一方の手を鍵盤に置き、鳴らしたい鍵盤の上でもう一方の指で鍵盤に置いた指をタップする、というやり方。どこかで見たような気はするけど、要するに完全に弛緩していれば、指は勝手に戻っていく→完全な指の独立を教え込んでいたんだな。グールドの、指開きっぱなしのパラパラ奏法はここから来ていたんだ~と納得できた。

私の先生も、弾きにくいところを弾いてみせるとき、自分の手の上に私の手を載せて、指のアクションを確認させるってことをやるけど、同じことかもしれない。そうか~。
なんか、30年近く経つと(グールド歴はもっと長いが)、感動するとか、うれしくて狂喜乱舞するとかいう感じじゃないのが自分でも驚きだ。

ON THE RECORD,OFF THE RECORDのビデオや、いくつかの伝記ドキュメンタリーの映像は持っていたけど、この映画にはユーモアたっぷりのグールドや、海岸ではしゃぐグールド、よく笑うグールドが見られて幸せだった。50歳って、いい区切りだよね。仕事をしなくていい人生なら、50歳くらいで生を終えるのがいちばんいいような気がする。

追記:パンフを読んだら、タッピングをしてみせたのはガールフレンドではなく、同じゲレーロ門下の友人だった。つまり別人。






Last updated  2011.11.02 21:46:37
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2011.08.23
カテゴリ:萌え映画
BSプレミアムで3回シリーズで放映している「シャーロック」が妙にツボだ。
現代のロンドンにもしシャーロック・ホームズがいたら? という設定なんだけど、寸分違わないキャラクタ配置やロケーションで、一時シャーロキアンだった自分にとっては久々の冴え渡る脳細胞を見せてもらってうれしい。

images.jpg

少なくとも、アドベンチャーに徹したハリウッド製のホームズ(ロバート・ダウニー.Jr)よりはずっと面白い。役者は一人以外ほとんど知らない人たちだし、例によって美男美女はほとんど出てこないのに、やっぱり英国製のドラマは私のツボに嵌るわ~。なんか「ホテル・バビロン」以来のヒットだわ。

ホームズ役の役者がさ、若そうなのに、年をとったらいいキャラクタアクターになるだろうと思わせるクセのある顔で、一度みたら忘れられない。凡庸そうなワトソンも、どこにでもありそうな中産階級の顔でまたよし。

なにより、レストレード警部がルパート・グレイブスだった! 最初全然わからなかったのよ。ごま塩頭の中年のオッサンなのに、妙に小づくりに整った顔していて、キャストをみて、ああそういえば往年の英国青春フォモ映画のアイドルの面影があるかも!と記憶がよみがえってきた。思えば彼を最初に知ってから四半世紀は経っているからなあ。年とって当然だ。
自分モナー(笑)。

あの無粋な観覧車ができてからのロンドンには行ってないけど、2回目の今夜のエピソードには、新宿西口にも似たようなのがあるコクーンのような形をした(というか私には弾道ミサイルを思い起こさせる)ビルが登場した。変わらない部分がほとんどだけど、中心部もいろいろと新しくなっているようだ。でもベーカー街21B(だっけ?)は健在。最初にホームズ屋敷に行ったときは、自分の名刺を置いてきたっけ。今も変わんないんだろうなー。

さて、19世紀のホームズはアヘンとパイプが手放せなかったが、100年以上たった21世紀のホームズは腕に禁煙パッチをベタベタ貼っていて爆笑した。ヘルスケアを気遣うホームズ!
モリアーティ教授も名前だけ登場したし、原作でも自分のお気に入りキャラのホームズ兄も1話目で登場した。そして驚くべきことに、車もスマートフォン(ホームズ愛用!)もあるのに、服装とか部屋のし辛いとか、19世紀とあんまり変わらないのだった。
これ長いシリーズになってないのかなあ。もっと観たいわ。






Last updated  2011.08.23 22:13:34
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2011.04.15
カテゴリ:萌え映画


原題みて吹いた。受はタバコ屋か?
さて、と。ゲイの話で実話でエイズがからんでいることしか知らずに見たら、とんでもない話だった。ホントに実話?事実は小説より奇なりを地でいく話だった。

上記要素から、すんごい悲劇的な映画を予測していたんだよね。ゲイ映画なら最近も「ハーヴェイ・ミルク」があったし、エイズがらみなら封切り当時見て「日本じゃありえん」と思っていた「フィラデルフィア」とかもあったし。どっちも悲劇だった。

そしたらもおお~天才的頭脳を持つ詐欺師の話だった。そういう頭脳(IQ170とかそんくらい)は世のため人のために使おうよ。まあ、確かにたった一人のためには目一杯使ってたけど、こんなクソ度胸のある天才は世の中の役に立たないのだった。

いやはやもう、偽仮釈放も文書偽造もお手の物、経歴詐称してちゃっかり大企業のCFOに納まってみたり、司法をも軽々煙に巻いて偽弁護士として法廷に立ったり、フィクションでもありえない話が実話だなんて、アメリカのチェック機能ってザルなわけ?頭脳派詐欺かと思えば、一方では体張って(いわゆる当たり屋)の保険金詐欺から病気のふりまでなんでもござれだったし。とにかく金に溺れ贅沢なものに囲まれていないと幸せになれないと思い込んでいて、それが愛する男性のためだとしても、当の受は「そんなものいらない、君がいればいい」って言ってるのに、その言葉を信じない。かわいそうなやつだな。

しかし、最後のどんでん返しには、大抵のトリックは恐るるに足りない自分がハメられた。そこまでやる?
と、観終わったらこれまで大して好きじゃなかったジム・キャリーを評価しそうになっていた。あれ、体重20キロは落としてるな。

そして20年くらい前の大好きな映画、Dirty Rotten Scoundrelsを思い出した。邦題なんだっけ? だまされてリビエラ? あれは最高に面白いコンゲームコメディだった。天才詐欺師を自称する二人のタラシが、だましのテクニックを競って富豪の女性を手玉にとるという話なんだが、ラストでありえないどんでん返しがある。最初に見たときは「えええ~」となって、喰えないはずの主役二人(スティーヴ・マーティンとマイケル・ケイン)のさらに上いく華奢ではかなげな美女が、当時好きだった俳優のジョン・マルコヴィッチの奥さんだったりと、あ~あ、こういう昔話は固有名詞までスラスラ出てくるのにな~。

ジム・キャリーのコメディ・センスはスティーヴ・マーティンと似ているところがあって、ゆえにあまり日本人受けはしない。洋物かぶれの自分は学生の頃からサタディ・ナイト・ライブを観ていたので、スティーヴ・マーティンが大好きなんだが、「白人のクセに面白い」彼と違って、ジム・キャリーはなんかもっとあざとく人を笑わせる。あのクドさは好きじゃないけど、そしてこの映画は泣ける話と思っていたのに、まんまとだまされて「やられたっ」と思ったけど、なんか憎めない話だった。まあ、受の男性がかわいかったからかもな。

あー画像探したら、廉価版とか一切出ていないのね。まあ確かに男同士のきわどいF××kシーンとかあったから家族で楽しむ映画ではないわな。






Last updated  2011.04.16 00:21:49
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2011.01.25
カテゴリ:萌え映画
不覚にも流行性感冒に感染し、3日も有給を使うハメになり、ただ漫然と家にいたわけだが。
昨日でタミフルも5日分飲み切り、さあ今日から出社!と早起きしたのに、朝から熱があるじゃないか!
もうやだ。まだ声も満足に出ないけど、頭痛と発熱さえなければ仕事はできると思っていたのに。

薬を投入し、午前中フテ寝していたら、大分マシになってきたので、明日に備えて起き上がってストレッチをする。関節痛も朝、起きるときだけになってきたので、少しは体を動かさないと、また駅の階段で息切れするヘタレになってしまう。

大きな音も響かなくなってきたので、久々に録り溜めておいた映画も見る。“The Young Victoria”。ヴィクトリア女王の若き日の伝記映画。

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去年のアカデミー賞で美術、衣装、メイクアップなんかにノミネートされていた。コスチュームプレイ+ロイヤルファミリーはいつだって人気だな。贅沢に予算を使ったゴージャスな映画だった。

しかしまあ、彼女の若き日にエリザベス1世ほどの映画向きなドラマティックな要素はないし、半端に時代が近いから(すでに近代だ)、想像で補うことのできない部分がほとんどだから、映画自体は平凡だった。

でも、見終わってからやおらヴィクトリアとその子どもたちについて調べ始めたら止まらなくなった。気づいたら5時間経過。昔から好きなんだよな~欧州にあまねく広まる英国王室の血筋たどり。

そういえば2年くらい前、ジョージ5世の息子で精神障害があり夭折した王子の暴露映画を観たときにも、エドワーディアン~ジョージアンと、そのスタイルや当時の文学やファッションが大好きだったので調べまくって楽しかったことを思い出した。

古くは日本だって異母きょうだい同士の結婚は当たり前だったけど、欧州王室もイトコ同士は当たり前で、ヘタすると叔父・姪婚がわんさとある。で、王と王妃に保守と革新が交互に登場していて面白い。たとえばヴィクトリア女王は、まあ保守、次のエドワード7世妃アレクサンドラ(デンマーク皇女)は革新、次のジョージ5世妃メアリー・オブ・テックは超保守(当然、義祖母のヴィクトリアと仲良し)で、息子たちに虐待と呼べるほど厳しい躾をしていたとか、大奥じゃないけど、いつの時代も、どこの国でも実際にドンパチやらずに陰謀うごめく女たちの戦いのほうが面白いのだった。

で、複数の称号(爵位)と敬称を持つのは、連合王国だから統治国によって与えられる称号が違うからだってのは知っていたけど、それが16とか20個とかあって、本人たちは自分のすべての肩書きやらをすべて知っているんだろうかという疑問が(笑)。

現在の王位継承権は10位くらいまでなら私も全員言えるけど、現女王の夫・フィリップ殿下(エジンバラ公)が485位とか、よくぞそんなとこまで数えてるもんだな~と感動すらした。で、今回はHRHとかHerMajestyとかの敬称の付け方を覚えた。RoyalとImperialの違いとか。いや、覚えたからってどうってことないけどさ、BBCニュースの社交界ネタを聞くときに少しは役に立つかも。

大昔、少女漫画で「小公女」じゃないけど、王位継承権がからんできて、貧しい少女がいきなりシンデレラになっちゃうお話がたくさんあったけど、欧州王室だと500位くらいまでは普通にカウントされているようだから、デンマークみたいな小国だと親戚をたどりまくれば、だれもがどこかにつながるかもしれない(ないない)。

蛇足だが、フィリップ殿下は失言大魔王として知られていて、エリザベス2世を描いた映画「Queen」でも相当なおバカさん(というか短気で思慮に欠ける人物)に描かれていたが、その失言一覧がWikiにまで載っていた(笑)。銀のスプーンをくわえて生まれてきた人種独特の不遜さと、上から目線のものの言い方は、自民党最後の総理大臣を思い出すわ。まあ、下半身ネタに事欠かないイタリア首相よりは可愛げがあるけど、夫がバカだと首長たる妻は苦労するだろうなあ。でもあっという間に結婚64年目ですか。息が長い。






Last updated  2011.01.26 07:51:29
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2010.11.09
カテゴリ:萌え映画
  

評伝ものは好きだけど、映像ドキュメンタリーになると、編集側の作為が透けて見えるのがいやだった。でも、去年から偶然、自分の知っている3人のアーティストの映像ドキュメンタリーを観る機会があって、本人はもとより、彼らの周辺の人物にまで大きく影響された時期があったことを思い出して、クソ小生意気だった過去の自分というパンドラの箱を開けた気分だった。

最初はアニー・リーボヴィッツのドキュメンタリー。もう3回くらい見たな。彼女の恋人がスーザン・ソンタグだったことを知って驚いた。ソンタグは20代の自分にとってのカリスマだった。しかし、リーボヴィッツの作品は、10代のころ聴いていたロックのアルバムジャケットで、とっくに洗礼を受けていたことを知ってさらに驚いた。

先月は、アナ・ウィンターのドキュメンタリーを観た。ご存知ファッション界の女王とも教皇とも言われるニューヨーク・ヴォーグの編集長。映画「プラダを着た悪魔」のメリル・ストリープも、「アグリー・ベティ」のウィルミナも彼女をカリカチュアライズした造形だろう。もともとイギリスの富裕層育ちの彼女は、もって生まれたセンスと賢さと、先を読む目に裏打ちされたゆるぎない自信でもって、ファッション界に君臨していた。

そして日曜、メイプルソープのドキュメンタリーだと思って観て見たら、サム・ワグスタッフの生涯を追ったドキュメンタリーにメイプルソープがオマケについていた作品だった。
これも非常に面白かった。メイプルソープも一時私のお気に入りで、ゲイ・カルチャーの生々しさは、BLなんて全然知らないころから、彼の写真に教えてもらったのだった。その彼の恋人でありパトロンであり、スノッブなディレッタントだったワグスタッフ。見事に洗練から混沌へと堕落していく人生だった。

メイプルソープが実はワーキングクラスの無教養な若者で、教養も立ち居振る舞いもすべてワグスタッフが教えたことだったのは、ちょっとショック。勝手に美化していたのでね。メイプルソープはワグスタッフの金にしか興味がなかった。メイプルソープはワグスタッフに憧れない。高いところのものは最初から眼中には入らないから。でもワグスタッフは自分がもっていないものを持っている美しい若者にぞっこんだった。管理された美しいものばかり口にいれていると、腐ったものがとてもおいしそうに思える、というのと似てるか。こういう狂気をはらんだ共依存は好きだ。

ソンタグが「隠喩としての病」を書いて数年もしないうちに、エイズは多くのアーティストの命を奪った。とりわけモダンアートのグラフィックアーティストとフォトグラファーはバタバタと死んでいった。メイプルソープとは生前ニアミスすらなかったが、ハーブ・リッツは日本での最初の個展を開いたときに本人にも会って、スマートなハンサムガイだったので、すぐにメロメロになったが、その彼も2002年にエイズで死んだ。リッツは整然、ヴォーグの仕事もしていたけれど、そのころ、アナ・ウィンターはすでにアメリカで仕事をしていたはずだ。もしそうなら、この3本のドキュメンタリーフィルムは「ヴォーグ」と「カメラ」を軸にして、きれいにリンクすることになる。






Last updated  2010.11.10 01:05:29
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2010.09.26
カテゴリ:萌え映画
   


ずっと見たかったジェーン・オースティンの「センス&センシビリティー」を観る。邦題は「いつか晴れた日に」。

ジェームス・アイヴォリーの撮った19世紀後半の英国富裕層ものが大好きで、フォースターの時代(エドワーディアン)からカズオ・イシグロの「日の名残り」までの英国の文化史は大好物だけど、18世紀末~19世紀前半はあまり知らないのよね。なので、あえてまだるこしいジェーン・オースティンなんである。

それにしても、彼女の代表作「プライド&プレジュディス(自負と偏見)」といい、この映画といい、原題が似てるじゃないか。邦訳も何種類もある。さらに映画だと勝手に「いつか晴れた日に」とか全然違うタイトルを付けちゃうからわけがわからない。
そして、この作品は、内容もプライド~とかなり要素が似ているのだった。

英国文学を集中的に読んでいた頃は、オースティンは全然面白いと思わなかったんだよね。あまりに慣習や常識が違いすぎて理解できなかった。古すぎるのも問題だった。英国文学は19世紀後半~20世紀前半に好き作家が集中していて、それがすべてでもいいくらいだったし。

でも、改めて映像でみると、本当にすべてが眼福。美しい田園風景、広い領地、手入れの行き届いた庭、屋敷、整えられた室内、装飾、服飾、生活習慣、男性が女性と接するときのマナー。それが田舎とタウンハウス(ロンドン)とを対比させて描いている。産業革命直前の、便利になる前の優雅な特権階級の末端層の生活というものに、ずっと憧れている。

ジェントリ層がまだ完全に確立されていないのか、仕事をしていない層は代々領地を所有していないと、本当に無価値なのよね。受け継ぐ領地がないと男子は軍隊か司法界、牧師くらいしかなれるものがないし、女子に至っては、仕事もできないから結婚しか道がない。

「自負と偏見」もこの「いつか晴れた日に」も、この後に見たオースティンの自伝映画も、女性の自立が背後にあるけど、まだまだ現実的には自立なんかできなくて、意に染まない結婚を拒否するとか、好きな人と駆け落ちするとかを夢見る段階にとどまっている。

男もさ、社交の場でのダンスとか女性の誘い方とか、面倒くさいしきたり慣習が山ほどあって大変だったろうけど、女性は本を読んで賢くなっても、それを生かす術がない。小作に出したりするほどの土地がなければ、女子はひたすら財産と階級のバックアップがしっかりある男子との結婚を夢見るしかない。
なにしろ「女は家にいて、女性としての素養を身につけよ、知性があってもそれを表に出してはいけない」、と教会で牧師が大真面目に説教する時代。家にいて裕福な男性の訪いを待つだけの日々かあ。耐えられんだろうなあ。

さて、女優陣は、相変わらずうますぎるエマ・トンプソンと、におうがごとく美しいケイト・ウィンスレットの妙齢の姉妹(さらにティーンエイジャーの末妹もいる)が伴侶探しをするんだけど、いろいろ小さな誤解や勘違いがあって、ファーストネームで呼び合わないから、ミスター○○と言っても、兄弟が多かったらそれが何番目のことかわからない。それでドタバタが生じる。
男性陣もこれまた豪華で、ハリウッドに行ってコメディ俳優になる直前あたりのヒュー・グラントとか、悪役専門になる前のアラン・リックマンとか。男性のカラー周りがとっても窮屈そうなのが気になった(笑)。

「Becoming Jane」も、まさに一番美に張りのある頃のアン・ハサウェイが、アメリカ人にもかかわらず、もともとクラシックな顔立ちなので、18世紀末のカントリー暮らしの子女(オースティン)を好演していて面白かった。印象的だったのは、どっちも貧乏なのに恋に溺れて駆け落ちを企てるも、男性の方にやしなうべき弟妹がたくさんいると知った途端に、「家族を見捨ててまで成就しようとする恋はあとできっと後悔する」とか言って、身を引くんだよね。

これはなかなか20代の女性に言える台詞じゃないわ。家族に祝福されないければ、結婚どころか恋愛すら無意味って考えはむしろ斬新。この映画ではまた、ステロタイプな封建主義の権化のようなマギー・スミスがいい味出していて、彼女が登場すると笑ってしまう。こういう、財産持ちのコンテッサ婆って、「フランス軍少尉の女」にも出てきたし、「自負と偏見」にも登場したし、マンガの「アンダー・ザ・ローズ」にも出てきたわ。いわゆる家刀自なんだろうけど、威厳と権威を兼ね備えた女って、年取るほどに最強だと思うわ。一方、貧乏貴族の父親は、どの作品でもまったく影が薄いのだった。






Last updated  2010.10.06 12:14:31
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2010.08.24
カテゴリ:萌え映画
土曜日、久しぶりにフランス映画を見にミニシアターに出かける。
出不精で暑がりの私を映画館へ誘う憎い映画の主役は当然ヒトではない。

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La voie du chat

邦題は「ネコを探して」だけど、原題は英語にすると The road of the cat だね。du はなんの du だろう。ネコは不加算名詞なわけがない・・・と思って調べたら、de(of)+le(定冠詞男性)の縮約だった。男性名詞なのか…。相変わらずフレンチは苦手じゃ。

ミニシアターなんて何年ぶりだろ。昔はよく行ってたけど、イメージフォーラムとユーロスペースをいつも間違うので、今回も迷わず渋谷で降りて桜ヶ丘の坂を上る気満々だったが、それはユーロスペースで、この作品の上映館であるイメージフォーラムは表参道側のほうだった。この暑い中、間違わなくてよかったよ。

さすがに猫もの(しかもドキュメンタリー)だけあって、いつもはイメージフォーラムとは縁のなさげな老若男女でいっぱい。ちょっと迷惑な中年のご婦人方などもいて(上映中ずっと扇子であおいでいるんだが、なにかチャームが付いているらしくチリチリと音がする)、席が近かったら注意するのに、周囲の若者はなぜ我慢してる!それとも私が気にしすぎですか?

さて、映画はアニメの手法で語り手を務めるのがパイロット役の監督自身で、彼女の飼い猫であるクロネコが行方不明になったことを端緒に、時間と空間を越えてさまざまな場所で猫と人とのかかわりを取材する、というもの。

ネコをいとおしむだけの作品じゃなくて、ヒトとの絆や犬のようにヒトに従いはしないけど、ちゃんと役に立っている働くネコとか、人間の愚かさを浮き彫りにするようなネコグッズとか、ネコの鍼灸医とか、いろんなところに取材していておもしろかった。

水俣病の病理を解明するために数百匹の猫が解剖された話は知らなかった。もともと飼い猫が奇妙な行動(集団で海に飛び込むなど)やけいれんを起こしたことがこの病気が発見された始まりで、食物連鎖の果て(水銀入り魚→猫および人がそれを食べて発症)の奇病の報告は世界初だったらしい。現在でも重い後遺症に悩まされている方が大勢いたのにも心が痛んだ。解剖されたネコを哀悼する碑まで建てられていた。そういえば水銀入りの排水を垂れ流したチッソの会長の娘が、雅子妃の母だったことが結婚時には問題になったんだよね。そんなことを思い出した。

あと19世紀末のパリでの猫話題も面白かった。ネコの存在認識と個人主義の確立が同時期だったというような話で、確かにそれまで猫が単体で画題になることはなかった。大好きなスタンランの絵がたくさん紹介されていたり、女を猫になぞらえて(わがまま気まぐれ)サロンに集った男たちが話題にするとか、世紀末ネタは興味深かった。

あとはドキュメンタリー・ザ・ネコのオンパレードで、駅長ネコのタマとか、イギリスの鉄道ネコとか、認知症病棟で死期を知らせる介護ネコとか、ワンシーンだけの歌舞伎町ネコとか、なぜか半分は日本のネコたちだった。その中で、一番時間を割いているのが水俣のネコだったので、「かわいい」だけの映画じゃないことは明らか。フランスらしいシニカルさは不足していたけど、ねこたまとかネコカフェの様子は、ある種の侮蔑が滲んでいたぞ。なんかばかっぽくて。

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『ネコを探して』公式ホームページ

その後、国連大学前のファーマーズマーケットを冷やかして、グラフィックデザイナーのYちゃんと南国酒家で会食。あー面白くておいしい一日だった。






Last updated  2010.08.26 07:46:44
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2010.08.07
カテゴリ:萌え映画
  

ドラマで放映した時には結構話題になっていた「ハゲタカ」の映画版の短縮バージョンというのを、NHKでやっていた。ドラマも見ていなかったのでどんなもんかと思ったら、数年前のニッポン放送買収騒ぎの構造とよく似ていた。TOB買い付けとかホワイトナイトとか黒船ファンドとか。

そして国家をバッグに日本の自動車メーカーを買収しようと乗り込んだ若い中国人CEOの生い立ちが、ちょっと前に読んだ水原さんのBLのキャラとかぶったり、五條さんの小説ともかぶった。構造というかこんがらがってるところがそう思うだけで、五條さんのほうがもっとウェットだけど、これは好みかも。でもって出てくる俳優がみんな演技過剰で笑った。これはやりすぎだ。日本の企業戦士やファンドの人たちって割とアクションも言葉も少ないのにな。






Last updated  2010.08.08 23:18:29
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