「イタリアにおける児童相談所と養育里親の連携による、家庭生活が困難な児童及びその保護者に対する支援のありかたについて」(その1)
2003年10月、ケースワーカーとして児童相談所に勤務していた当時、師事していたイタリア語の先生、マッシモ・スッチさんご夫妻が、出身地であるローマで里親として児童福祉専門職とともに取り組んだ体験を聞き、ぜひ実地に研修したいと希望したところ、先方に橋渡しをしていただき、ローマとトリノの児童福祉の現場を視察させていただく機会を得ました。以下の文章は、その時の研修後に提出したレポートの中身です。13年の年月を経て、変わってしまった部分は多々あるとは思いますが、かの地で目の当たりにした、「子どもは家庭的な雰囲気の中で育つ権利を持つ」という信念の元に様々な分野の専門職の人びとが連携して行っていた取り組みの数々を思い起こすたびに、イタリア人の根底に流れるハートの温かさ、懐の深さ、連帯の力に今でも胸を熱くし、我々もかくありたい、という思いを強くします。なお、私にとってこの研修が、趣味のひとつであったイタリア語学習がライフワークとなり、それによって多くのイタリア人の友人を得ることとなり、人生を大きく変える転機となったことは、言うまでもありません。―目 次―はじめに日本における里親制度の歴史と課題イタリアにおける児童福祉施策と里親制度の現状ローマ市の現状民間の親業支援団体「ラ・ブッソラ」の行う支援グループホーム「ドン・ボスコ」の取り組みローマ市少年裁判所と福祉職の連携トリノ市に本拠を置く民間団体ANFAAによる広報・啓発活動等の取り組みまとめとしてaneddoto~こぼれ話~<訪問先>2003年10月23日(ローマ市)Centro per L’affido l’adozione ed il sostegno a distanza 所在地:piazza cagliero n. 20 00181 ROMA (里親・養子及び遠距離支援のためのセンター“ポリチーノ”)“LA BUSSOLA”Centro di sostegno alla Genitorialita’ 所在地:via andrea angiulli.1 CAP 00135 ROMAラ・ブッソラ(イタリア語で羅針盤の意/19区にある親業支援のための民間のセンター)“una casa famiglia al borgo ragazzi don bosco” (少年たちのためのグループホーム ドン・ボスコ)所在地:via prenestia 468 Roma 001712003年10月24日(ローマ市)Toribunale per i Minorenni (少年裁判所)訪問2003年10月25日~26日(トリノ県)25日 14:00 里親経験者宅訪問 26日 翌日の打ち合わせ 2003年10月27日(トリノ市)ANFAA (Associazione Nazionale Famiglie Addotive e Affidatarie)所在地:via artisti ,36 TORINO 10124 養子、里親制度のための全国組織(民間団体)訪問casa famiglia villa santa maria母子のためのグループホーム ビラ サンタマリア 訪問トリノ県の児童ケースワーカーと面談はじめに 少子化や核家族化、離婚の増加など、近年我が国の家族の形態は大きく変化をしており、そうした中で、虐待・非行等に代表される、児童をめぐる問題も深刻化をきたしている。特に、児童虐待に関しては、平成14年度において、全国で24195件(高知県:59件)とこの10年間で児童相談所の相談処理件数は20倍をこえることとなり、大きな社会問題となっている。国においては、平成12年に「児童虐待の防止等に関する法律」(以下「児童虐待防止法」)が成立・施行され、わが国において初めて法律において「児童虐待」の定義行い、早期発見、通告の義務、児童の保護などの規定がされた。虐待に対する関心の高まりにより、児童相談所への相談や通告の数が増加。法の施行により早期発見、早期対応に関しては一定の成果は見られたといえる。しかし、同時に、多種多様な相談と、権限の集中した児童相談所業務の見直しをはじめとした、新たな課題が噴出することとなった。そうした中、高知県は、平成14年12月に「高知県子ども虐待防止のための取組指針」を策定した。指針では「虐待の予防」、「虐待の早期発見・早期対応」(「発見・相談・通告」「保護・指導」)、「虐待の再発防止・心のケア」を児童虐待防止対策の3つの柱とし、行政、学校、地域など、関係機関・関係者が連携して、子どもと家庭への支援を行うための基本的な取り組みの方向が示されている。中でも「虐待の再発防止・心のケア」と言う点に着目をすると、虐待を受けた子どもはもとより、虐待を行った家族に対する心のケアと、家族の再生・再統合を行うためのシステムの構築が急務であることが謳われている。それは、不適切な養育環境から保護をされた児童が実際に生活をする、児童福祉施設や里親による養育家庭が心身ともの癒しの場となり、児童の成長や自立の場となることが、家庭の再生・家族の再統合の第一歩であり、真の意味での児童の福祉、権利擁護とつながることを、意味している。「児童虐待防止法」は、施行後3年目にあたる平成15年度に見なおしがされた。また、それに伴う、児童福祉法の見直しの中で、従来、事務次官通達によっての位置づけでしかなかった里親制度が、初めて法的な根拠を持ち、里親対しても、児童福祉施設長同様、「受託中の児童で親権を行う者又は未成年後見人のあるものについても、監護、教育、懲戒に関し、その児童の福祉のために必要な措置をとることができる」とされた。社会的養護観に基づく新しい里親制度を推進することが、行政の責務として、ますます重要な課題となっている。本研修は、共和国憲法第31条の2において、「母性、児童及び青年を保護し、この目的に必要な制度を助成する」と謳い、近年旧来型大規模施設に代わる、里親やグループホームのネットワークを構築しつつある、イタリアの里親制度を現地において学ぶことにより、本県の施策に反映させ、また、本県に登録された里親の組織である、高知県里親連合会の活動の活性化に資することを目的に計画したものである。日本における里親制度の歴史と課題里親とは「保護者のない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童を養育することを希望するものであって、都道府県が適当と認める者である。」と児童福祉法に定められている。里親制度の運営機関としては、特に児童相談所が中心になることを定めており、各都道府県・指定都市、各児童相談所のそれぞれの施策、方針に基づいて制度が運営されている。日本における里親制度の起源は日本書紀に記載のある5世紀の「ちいさこべむらし」(小子部連)の史実にさかのぼり、以後時代とともに、皇族や公卿がその子どもを預ける、という貴族的風習から、次第に武家、商人、一般庶民層にも及んだと言われている。 その後、明治時代になって社会事業家の孤児院、育児員の経営に併行しての里子養育がなされ、第二次世界大戦後の里親制度に引き継がれたといえる。 1948年(昭和23年)に、新憲法下で実施された児童福祉法により、現行の里親制度と事業が出発した。当時は、戦後の一般社会経済の困難、住宅難や家庭事情の逼迫にも関わらず、多くの戦災孤児、引揚げ孤児等に対する国民の支援感情には強いものがあった。 そして1955年(昭和30年)から1962年(昭和37年)の間には里親制度が全開となり、日本全国で登録里親数、委託里親数、委託児童数は最多となったが、この時期を頂点として、すべての数字は下降に転じることとなった。一方で、児童相談所に対する養護相談の件数は増加の一途をたどっている。また、我が国では要保護児童のほとんどが、児童養護施設に代表される、児童福祉施設で生活をしているのが、現状である。厚生労働省の統計によれば、平成14年度、要保護児童35,471人のうち、里親の元で生活をしているのは7.1%にあたる、2,517人であり、高知県においても、平成15年7月1日現在、要保護児童364人のうち里親の元で暮らしている児童は14人であり、3.8%にしか満たない。このことは、養子制度と里親制度の混同や、制度の周知がされていないこと、血縁関係を重視する我国の子育て観などが要因となり、結果、実親が施設に子どもを預けることを選択していることを表しているここ数年、児童福祉施設の入所定員に対する入所率は、80%から90%と、常に満杯状態である。そればかりか、虐待等により、深く心に傷を負った子どもたちの入所児童に占める割合も年々高くなり、現行の施設の体系では、不適応行動を起こす児童の対応に追われ、施設内の処遇に困難をきたした事例も多数出てきている。そうした中で、国においても、「養育里親」に注目をし、施設と里親が連携を取り、協働して「児童の最善の利益」を目指した子育て支援を行うための、それぞれの機能の充実を図ることが進められることとなった。そして、里親制度については、平成14年10月に、「里親の認定に関する省令」と「里親が行う養育に関する最低基準」が改正され、「児童の最善の利益」を目指した子育て支援を行うため、機能の拡充を図ることとなり、平成16年2月の児童福祉法の改正において、里親が法に名文化されるに至った。家庭的な雰囲気の中での児童の自立を保障する。里親制度の充実は、児童の健全育成のため、重点的に取り組むことが必要な課題であると考えられるが、そのためには、養育里親自身の資質の向上を図ることや、地域住民の中に、里親による子育てが当然のこととして受け入れられる意識づくりが必要である。それと同時に、行政が中心となって、として、そうした取り組みをバックアップするための組織作りが必要であることは言うまでもない。次項より、イタリアにおける児童福祉制度の現状をふまえ、イタリア・ローマ市において実施されている、官民共働による里親、グループホームを中心とした親子のケアのためのネットワークの実例と、トリノ市において民間団体が実施している里親制度の啓発の取り組みを紹介することによって、我が国及ぶ本県の現状との比較・検討を行うこととする。イタリアにおける児童福祉施策と里親制度の現状イタリアの人口は、5784万人(2001年)。地方自治の基本構造は15の普通州と5の特別州(regione)103の県(provincia)8102の市(comune)からなっている。Comuneは人口、面積、地域性に関わらず、同一の法的主体であり、日本のような市町村の区別はない。人口300万を抱える大都市から人口100人足らずの小さな市があるが、規模の大小に関わらず同一の行政権限が与えられている。近年、ヨーロッパ諸国では、合理化やネットワーク化の流れの中で、市の合併や統合が進められ、イタリアにおいても、合併の可能性が検討されており、そうした中で、県のあり方が、適正規模の政策単位として注目をあび始めている。イタリア共和国憲法第117条は、医療及び福祉を州の管轄としている。それに基づき、福祉分野は1970年代に権限の地方委譲が行われ、原則として実施は市の、計画及び監督は州の管轄となっている。イタリアの要保護児童施策は、日本と同様、第二次大戦後の戦災孤児対策として発足したため、終戦当時は家庭で生活できない子どもたちは、修道院のような大規模施設に保護されていた。しかし、1970年代頃から、心理職が中心となった取り組みの中で、大人数の施設では、対人関係の取り方がうまく育たないなど、子どもが大人へと成長していく段階で、いくつかの不十分な点が明らかになり、大規模施設からサポーティブ家族=里親への転換を図ることが必要である、という動きが起こることとなる。一方、紛争や戦争状態にあるヨーロッパやアフリカの国々から逃れてきた子どもたちの問題は、近年、ヨーロッパ全体が抱える深刻な問題になっており、イタリアでもアルバニアや北アフリカなど、近隣の外国からの流入人口が増加している。国内で養育困難であったり、身よりの無い外国人の子どもが発見された場合、母国の調査を実施して、両親が不在であったり、不適切な養育が予想される場合には、未成年としてイタリアに在住させる。それらの子どもたちのために、養子縁組も検討されるが、多数の兄弟姉妹やハンディキャップを持っている場合には、養子や里親として受け入れられる人が限られてくるため、南部を中心にグループホームは常に満員の状態である。外国人の中にはイスラム教の子どもたちも多く、文化や習慣の違いを理解することも課題になっている。児童虐待への対応に関しては、14歳以下の子どもを対象に全国共通のフリーダイヤルを設定し「青い電話(telefono azzuro)」などの民間救済機関を介して当局に通報されることが多い。司法機関による親権介入は、年間数千件から1万件に及ぶ、と言われている。そうした状況を背景に、2001年3月28日に「児童の養子里親制度についての規律(1983年の5月4日の法律第184号/以下「法律第184号」という)」及び「民法第三巻第八章」の改正がなされた。1975年には約30万人が大規模施設で生活していた、と言われる子どもたちは、年齢が6歳に満たない場合には里親に委託すること(famiglia affidataria)が原則となり、里親に預けることが困難な場合(兄弟姉妹が多い、ハンディキャップがある、外国人である、家庭の事情など、理由は様々のようである)も、定員6名~8名(最高定員10人)のグループホーム(casa famiglia)で生活ができるよう、施設面でも人員面でも体制整備が進められている。なお、現在施設(グループホーム)で約2万6千人(2001年資料)、里親の元で約1万人(1999年資料)の児童が生活しており、旧来の大規模な施設は2~3箇所しか残っておらず、2006年にはイタリア全土で大規模施設は閉鎖されることになっている。「法律184号」では、第1章第1条において「児童は自らの家庭に育ち、教育される権利がある」と規定している。そのため、養育困難に陥った家族への支援策として、児童担当のケースワーカーは先ず市(comune)の他部門のケースワーカーと連働して家庭支援を行い、在宅支援が限界になったと判断された場合に、初めて児童の保護、すなわち里親やグループホームへの委託の手続きにはいることとなる。委託に際しては、保護者の同意による場合(consensuale)と、裁判所の決定による場合(Giudiziario)の2つのケースがあるが、里親委託の約7割が裁判所の決定によるものとなっている。ケースワーカーは、里親委託に際して少年裁判所に「子どもや家庭に対する企画(家庭復帰につながるためのプログラム)」を提出し、裁判官の判決辞令を受けなければならない。イタリアでは、大半のケースワーカーは公務員であるが、たとえ公務員であっても、裁判所の承認なしに子どもの権限(自らの家庭で生活をする権限)を侵すことはできない、という法の精神に則り、決定機関(司法)と援助機関(行政)の役割分担を行っている。このことにより、ケースワーカーの支援が行いやすい、という利点がある。少年裁判所では、心理学や教育など、色々な視点を併せ持って判決辞令が出される方が好ましい、ということで4人の裁判官制を採用している。内2人はプロの裁判官であるが、後の2人は心理学者、精神科医、ケースワーカー等の資格を持つ一般から選出された特別裁判官で、4人は同一の権限を持ち、男女の人数も2対2で構成されており、3年間同じメンバーでチームを組むことになっている。ケースワーカーが提出するプログラムには、委託が必要となった理由、その期間と里親の権限のふるいかた、面会の取り決め等、両親や親類の者との関係をどのように維持するかが記載されていなければならず、該当地区の福祉センターは、委託期間中のチェックを行い、半年ごとに支援プログラムと元の家族の各問題の経過報告を少年裁判所に提出する義務を負う。里親委託の期間は、2年以内であるが、家庭復帰により児童に危険が及ぶことが予想される場合は委託の延長が可能である。この規定は、グループホーム等施設に入所している児童にも応用されている。里親家庭は、委託期間中の児童に必要とする養育、教育、愛情を保証で着る家庭でなくてはならず、子どものいる家庭が理想的であるが、単身でも差し支えない、とされている。なお、里親には親族里親(intra familiare )と親族以外の者がなる里親(etero familiare)の2種類がある里親手当など、里親への経済保証もされており、法律第184号の第80条―3には、「実の親に認められている仕事に関する権利、病欠休暇、日中の休暇等の権利は、委託親にも認められる」との規定があり、里親が就業している場合には、子育てに必要な育児休業などの諸権利の行使も認められている。司法省と社会支援省は、法施行後から2年後、それ以降は3年ごとに、国会にレポートを提出する義務を負い、国に置いて法律の実効性をチェックしていく体制を取っている。このように、イタリアにおける里親制度は、元の家族から一時的に他の家族に預かる、ということが原則となっており、里親は単に子どもを育てるだけではなく、子どもが家庭に帰ることができるよう、元の親とも信頼関係を築いて、精神面なサポートをする、という役割も担っている。彼ら里親は、市(comune)の公募に応じてきた人一般の人であるため、市のケースワーカーが複数回の研修を実施し、研修終了後に意思の再確認をして、里親の登録を行う。また、実際の委託に際しては、心理職が親の支援とともに、里親の支援、里親と元の親が信頼関係を結ぶための支援を行うことになっており、両者を支えるために、心理職とケースワーカーの連携がはかられている。一方、養子縁組に関しては、少年裁判所が希望するカップルの調査・決定を行い、該当の子どもが現れた場合、何組かのカップルを呼んで子どもの名前を伏せて聞き取りを行い、養子縁組の決定を行う。イタリアでも、養子を前提とした里親制度が存在しており、一般的には里親制度よりも養子制度の方が認知度は高いのが現状である。しかし、里親を希望してくる家族と養子を希望してくる家族では、その精神が全く異なるので、双方の制度については明確に分けて考えたうえで、実施されている。イタリアの里親制度に対する取り組みは、40年前にトリノのある男性が養子制度を施策・制度に位置づけさせたい、と要望したことから始まった。里親制度、養子制度のそれぞれがなすべき事を分けることが大変な作業であったが、「子どもは家庭を持たなくてはならない」という理念を出発点に、その子どもにとって、養子か里親か、という最善の選択がなされるために、福祉職や、民間団体、里親自身が主体的に行った幾多の取り組みを経て、現行の制度へと改正がされている。(その2)に続く↓http://plaza.rakuten.co.jp/ciclismofelice/diary/201609200000/