吟遊映人 【創作室 Y】

2013/07/07(日)06:25

寅さんシリーズ『男はつらいよ』

映画/寅さんの『男はつらいよ』(8)

【男はつらいよ】 「お兄ちゃん、あたし博さんと結婚する・・・決めちゃったの。いいでしょ? ねぇお兄ちゃん、いいでしょ?」 「(うんうんと、頷く)」 「お兄ちゃん、いろいろありがとう・・・」 松竹が誇るベストヒットシリーズと言えば、この『男はつらいよ』だ。 日本人なら誰もがこういう人情喜劇映画に涙するはずなのだが、こればっかりは好みの問題になるので、断定的な物言いは控えることにする。 というのも、私の友人の中には「ワンパターンで、水戸黄門の印籠みたいだ」と評した人物もいたからだ。そんな言われ方をしてしまうと、なんだか自分自身を否定されたような気持ちになり、おかしな被害妄想に囚われてしまった。 だがそんな私も年齢を経て、どんな名作と言えども人には好き嫌いがあり、それだからこそ民主主義が成り立っているのだと気づくことができた。 だから、私にとって『男はつらいよ』は、人の数だけ主義主張があることを教わった作品でもあるのだ。 さて、記念すべき映画第一作目は、寅さんが20年ぶりに故郷である葛飾柴又に帰って来るところから始まる。 この時の渥美清は本当に若々しく、ギラつくほどの威勢の良さがある。だんご屋を営むおいちゃん、おばちゃんも、まだ寅さんに~です・~ます調で話をするし、いくらか遠慮がちだ。 そんな中、妹・さくら役の倍賞千恵子の品の良さと言ったらどうだ! 作品上とは言え、渥美清(寅さん)の異母妹とはちょっとムリがあるだろう(笑) ・・・それは冗談だが、とにかく清楚でチャーミングなのだ。私はこの倍賞千恵子の可愛さに、目が釘付けになってしまった。 マドンナ役として新派の光本幸子が出演。 役柄は、題経寺の住職・御前様の娘・冬子役である。 こちらもまた深窓の令嬢と言った雅な物腰で、息を呑む優雅さだ。 だが光本幸子は、惜しくも本年2月22日に他界している。おそらく、天国の渥美清と再会を果たしたのではなかろうか。 特別出演には、黒澤作品では常連の志村喬が博の父親役として登場。 いやもうこの役者さんの圧倒的な存在感には驚かされる。博とさくらの披露宴におけるスピーチのシーンでは、不覚にも涙がこぼれた。 これが世の中の新郎の父親たる姿であろうと、大いに説得力のある、見事なワンカットだった。(実際の志村喬には、子どもはいなかったらしいが) 第一作目が公開された1969年。この時代の世相を反映するかのように、様々なシーンに工夫が凝らされている。 例えば、とらやの裏に印刷工場があって、そこの若い職工らを捕まえて「さくらは大学出のエリートに嫁にやるから、お前らは近づくな」と寅さんがふれ回った翌日、家屋の外壁に“暴力断固反対!”とか“出て行け寅!”などの貼り紙がしてあるのだ。 ここのシーンは、さながら学生運動の一端を垣間見たようで、山田洋次監督の時代に敏感な映画作りを改めて認識した。 古き良き昭和を堪能するのに相応しい名作である。 1969年公開 【監督】山田洋次 【出演】渥美清、倍賞千恵子、光本幸子

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