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吟遊映人 【創作室 Y】

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2022.03.05
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第十四回

ハンス・ギーベンラートはずば抜けて頭が良かった。彼の住む小さな田舎町では、裕福な家庭でない限り国家の費用で上の学校へ進むしかない。それは州試験に合格して神学校に入り、大学の神学部に入るのだ。
ハンスは、彼を取り巻く地元の教師、校長、隣人、それに教会の牧師らの期待を一身に受けて受験することになった。
受験までは深夜まで勉強漬けだった。大好きな釣りは禁止されていた。一番の楽しみを奪われた少年は激しく泣いたがどうすることもできず、毎日が憂うつだった。
受験に付き添ったのは父である。ハンスの母はすでにこの世の人ではなかった。
試験はラテン語から始まり、ギリシャ語、ドイツ語と続いた。翌日には数学と宗教の試験があり、その後ようやく帰路についた。
せっかく受験から解放されたと言うのに、ハンスは不安で胸が張り裂けそうだった。もしも合格できなかったらという激しい不安と、試験に対してもっといい回答ができたはずなのにという後悔で、頭痛に苦しんだ。
あれだけ不安に苛まれた合否だが、州試験には合格した。二番という好成績だった。これまで心のどこかで軽蔑していたチーズ屋の見習いや小さな工場の職人にならずに済んだことに安堵した。
ようやく地獄のような受験勉強から解放されたのだと思っていたのも束の間、次は神学校で遅れを取らないためにと、牧師や教師、それに校長から勉強を教えてもらうことになった。毎日が学校とマンツーマンでの課外授業、それに宿題の繰り返しだった。

神学校では親もとを離れ、寄宿舎での生活が始まった。ハンスの割り当てられた部屋は「ヘラス」と名付けられていた。そこには10名が寝起きすることになった。ハンス以外の9名のうち、5名までは平凡な少年たちだったが、4名は明らかに個性的だった。一番の変人はエミールだった。彼は決して貧しい家庭に育ったのではなく、裕福な家で育ったのだが、とにかく筋金入りのケチで、皆驚きを隠せないでいた。それでいておかしな価値観に囚われていて、音楽は人生の糧になると考えて、ヴァイオリンの授業を受け始めたのだ。(ヴァイオリンは学校より貸し出し可。無料)ところがエミールは酷い音痴で、演奏は最悪だった。ヘラスのルームメイトたちはヴァイオリンのうめき声にやられて、練習はこれっきりにしてくれと禁止した。
寮内では徐々に互いの性質を知り得ていくうちにグループが出来上がっていった。それは友情の締結に発展することもあれば、敵対関係になることもあった。
ある日、ハンスは美しい森を散策していた。船着場には詩人の才能のある同部屋のヘルマンがホメロスを読んでいた。二人は並んで座り、仰向けになって長々と寝そべっていた。そして秋らしい風景の中で、穏やかに流れる雲を眺めていた。ヘルマンは夢見る人で詩人だったが、危険な香りのする少年でもあった。
その日の晩、ヘルマンは同級生のオットーと殴り合いのケンカをした。オットーは口先ばかりで気の小さい少年だった。同級生たちは緊張しながらも二人のケンカが収まるのを待っていた。むろん、ハンスも座ったままずっと怯えていた。
オットーはしつこくヘルマンに殴りかかろうとしたが、ヘルマンは腕を組んでやっと立ち上がり、「殴りたければ殴るがいいさ」と高慢に言い放った。そこでオットーは悪態をつきながら出て行った。
しばらくするとヘルマンは泣いた。
神学生にとって最も不名誉なことにもかかわらず、それを隠そうともしなかった。その後、彼は部屋を出て行った。
しばらくしてハンスはヘルマンを探しにその後を追った。
ハンスはヘルマンを見つけた。二人は互いに見つめ合い、互いに持ち合わせる特別な魂を想像した。ヘルマンはゆっくりとハンスに手を伸ばし、その唇を重ねた。ハンスはこれまでにない衝撃を受けた。同時に、こんなところを誰かに見られたらどうしようという恐怖も感じた。
それから二人の友情は特別なものとなった。ヘルマンにとって友情は楽しみであり贅沢でもあったが、ハンスにとってみれば抱えがたい大きな重荷ともなった。なぜならそれまでのハンスにとっての勉学の時間を、ほとんど毎日ヘルマンとの時間に当てられることになったからだ。
ヘルマンは感傷的で、学校や人生について革命的な演説をし、しばしば詩人となった。一方でハンスは、勉強がどんどん難しく思えて来て、頭痛に悩まされることになった。だが友人であるヘルマンが憂うつなため息をつくと気の毒になり、放っておくことができなかった。

秋も深まると、ヘルマンはますますふさぎ込み、ハンスの側にいるより一人になって不機嫌さを露わにした。折悪く、変わり者のエミールがヘタなヴァイオリンをかき鳴らしているところ、ヘルマンがキレた。練習をやめるように言ったのだがエミールはやめなかったため、ヘルマンは乱暴にも譜面台を蹴飛ばしたのである。このことが校長の耳に入った翌朝、ヘルマンは重い謹慎処分を言い渡された。この処分を受けた者は、神学校では烙印を押されたも同然だった。そのため学生たちは皆ヘルマンを避けた。だがヘルマンはハンスのことだけは信じていた。ハンスだけはいつだって自分のそばにいてくれると思ったのだ。だがハンスは皆と同様、ヘルマンの側には行かなかった。自分の臆病な感情に苦しみ、もがきながらも、勇敢さを示すことができなかったのである。
「きみはつまらない臆病者だよ」と言って、ヘルマンは立ち去った。

クリスマスの帰省が終わり、神学校では新学期が始まった。ハンスと同部屋のヒンディンガーが、小さな湖に落ちて亡くなった。小柄で体重も軽かったのだが、湖面の氷が割れてしまったのだ。「ヘラス」の住人は、文句の少ない善良なヒンディンガーを失ってはじめて彼の存在の大きさを感じた。
ハンスはその死を目の当たりにして深い痛みを覚えた。それによって覚醒したわけでもないが、突然ヘルマンに対する罪の意識に囚われた。
ヘルマンは風邪をひいて孤独のうちに病室で寝ていた。ハンスはおずおずと見舞いに出向いた。しかしヘルマンは頑なにハンスを見ようともしなかった。だがハンスはヘルマンの手をしっかりと握り、かつての親友を見つめた。そしてヘルマンに許しを乞うた。ヘルマンは瞠目した。しかしハンスはあきらめずに言った。「こうやってきみの周りをうろうろするくらいなら、むしろ最下位になりたいんだ」
こうしてヘルマンはハンスの手を握り返し、その友情を取り戻すことに成功したのである。
二人の早熟な少年の友情は以前のそれとは形を変え、初恋のほのかな秘密のようなものを味わっていた。ハンスが心からこの友情に執着すればするほど、これまで非の打ち所がない生徒であったはずなのに、問題児に変わっていった。ハンスの成績はみるみるうちに下がっていった。同級生たちはハンスが転落し、首席であることを断念したのだと確信し、遠巻きに眺めているに過ぎなかった。校長も教師も、もはやハンスには何の期待も寄せなくなった。
その後、ヘルマンは校長とトラブルを起こして再び謹慎処分を受けることになり、今度こそ退学という顛末になってしまった。ヘルマンは最後の最後まで自分を曲げず、学校にも校長にも謝罪をせず、頭を高く上げたままだった。ただ、親友のハンスとは握手して別れを告げることができた。
他に友人のいないハンスは、神学校で完全に孤立した。つまらないことで教師から激しく叱責され、そのたびに目まいや全身の震えに襲われた。
校医はハンスを神経症の疑いがあるとし、休養のための長期休暇を提案した。校長はハンスの父親に長い手紙を書いた。これでハンスは二度と学校には戻ることがないだろうと、校長も同級生たちも確信していた。

田舎に帰るとハンスは悪夢にうなされた。森のどこかで首を吊って死んでしまおうと思った。縄をかける枝も決まり、強度も試した。遺書も書いた。この死への意欲が生きる気力となったのか、父親の目にはかえってハンスの体調が良いように思えた。
季節の移り変わりとともに、ハンスの自殺への願望が薄れつつあった。いつまでもぶらぶらと過ごしているわけにもいかず、ハンスは機械工の作業場に勤めることになった。この町で唯一選抜され、州試験にまで合格した身なのに、今や同級生より遅れ、一番下の見習いの身となってしまった。「州試験工員!」とハンスを笑いものにする輩も一人ではなかった。
仕事は朝から晩まで立ち尽くし、両手には赤いマメができて燃えるように痛んだ。ハンスは泣きたくなった。
ある日、同僚から日曜日の遠出を約束させられた。ハンスはくたくたに疲れていたので休みたかったのだが断れず、結局、付き合うことになった。
機械工たちのお遊びというのはとにかく大々的にとことんまでやった。たくさんビールを飲み、よく食べ、葉巻を吸い、そしてダンスまでやるのだった。ハンスは皆のペースに付き合い、杯を重ねていたが、それまで陽気に楽しげな気分を味わっていたのに、段々としゃべったり笑ったりするのが困難になった。しだいに頭も痛くなってきた。
同僚が勘定を済ませたが、そのころにはハンスはもうまっすぐに立っていることもできないほどだった。誰かがもう一杯だけ飲んでいけとハンスに声をかけ、ハンスはたくさんこぼしながらそれを飲んだ。酷い吐き気で体が震えた。
どうやって歩いたのか、たどりついたのは一本のりんごの木の下だった。ハンスはそこに横たわった。
一時間後、ハンスはすでに冷たく静かになって黒い川をゆっくりと下流に向かって流れていた。
ハンスがどうして川に落ちたのか、知る者は誰もいなかった。
                (了)

《過去の要約》
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◆第五回目の要約は、こちら


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最終更新日  2022.03.05 08:00:08
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