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カテゴリ:作品レビュー(日本映画)
映画「ハゲタカ」における劉と守山との関係は、先の日記で
述べた「グラン・トリノ」以外の過去の映画から類似の関係 を探してみると「仁義なき戦い」シリーズに発見できる。 「広島死闘編」においてヒットマンに育てられる山中(北大 路欣也)、「代理戦争」において預けられたチンピラ倉本 (渡瀬恒彦)、「頂上作戦」における野崎(小倉一郎)が、 守山に相当して、それぞれの親分が劉ということになるので はないか。 彼らの存在は「戦いが始まって、まず失われるものは若者の 命である」というこのシリーズのテーマを具体化したものと して描かれている。 映画「ハゲタカ」において作者は、守山を通して何を描きた かったのだろうか? そもそも劉は何故、数多い派遣工の中から、あるいはアカマ で働く者の中から守山を選んだのか?その要因は描けていな い。 劉が金に執着するに至った過去と彼の情念とは何なのか? 守山は何をしたいのか? そのあたりの描き方が非常に薄い。事例にあげた「仁義なき 戦い」シリーズの諸作品と比べるとそれはよく判る。 この「ハゲタカ」では劉と守山のエピソードはおそらく作品 の核になるはずがなりえていない。 ファンドマネージャー劉も、派遣工守山も現代にある現象と しか描かれていない。 映画「ハゲタカ」の脚本家は、「仁義なき戦い」シリーズの 脚本を読んで出直した方がいいのではないか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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