2010年03月14日

副王家の一族■これは、外の変化に気づかない現代日本を描いたものではないか?

1860年代のイタリアが統一に向けて変貌しつつある時代の
ある貴族の物語。このように書くと「山猫」を彷彿とさせ
るが、この作品は「山猫」とはかなり違う。
「山猫」が時代の変化の中で、それぞれがどのように生き
ようとするのかを描いたのに対して、この作品の人々は、
その世界の変貌を感知することなく、自らの一族の権力と
因習をいかに守るのかという点に執着する。
彼らの行動の基本にあるのは時代の変化に対して、己たち
を守るという執着心ではなく、外の変化に気がついていな
い、気がついても知らないふりをしているだけではないか
と思わせる。
この一族の愛憎と権力闘争を見ながら、連想したのは日本
のことである。現在の日本の政治は、未だにアメリカに従
って経済成長を実現していけば、それでいいと盲信してい
るのではなかろうか。日本の外は大きく変化しているのに
それに全く気がつかない、気づこうという努力もしない。
この作品を見ながら、このドラマは現在の日本を描いてい
るのではないかと思わせるものがある。





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最終更新日  2010年03月15日 00時03分35秒
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