エピローグ ~くつしたの生い立ち [16]
# 1200【 前回までのおはなし 】 公園で暮らしていた3匹の子猫。 そしていつの間にか ひとりぼっちになってしまった くつしたを 私は飼っていく決心をし、幸せにすると決めました。前回を読む >>はじめから読む >>くつしたが部屋の中で過ごすようになって2ヶ月ほど経ったある日。冬が近付いた窓の外は 冷たい雨が降っていました。くつしたは窓の外を見て過ごすのが日課になっており、やはり時々は 「外へ行きたい」 と訴えたりしました。この日も、少し開けた窓から吹き込む風の匂いを嗅いで 「にゃーにゃー」 と鳴いていました。ペット禁止のアパートで、よそに聞こえないか気にしながら、私はくつしたを抱き上げ、窓の外がよく見える高さに持ち上げました。目線が少し変わると 見える景色の違いに興味を惹かれる様子で、しばらくは大人しく抱っこされたままキョロキョロと公園を見ていました。しかし、しばらくすると、やはりまた 「外へ行きたい」 と鳴き出し、網戸に鼻を寄せました。 「ごめんね、くーちゃん。 でも、一人で外へ行かせてあげるわけにはいかないんだよ。 ひとりで行ったら、どうやって戻ってくるか分からないでしょ? 階段のぼるの分かる? どのドアか分かる? くーちゃんが戻ってきてもピンポン押してくれないと分からないよ。 そしたらなかなか部屋には入れないんだよ。 くーちゃんが外に行ったら心配だよ。 前みたいに、くーちゃん見つからなかったらどうしようって とっても心配になるんだよ。 雨降ってるの見える? もう外は寒くなったんだよ。 くーちゃん、寒いのまだ知らないでしょ。 おうちの中みたいに、のびのびして寝られないんだよ。 そうだ、今度みんなで一緒にお散歩行こうね。 お外 行きたいのは分かるけど、今はガマンしてね。 くーちゃんがガマンする分、 くーちゃんがもっと楽しくなるようにするから。 くーちゃんがお外行きたいって思わなくなるぐらい楽しくするから お外は見るだけにしようね。 ありがとね。」私は一生懸命 くつしたに話しました。 きっとまだすぐには分かってもらえないだろうけど、 もしかしたらずっと分かってもらえないかもしれないけど もう決めたから。 くーちゃんを丸ごと守るには、そうするしかないから。抱っこされたまましばらく外を眺めたあと、くつしたは諦めたように腕から飛び降り、ごはんを食べて毛づくろいをしました。するともう外のことは忘れたように 「遊んで遊んで」 と走り回り、疲れて床の上にペタンと伸びるまで 私の振る猫じゃらしを追いかけました。ペットショップで小さな胴輪を見つけ、「これでお散歩しよう」 と買いました。初めてくつしたに着せたとき、くつしたは飛び上がって逃げようとしました。体にまとわりつく謎のヒモ。どうやっても体から離れず、半ばパニックになりながら 狂ったように飛び跳ねたので、すぐに捕まえて脱がせました。 「無理かもしれないな・・・。」そう言いつつ、何日かしたら 「もう大丈夫かも」 とまた着せてみて、また飛び跳ねる、というのを繰り返しました。抱っこしたまま着せて そのまま外に連れ出し、抱っこのまま近所を散歩すると、久しぶりの外の空気と景色に気を取られて、謎のヒモを着せられていることまでは気が回らないようでした。それが分かってからは胴輪を着せるのも楽になり、着せられているくつしたも徐々に慣れて嫌がらなくなりました。それで、ときどき休みの日にみんなで散歩に行くようになりました。連れ出すときは人に見られないように、何でもないような布の手提げ袋にくつしたを入れ、さっとアパートを出ました。くつしたもそのスリルを楽しんでいるかのように袋の中では大人しくじっとして、公園に着くと元気よく袋から頭を出し、それから木に登ったりして 久しぶりの外を楽しみました。ヒモで繋がれているので行きたいところまでは行けず、途中でバランスを崩しそうになりながらも 次第にヒモの長さと引っ張られる強さを覚え、少しずつ上手に散歩できるようになりました。 遠出をするときも、くつしたに留守番させるのが忍びなく、というよりは私たちが寂しいがために くつしたを連れて出かけました。初めて車に乗ったときは、少し驚いたように車の中を走り回り、しまいには まるの着ているジャンパーに胸元からもぐり込み、袖の中まで入って出られなくなったりもしましたが、後部座席の窓の横にお気に入りの場所を見つけて 指定席のようにそこに座るようになりました。旅行にも連れて行きました。初めて行く旅館でも、くつしたは私たちの手を煩わせることなく家と同じように落ち着き、旅を楽しんでいるようでした。 くつしたが来て1年としないうちに、私たちは引っ越しを決めました。猫を飼っているのがバレたわけでもなく、くつしたのこと以外にも色々と都合や理由があったのですが、今度はくつしたも堂々と一緒に暮らしたいということで、もちろんペット可の物件を探しました。引っ越しのときも、新しいうちも、くつしたは動じることなく すぐに新しい生活に慣れてくれました。そこで何年か過ごし、さらにまた引っ越しました。くつしたが楽しいように、くつしたが気持ちいいように、そして漠然と 幸せのようなものを感じてくれたら。ここにいてよかった、ここにいるのがいい、そう思ってくれたら。くつしたはいつも幸せに暮らしています。しかし、その幸せは私たちが勝手に思う幸せで本当のところは分かりません。きっとくつした本人にも分からないかも知れません。でも私は確信しています。くつしたは、幸せだと。くつしたは自分の世界しか知りません。きっと他の猫と自分を比べるようなこともしないのだと思います。小さな、でも無限のくつしたの世界の中でくつしたが幸せなら、それは世界で一番幸せだということになると思います。世界中の家々で、愛、のようなものをもらっている猫たち。それはきっと、みんなが「世界で一番幸せな猫」 なのです。かつてのくつしたのように 野で暮らす猫たちが、それぞれ世界で一番幸せな猫になることを祈って。 おわり。 ⇒ 一番最初のくつした写真HOMEくつした公園にいた3匹の子猫兄弟のうちの1匹大人その1人間のオス○○さん仮に「まる」とする大人その2人間のメス私(me)仮に「みー」とする9/11 00899First updated 2010年09月11日 19時02分22秒