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June 10, 2007
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カテゴリ:科学雑学

有機化学美術館さんは前々からちょくちょく覗いていたのですが、このほど本を出版されました。

マリオも購入させていただきました。

 

 

有機化学美術館へようこそ

ほぼ ホームページの内容を書籍にしたままですが、最初の数ページにわたって化合物のカラー写真があり、うっとりさせてくれます。

 

内容はちょっと専門的で、興味の無い人にはつらいかもしれません。

が、面白話やよもやまエピソード、身近な話もうまく絡ませてとても楽しんで読める本です。

 

『シクロ阿波踊りン』なる妙ちきりんな名前の化合物とか。

 『ナノプシャン』なる、人の形をした化合物とか。

白川英樹、野依良治博士ら、ノーベル化学賞にまつわる話とか。

ろうそくでさえ溶かしてイオンにしてしまう、魔法のような『マジック酸』の話とか。 

 

 

私は有機化学は化合物名を記憶するところで早速頓挫した不勉強家ですが、こういう話がもっと楽しめるなら、ちゃんと化学も勉強しとくべきだったかなぁ、と若干後悔してたりして。

こういうホームページを目指しているのですが、なかなか。道は遠いです。
っていうか停滞気味です。

 

まぁ、興味を持った方がいらっしゃったら、ゼヒどうぞ、という宣伝でした。 







Last updated  June 10, 2007 09:48:01 PM
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June 5, 2007
カテゴリ:日々徒然ボソボソ

汗ばむ陽気に心も踊る日々のはずですね。

マリオはなんだか疲れています。流行りのハシカでしょうか?
シャレになりませんな。

 

 

最近は何だか新鮮な日々であります。

新鮮な『日々』というのは、『普通の生活なはずだけど何だかちょっと違う日常』って感じです。

 

先日、久しぶりに球遊びをしました。

試合もしましたね。

で、練習の合間に。

 

〇〇にタマが直撃しました。

 

ご想像にお任せします。多分ご想像に難くない部位です。くり返しです。

初めての経験でした。

 

なんていうか…地味な痛みですね。 

もっと、こう、身体の奥底から染み入るような男にしかわからんような痛みかと思っていました。

普通に痛かったです。

 普通すぎて何だか悲しくなりました。

幸い、後遺症はなさそうで安心しております。 

 

 

サークルの同期と就職お祝いの飲み会しました。

マリオだけ非就職組でしたが。

 

なぜだか知らないけど、政治談議、社会談義になりました。

そんな話で熱くなることなんて今まで全然無かったんですけどね。

不思議な感じです。

例えば。

 

えーと。

 

 

 

話した内容を忘れました。

 

 オジサンの仲間入りでしょうか。

みんな好き勝手に喋っていて、議論になっていたか微妙です。

でも楽しかったです。

 

 

普通に見えるけど、少しズレた日常。

なんだかちょっとワクワクしませんか?

 

そんなマリオです。 

 






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Last updated  June 5, 2007 11:58:54 PM
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May 30, 2007
カテゴリ:科学雑学

『たんぱく質占い』の結果 

―トリプシン―

たんぱく質分解酵素。自分自身たんぱく質でありながら、たんぱく質を分解してしまうという、たんぱく質界の異端児

というわけで、皆からはちょっと奇異な目で見られたりするのですが、彼(彼女)なくしてはたんぱく質界の経済活動、そして我々動物の栄養摂取はできない。
そんな大事な仕事を淡々としかし誇りをもってこなす職人気質を持ってます。

 

食物に含まれるたんぱく質はそのままでは利用できません。
(よってコラーゲンを食べてもそのままコラーゲンでお肌つるつるとはいきません。)
一回アミノ酸まで分解して、再構成する必要があります。

この分解を行ういわゆる消化酵素の一種がトリプシンです。
主にすい臓から分泌され腸の消化吸収を助けます。

 

―ミオシン―

箸の動かし方からジョギングまで、我々の運動のすべての根幹となる超弩級縁の下の力持ち

一つ一つの出す力はとっても小さいのだけど、何個も何個も集まって集まって集まって、ついには重たい買い物袋もお宅のお子さんも何でも持ち上げられる、そんなみんなで集まって何かをすることの大切さを教えてくれる、和の伝道師であります。

 

筋肉の収縮において、エネルギーを用いて片割れのたんぱく質『アクチン』を引き寄せることで筋収縮を起こします。
ミオシンとアクチンはそれぞれ集まって、筋肉の筋細胞で繊維状の束を作ります。
束は一部重なっていてその部分では相互に作用しています。
この重なり部分では一分子のレベルでくっついていて、ミオシン分子はエネルギーを使ってアクチン分子を引き寄せます。その結果、アクチンの束はもの凄い力で引き寄せられ、束の塊は全体として収縮します。
さらに多数の束、多数の筋細胞が繊維状に集まって一気に収縮し、結果筋肉が収縮します。
こういった複雑な動きを神経で制御してやることで、我々はいろいろな運動をすることができるのです。

 

―NMDA型グルタミン酸レセプター―

我々の脳にぽっかり空いている穴。…穴?いやいやただの穴のはずがない。
記憶や学習に深く関わる、電流を通すという摩訶不思議な穴。うまく働けばあなたも天才になれるかも?
ただし、一筋縄ではうまくいかないクセ者。けれどもいったん心を開けば素直に受け入れてくれる照れ屋な、クセ者ツンデレっ子なんやそれ

 

NMDA型グルタミン酸受容体(NMDAR)は脳の神経細胞にあり、細胞に電気を通す穴を作る『イオンチャネル』というものの一種です。
イオンチャネルは普段は閉じていますが、必要に応じて開いたり閉じたりします。

グルタミン酸受容体とは、『グルタミン酸』がくっつくことで開く穴、ということです。
(グルタミン酸は味の素の主成分です。グルタミン酸を取りすぎるとバカになる、とかいう話はこれらグルタミン酸受容体のせいですね。)
NMDARは普通のイオンチャネルと違って多段階のロックがかかっていて、中々開いてくれません。

まず、名前の通りグルタミン酸がくっつかなくてはなりませんが、それだけではダメです。
マグネシウムイオンが穴をブロックしており、第二段階の鍵がかかっています。
これを外すためには、ある程度の電流がこの神経細胞に流れる必要があります。
大きな電流が流れるとマグネシウムイオンは外れ、穴が開いて電流を通すことができるようになります。

同じグルタミン酸受容体であるAMPA受容体は、NMDARとは違ってグルタミン酸がくっつくことで簡単に開きます。 

NMDARはどうしてこんなにツンデレなのか?

 

話が変わりますが、『長期記憶』という言葉をご存知でしょうか?
受験勉強で覚えた英単語は、一回書いただけではさっさと忘れてしまいがちです。
忘れないためには、何度も口に出したり書いたりして、記憶に刻み付けなければなりませんね。

記憶とは神経細胞の回路のつながり方だと言われており、何度も特定の回路に電流が流れることで記憶が増強されるらしいです。

NMDARはこの学習と記憶の基礎をつくる分子の一つであると言われています。
英単語を聞いたときには、例えば『what』という単語を一回聞くと、ある回路に1回電流が流れます。しかしマグネシウムイオンでブロックされたNMDARは開いてくれません。
が、何度も『what,what,what,what...』と聞くとこの回路に頻繁に神経細胞に電流が流れ、NMDARのマグネシウムによるブロックが外れ、NMDARも電流を通すようになります。すると普段よりも大きな電気が流れるようになり、それがきっかけでこの回路は他と比べて強くなります。これが長期記憶の基礎だといわれています。

NMDARは脳のたんぱく質の中で精力的に研究がなされているたんぱく質です。






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Last updated  May 30, 2007 09:57:17 PM
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May 26, 2007
カテゴリ:ココロに思うこと

今週の木曜に、近くのプールで泳いできました。

なかなか利用できるところが無く、近場ではここが唯一やすく利用できるところでした。

 

40ぐらいの年配の方が主でしたが、気にせ新調のゴーグルと水泳帽を被って水に。

 

マリオは昔スイミングスクール通ってたのですが、3年ぐらいでやめてしまいました。
習い事(というか面倒ごと)がたいそう嫌いで、当時はこんなことをやらす親を呪いたい気持ちで一杯でしたが、今になってみて趣味らしい趣味は習い事だったピアノぐらいしかないのですから、この年になってみて親に感謝するばかりです。

とは言うものの、面倒くさがりなので、泳ぎ方は下手糞な限りです。

 

昔の気分でとりあえず、平泳ぎで50メートル。

 

ああ、そういえば水ってこんな感触だったなぁ、と感慨にふけりながら泳ぐこと20分。

 

 

・・・

 

 

 

 

脇の筋が切れそうになりました。

 

 痛ぇ!痛ぇ!クロールで、平泳ぎで腕をふるたびに筋がピーンってなって、

筋が!筋が! 

 

 隣のコースでは年配の方々が健康目的で水中ウォーキングをやってたのですが、

『若いもんがそんな恥ずかしいことできっかよ!』

と、なんだか妙な江戸っ子気質を丸出しにして、切れそうな筋からできるだけ意識を避けて、30分休憩まで泳ぎ続けました。

 

休憩中腕を伸ばして筋をほぐしました。

 

 

休憩終わって、また泳ぐ。

 

 

クロール、クロール。

 

 

クローッル。

 

 

クロー ィアッ!!! 

 

 

 

足がつりかけました。

 

 

危ない!もちょっとで攣るところだった!!

こんな中ほどで攣ってしまったら、プールのど真ん中でタコ踊りをする羽目に。恥ずかしい。

 

っていうか普通に危ないです。

 

 

 

でも、水の魔力のおかげというか、途中でやめようとは思わず、結局終わりまで一時間半泳ぎ続けました。

体力の衰えは相当自覚できましたが。途中はオジサマ方に混じってウォーキングやってましたw

 

でも、なんか水の中って落ち着きますよね。
もともと我々が海にいた名残だー、とか言う学者もいますが。確かに楽しい、気が落ち着く。

 

 

とりあえず翌日は全身余すところ無く筋肉痛

でも、二日後にはほとんど治っていたので、まだまだワシも若いのぉ、とかちょっと自分の若さに自信を取り戻したマリオでした。

 

 

当日家に帰ってから、歩くだけで胸筋が震えて筋肉痛に。

胸の大きいヒトはこんな感じなのかな、とかアホな想像をしていました。

すんません、すんません。 

 

********************

 

話は変わりますが、アッカタッカさんのところで『アンパンマン占い』をやってたので、そういえばこんなのあったなぁ、とか思って。

 

 

 

『たんぱく質占い 』

 

 

専門外で誰がやるよ、こんなの。多分、普通のヒトにはあんまり意味わからんやろうけど。

 

もしやってみた方で、「これ何やねん」 と興味を持った希有な方がいらっしゃったらマリオまでご一報を。

稚拙ながら説明させていただきますw

 

ちなみにマリオは『チューブリン』 

細胞の形を支える大事なたんぱく質であります。

今日の運勢は…8位か。低! 






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Last updated  May 27, 2007 01:41:06 AM
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May 23, 2007
カテゴリ:研究室ライフ

研究室はいつまでも煌々とした灯りがついています。なぜか?

みんな思い思いの時間に来て、思い思いの時間に帰るからです。

 

朝五時に来る人、昼10時に来る人、夕方5時に来る人、夜8時に来る人。

夜七時に帰る人、夜十時に帰る人、深夜一時に帰る人、深夜3時に帰る人。

 

割と誰もいないときがないのです。

 

「自由に来て自由に帰れるんだ、いいなぁ」

マリオもそう思ってましたけどね。

 

ある人は、朝六時に来て夕方六時に帰ります。

またある人は、朝9時に来て夜9時に帰ります。

さらにある人は、夕方5時に来て時に来て朝七時くらいに帰ります。

また別の人は、朝11時に来て、夜…少なくとも二時以降に帰ります。 

学生はたいてい、朝10時くらいに来て夜11時くらいに帰ります。

 

…労働基準法はどこへ?

 

まー、まりおみたいな学生は割りとだらだらしてる場合が多いですけどね。そうでない人もいます。
12時間動きっぱなしですよ。

そんなに学生と研究員をこき使ってる教授さまは、さぞかしいい待遇なのだろう。

 

 

…どう見ても、毎日3時間くらいしか寝てません。

 50後半にしてあのエネルギーはどこから来るのか。

 

研究に限らず、好きなことをやってる人のエネルギーってすごいもんです。 

逆に言えば、好きでないとやっていけない世界ですね。 自転車操業みたいです、止まると死んでしまう。






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Last updated  May 24, 2007 01:18:09 AM
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May 19, 2007
カテゴリ:科学雑学

本当にご無沙汰してます。
毎日遅く帰るようになると、どんどん日記の習慣が薄れてしまいまして…って空き過ぎですけど。

 

 半年くらい放置になってしまいました、 ちゃんと生きてます。

 

院の生活も二年目を迎え、将来のことにも悩み、考え方もいろいろ変わりました。
24にしてまだまだ変われるところはありそうです。


 

なにはともあれ、大学院生生活は不規則です。

 

 抜け毛も増えます。

 

マジで(泣)。 

マリオはちょっと髪の毛薄いです。
結構キてます。24にして。

 まあ、それはいいのです。そんな人間も認めてくださいよ。

最近はネタにして楽しんでおります。 

 

そんなマリオですので、髪の毛の話題には敏感です(笑)。

 

 

自然科学系の世界最高峰の学術雑誌『Nature』の今週号にこのような論文が載っていました。

 

Wnt-dependent de novo hair follicle regeneration in adult mouse skin after wounding 

(邦訳)成体マウスの創傷後の皮膚におけるWnt依存的な毛嚢de novo再生

 Pubmedリンク

 

 小難しい言い方をしてますが、簡単にいいますと、

 

けがで毛が生える

 ということです。

いや、ホントに。 シャレでなく。

 

驚くべきことではないでしょうか?
怪我をするとその傷跡から毛が新しく生えてくるというのです。
怪我をして、その部分の毛の細胞が死んじゃったら、もう生えてなんてこない気がしてしまいますが。 

 

毛は皮膚の奥にある毛嚢(のう)細胞から生えています。この毛嚢細胞は我々が生まれてくる段階で形成されるもので、通常は大人になってから新しく作られることはありません。(思春期になってきて胸や足に体毛が生えるのは、もともと毛嚢細胞が存在しているからでしょうか?よくわかりません。マリオの不勉強です。)

しかし、 なんと傷によって全く毛が無くなり、毛嚢細胞が失われた皮膚から、毛が再生してくるというのです。

 

著者らは、マウスを使っての実験でこのことを確かめました。

痛々しいことですが、マウスの背中の皮膚を1平方センチほどざっくり切り取ります。 

この部分には毛嚢細胞は無くなります。

しかし、15日ぐらい経つにつれ、毛嚢細胞が徐々に現れてきて、さらに80日ぐらい経つと毛が生えてくるのです。

この傷跡から生じた毛嚢細胞からは、毛が抜けてまた生えるという、ヘアー・サイクルを繰り返します。(アデランスとかのCMでやっているヤツですね。)つまり、この新しく生まれた毛嚢細胞は完璧にもとからある毛嚢細胞と同じものなのです。

 

 毎日抜け毛にびくびくする(という脅迫観念を社会に持たされている)人たちには、このことは非常に希望が持てる内容ですよね。

ただ、だからと言って自分の頭の皮膚を削ってやってはいけません!

よく考えてみれば、毛が再生するというだけで
“毛があたらしく生えてくるワケではない”
のです。皮膚を削って死ぬほど痛い思いをして、しかし元からあった毛が無くなるだけでしょう。がっかり。 

 

しかし、この論文には希望があります。いろいろな意味で重要です。

 

まず、 「実験が生体で行われている」(in vivo system)ということです。

実験はしばしば異常な条件で行われます。生体内で使われる以上の濃度の薬を投与したり、細胞一つだけで実験してみたり。

しかし、今回の報告は極めて生体に近い条件です。

通常のマウス個体を使っていて(遺伝子変異導入は行っていますが)、この再生反応が極めて自然に近い現象であることがわかります。

 

また、同じ哺乳類であるマウスから人への応用はそんなに難しいことではないでしょう。人への応用研究が期待きます。

 

次に、 「再生反応」であるということはそれ自体重要です。

ヤモリ(?でしたっけ)の尻尾は、敵に襲われたときにプチッと切り離すことができ、その隙にヤモリは逃亡します。

プラナリアという動物がいます。恐ろしい再生能力を持っています。
体の一部を切れば再生します。体半分を切れば体半分が再生します。
頭を切れば頭が再生します。
頭を10個に分割すれば、10個の頭になります。
まるでヤマタノオロチみたいに(頭ですが)。 

ヒトにはこういう能力はありません。残念なことに事故で手足を失った人は、プラナリアのようにそこから四肢が再生することはありません。

この論文で著者らは、再生した毛嚢細胞は周囲にある普通の毛嚢細胞が分裂あるいは移動してきたものでは無さそうだということを示唆しています。(少々不確定です。)
毛嚢細胞自体ではなく、その周囲を取り囲む皮膚の細胞が毛嚢細胞になったらしい、ということです。

すでに皮膚の細胞としての役割を果たしていた細胞が、その役割を変えたのです。
細胞の転職です。

役割を決めた(分化している、と言います)細胞は、一生その運命を全うします。途中で役割を投げ出すことは滅多にありません。細胞社会は専門的すぎて、転職が難しいのです。ただ、言い換えれば融通が利かないわけで、これはいわゆる再生医療の妨げになります。

毛嚢細胞が皮膚細胞から生じたとすれば、そのメカニズムの解明は再生医療に大きく寄与するでしょう。
なにより髪の毛ですしね(笑)。

 

そして、なにより驚くべきことは、この反応がただ傷を作るということだけで生じるということです。

特別な薬を投与したわけではありませんし、ものすごい高度なテクニックが必要なわけでもないと思います。

自然に、生体内の反応として再生現象が起きたというのは驚くべきことだと思います。

この現象は特別なシステムを使っているわけではなく、上記のように通常の毛嚢細胞と区別できません。

つまり、ナチュラルな再生反応であり、応用への期待が高まります。

 

また「Wnt」と呼ばれる分子がこの再生反応に関わっていることもわかりました。

Wntは細胞間のコミュニケーションに重要な分子です。このWntを活性化すると毛嚢細胞が倍増し、不活性化するとなくなりました。

Wnの関与からわかるように、再生反応に何らかの分子が関わっていることが予想されます。

これらを探して、将来の再生医療に役立てることができるでしょう。

 

 

という風に、色々妄想は膨らみます。

応用がすぐにできるワケではないですし、マリオは再生医療の専門家ではありませんので、再生医学の分野のヒトがこの論文をどう思うかは知りませんが、個人的に面白いなー、と思いながら読んでいました。

決して毛の話だったからではありません(笑)。ウソですごめんなさい、気にしてました。

 

 参考:

 Ito et al., Nature; 447, 316-20(2007)

Cheng-Ming Chuong , Nature; 447, 265,6(2007)






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Last updated  May 19, 2007 10:51:06 PM
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December 10, 2006
カテゴリ:カテゴリ未分類

ごめんね、ミスチル・・・

 「しるし」、いい曲じゃないか、チクショウ。

 

今までミスチルの曲は、アルバム・シングルすべて集めていたのですが、「箒星」でもう集めるのをやめるつもりでした。

なんか、最近意固地になって集めてるような気がしてきて、なんかちょっとバカらしくなってしまっていたのです。

 

ドラマの曲で流れているのを知っていましたが、なんかやたら「だーりんだーりん」言ってるなぁ、ぐらいで聞き流していました。

どうせなら、女の人に言われたほうが…ウソですごめんなさいはい。 

 

 

初めてミスチルのCDをツタヤで借りるという経験をし、PCに取り込んで聞いていたのですが、

 

 

いい曲作るじゃないか桜井和寿3○歳。

ええ、そのダーリンというセリフですらいといとおし。 

 

久々にミスチル好きという色眼鏡を外しても、いい曲だという思う曲でした。

 

なぜこの曲から買うのをやめるつもりにしたのだろう・・・

悔しいです。 

 

 

しかし、相変わらずよくタイアップのつくバンドです。どういう事情なんでしょうね?






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Last updated  December 10, 2006 08:01:24 PM
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November 29, 2006
カテゴリ:研究室ライフ

ブレイクスルー!

 

僕にとっては一年越しの、先輩にとっては六年目に突入するかというところで、
ついに研究の大前進がありました。多分。

 

あー、日々同じような作業の繰り返しがやっと少し報われました。

進展のきっかけがつかめないまま、よく意味のわからない実験結果相手に苦戦しながらだらだら半年。 

ついに…

データが現れたとき、ひとり暗い部屋の中で、

「シャー!!」

 

とガッツポーズ。

 

でも、まだまだ、目標に向けて一歩が踏み出せたところです。これから半年頑張らねば。

 


 

でも、結果が再現しなかったらどうしよう・・・

ちょっと適当にやった実験が、何故かあたってしまったので、細かい条件とかが少しあやふやです。研究者にあるまじき・・・ 

 

とりあえず明日先輩に報告します。 






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Last updated  November 29, 2006 11:33:11 PM
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November 27, 2006
カテゴリ:ココロに思うこと

大して故郷というものに思い入れはありません。

僕にとって、振り返る故郷らしきものには、いつも何かしらの違和感を持っていたものです。

脳裏によみがえる同窓生の顔について思い起こすことは、支離滅裂で予測不可能な言葉を発してくる機械のようで、僕という機械はそれにどうレスポンスすればよいか必死で考えていた記憶しかありません。

父親と母親はといえば僕には理解しがたいお面を被っていて、撫でても叩いても切り落としても駄々をこねても出てくるものはといえば、全く同じお面のようでした。
金太郎飴だったのです。

田舎の、といっても同じ町内でしたが、祖父母の家に夏休みの間は一ヶ月近く滞在していて、いったいこの二人との退屈な時間をどうやり過ごせばよいのかと、カレンダーを眺めていました。自分で楽しむということのできない愚鈍なこどもでありました。
近くの同い年の子達とは、割合、楽しく遊んだ記憶があります。

 

たいていの場合、故郷とは僕にとって形式的なものでした。
見渡す風景は、ごく個人的でより内面世界に依存したセンチメンタル以外に、いわゆるノスタルジックなものを想起させるものは何もありません。

 

 

一週間ほど前、祖父が他界したのですが。

 

「ああ、この祖父でも死ぬのだな」 という思いでした。

毎日半升近くの酒を飲み、色んな場所に顔を出し、やりたいことを楽しくやり、
そして息子を見舞うことはあっても入院したことなど一度も無かったそうで、僕の目にも、そのまま永遠に行き続けるような気がしてました。
寒い朝に家の土間でぱったり倒れていたそうです。
田舎ですのでヘリコプターで搬送したらしいですが、そのまま次の日にはあっさり逝ってしまいました。

 

帰省して既に棺桶に納められた祖父の顔は、たまたま帰省して話をした3日前と同じ顔でした。

 

突然のことで、父親や叔父たちも押し流されるように葬儀の準備に動かされ、わずかながら自分もそれを手伝い、何だかよくわからない出来事を何だかよくわからず処理していきました。

 

祖父だったものが家を出るときになってはたと、もうこの家に帰ってきたとき祖父はここに居ないのだと気づきました。
在るのは、ぜんまい採りに使うかごいっぱいくらいの、何だかわからないリン酸カルシウムの塊なのだと。

その喪失感を堪えきれず涙を流しました。
ああ、これが故郷なのだと。

自分の過去に連なり、しかしどこもかしこも抜け落ちた空洞ばかりのもの。

 

祖父の思い出はこれ以上積み重ねることができない、ここで積み終わりだと気づきました。

退屈であったはずの形式的な日々はもうやってこない。非常に身勝手であるのですがそれはどんなにか悲しいことか。

 

人の死を悼むということは、 その人がいなくなったことを悲しむということは、
自分が彼を体験するということの終わり、彼という自分のものでもある日記帳にはもう余白がないということを残念に思うことなのですね。

 

 

僕にとって、この形式的なものが故郷であったことは驚きでした。 

田舎の祖父に会うということは、僕にとっては面倒だと思っていたことで、そして祖父は当たり前のものであるということであって、そして今では当たり前のことであったはずのものなのです。
とてもいとおしい思い出であり、僕の日記の一部であり、その当時は事務的作業の一つでした。
なんとも身勝手なこころのうつりかわりなのですが、それがふるさとというものなのでしょうか。

 

ふるさととは、自分の元であり、自分の考え方や在り方の基礎となるものでしょう。

祖父は僕にとって形式的なものでありました。いわば些事でした。

しかし、今祖父は間違いなく僕のふるさとです。

小学五年生のときに遊びに行った下級生の家には、お婆ちゃんがこたつに入っていました。 これは極めて些事でした。どうでもいいことです。

しかし、これもふるさとの一部です。 

 

僕にとって故郷は、どうでもいいことの集合体のようです。
それは僕には、どうでもよくないことがあまり多くないからかもしれませんが、

我々が他の人や社会との関係性を持つとき、我々が自分を社会的に何者であるかと考え、どのような足跡を残し、そしてどう社会に捉えられるかということは、極めてどうでもいいことの積み重ねなのではないかと思いました。

仲の良い友達とどこへ行ったか、大好きな相方とどう日々をすごしたか、仕事はどれほど意義のあるものか、大好きなバンドのライブがどう楽しかったか、家族をどれほど愛しているか。
大切なものは大概自分の中の、内面的なものです。向こうに持っていけるものです。もちろん周りに知ってはもらえますが、それより持っていけることが重要な気がします。

どうでもいい人とのおしゃべりや、仕事の上でのつきあいとか、すれ違った人との会話とか、どうでもいいニュースとか。
そんな些事がとても認知される自分には大事、特に自分が自分の外に対してどうあるか、ということに大事な気がします。

何もかも失ったとき、自分に対して支えになるのは自分の大切にしてきたもの。
何もかも失ったとき、自分を支えてくれるものは今までの自分の些事を積み重ねたもの。
そんな気がします。

 

とても不思議です。
どうでもいいことが、自分のありようの基礎になっているというのは、どうにも不思議なパラドックスです。

 

 

祖父は死にましたが、祖父の作った人とのつながりは残り、そしてそれは形を変えて僕にも新しい関係性をもたらしてくれます。 

僕が死んだとき、僕の作ったふるさとは残るのでしょう。
それは「あいつ、~なヤツだったなぁ」であり、それが歴史というものなのでしょう。

 

僕は自分の好きなものに満足して死にたい。
そして、できるだけ多くのふるさとを残して死にたい。
そう思います。

 

祖父は僕の夏休みのcomponentでした。
そして今では、僕の夏休みの思い出のcomponentであります。

僕は祖父をとても愛しています。






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Last updated  November 28, 2006 01:48:21 AM
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November 23, 2006

今日はサークルの友人達と食事しに行きました。

ゆったりまったり。


とりとめのないおしゃべり

何種類もある楽しい前菜

皿を客にあてる店員

瑞々しい紅葉の写真

ゆらめくキャンドルほのかなムード

あやうくスープをこちらにぶちまけそうになる店員

しっとりとした音楽

水を注ぎきってしぶきをかける店員

「またね」 

 

 

…一部ノイズが入りましたが、いい雰囲気で久しぶりにまったり楽しかったです。






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Last updated  November 24, 2006 12:35:39 AM
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