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カテゴリ:アイデンティティー
自分が自分であるためには、まず「前の自分」が定義されていなければならない。「前の自分」と「今の自分」が同じであると確信することが、自己同一性の基本である。 動物の世界では、感覚を持った肉体が「自分の枠」となる。動物にもアイデンティティーがあると思われるのはこれをアイデンティティーと見なしているからである。人間のアイデンティティーを語る場合も、この「生物学的枠」がついて回る。しかし、勿論これだけでは人間のアイデンティティーは形成できない。 先ほどの「生物学的枠」が、知覚の座標系と意味の座標系という二層の「価値のシステム」に分離することが起きる必要があるのである。これが起きると、そのときの状況を、二つの座標という形で、記憶することが可能になる。これが所謂ソシュールの「シーニュ」である。そして「シニフィアン」と「シニフィエ」という二つの座標系の座標点が一致したものが「シーニュ」として固定することになる。 ソシュールはここで世紀の大誤謬を犯す。この二つの座標系間の対応関係を「恣意的」と表現してしまったのだ。(彼の言いたいことはわかるが、)「恣意的」という表現を使ったことで、彼の真意を理解できなかった言語学者たちにより、「動機あり/動機なし」という単純な二項対立に置き換えられてしまった。これにより、不幸なことに、シニフィアンとシニフィエの間の恣意的要素の高い視覚言語、手話が言語から除外されることになる。 聴覚言語の場合、音声が時間的な推移をもって「前後に離散する」。これは発せられた音声が時間軸上に二極化するということである。それは何でもいい。例えば、日本語で「か(k / a)」としてみよう。前後があるということは、音声が座標化されるための最低条件である。「か」では「子音/母音」という組み合わせになるが、「あん」としてみると「母音/拍」となる。どちらにしろ二つの要素が前後に並んでいるという点で音声の座標化につながる。 ここで言語学者が犯した間違いは、母音と子音という「音声学」の表現を、そのまま「音韻論」に用いたことである。本来の「音声の離散化」は、「音声の時間軸上の前後への二極化」が基本である。しかし、母音と子音が存在することが前提とされることで、母音同士、子音同士の離散性が語られるようになってしまったのである。先ほどの大誤謬と同じで、どちらも現代言語学の「嘘」である。 視覚言語である手話にも勿論、座標系は存在する。この鍵を握るのが「動きの方向性」である。手話を書き留めるとき、手の動きを大抵矢印で表現するが、この方向性が聴覚言語の「子音/母音」(または「母音/子音」他の組み合わせ)という前後性に対応するのである。 手話と音声言語の大きな違いは、知覚チャンネルの情報量の違いにある。手話は視覚を使うことにより一度に得ることの出来る情報がはるかに多い。また3次元という物理的な座標が予め視覚チャンネルに備わっていることで、一瞬一瞬の静止画の認識も非常に正確なものになり、個体間での共有も非常に楽になるのである。 しかもここで、手話は人間の持つ生物的枠を使う。この枠は、生物学的に既に座標化されているのであり(人間の身体の前後、上下、左右)、物理的プラス生物学的にダブルで座標化が既になされているのである。 しかも、この視覚的座標は、所謂「意味」に対応するシニフィエを喚起する「静的、または動的な視覚的形態」を、二つの座標系を結びつける動機付けに使えるという利点がある。ここで、誤解された「恣意的」という関係が頭にある人は、「だから手話は言語ではない」と断言してしまう。無知とは悲しいことである。 さて「自己同一性」に話を戻そう。「シーニュ」という2つの座標系が交差して生まれる「自分」がある。これは「生物学的な枠を持った自分」に限らない。見たり聞いたり触ったり嗅いだり舐めたりして知っている全ての自分の感覚が母体となって「一切れの自分」としての「シーニュ」になる。 この「シーニュ」の利点は、座標で出来ているために「記憶喚起」つまり思い出すことが可能であるということである。我々は、言葉を知っていると考えるが、常に「思い出す」という作業が無ければ意識の中に言葉を存在させることは不可能なのである。そして「シニフィアン」を思い出すことで、これに対応する「シニフィエ」が連想される。その逆も然りである。 英語では意識は「マインド」として扱われることが多いが、この「マインド」は常に過去の経験を思い出すことでしか持続できないのである。「マインド」という用語の裏には、全てのことが意識上に既に存在していて、それを個の意識が意図的に選択して思考しているというニュアンスがあると思う。この前提を離れ、全てを「記憶」で置き換える作業を認知学者たちがしたらアメリカではやっている認知科学は飛躍的な発展を遂げるだろう。今その兆しは全くないが。 続く。。。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014.10.02 07:08:04
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