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記憶言語学を理解するのには、いくつか越えなくてはいけないハードルがあると思う。
何故「ハードル」かと言うと従来の言語学から見ると常軌を逸しているから。それでも記憶言語学をするメリットは、世界を見る目が変わるだろうという事。宇宙の摂理は意外と単純だったと思えるのもその一つ。 思いつくままに10個程、列挙してみた。 ハードル1:コミュニケーションは言語の果たす役割の本質的なものではないということ。言語は人間のアイデンティティーを確立し、更に進化させるためにある。コミュニケーション機能も確かに存在するが、これは人間のもつ「動物としの認知活動」の一環であり、副次的なものである。 ハードル2:人間は記号により、個人の経験の記憶を「価値体系の座標化」することによって、自分で選択的にアクセスして喚起ができるようになる。人間以外の動物には記号が形成されないため、外界の知覚刺激による相似的な記憶の喚起しかない。これが動物と人間との決定的な差である。 ハードル3:記号のシニフィアンを、単位ではなく離散的な差であると考える。つまり音素は単位ではなく、離散的に成立した価値体系の座標である。手話の場合、視野に手話をする人が正面を向くことで視覚的な基本座標が確保され、最初と最後の体の位置を結ぶ方向性を持った軌跡が加わる。 ハードル4:言語は特定の言語共同体内でのコミュニケーションのためのツールとしては最適であって優劣はないが、新しい記憶をどのように創造するかにおいて言語間で差が出る。言語には言語民族が長い間に培ってきた知識、経験のみならず、アイデンティティーそのものが宿っている。 ハードル5:言語活動を司っている「離散分裂(再)融合更新循環」というメカニズムは、物質及び太陽系の誕生と進化、生命の誕生と進化、認知主体の誕生と進化を司るメカニズムと同じ。つまり、これは宇宙の摂理である。我々は言語を使うたびに宇宙の摂理を自ら実践しているのである。 ハードル6:人類の黎明期に最初に登場したのは視覚身振り言語である手話、そして物理的な平面に描かれる図像であったはずである。聴覚と音声での場合、同じシニフィアンを認識するためには先ず音韻体系が必須であるが、意思疎通に不十分な形で音韻体系が確立したとは考えにくい。 ハードル7:多分一番分かりにくい概念は「離散」だと思う。この概念の自分の理解は、言語の記号の分析によるところが大きいが、それは数学的な離散とは必ずしも一致しない。記憶言語学における「離散」はダイナミックな現象であって、分裂後、再融合更新をするサイクルの一環である。 ハードル8:言語の記号は人間の意識の核をなしている。人間は記号によって意識を持つことができると言っても過言ではない。我々は言語を使わずとも思考をすることは可能だが、それは言語習得によって既に思考自体が可能になったからである。記号を理解する事は意識の理解に直結する。 ハードル9:言語の記号は個人のレベルでは、個人のアイデンティティーを確立し進化させるために作用するが、これは同じ言語を習得することでコピーされ、集団のアイデンティティーが確立される。これは単に親から子へと受け継がれるだけでなく民族や国家という単位でも継承されていく。 ハードル10:今の段階では、記憶言語学の中で「文法」をすることはできない。この学問は発展途上にあり、先ず聴覚と視覚チャンネルによる記号の成立を理解することが重要であり、「文法」はその後にくる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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