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カテゴリ:新ソシュール記号学
このブログで何度となく紹介している米公共放送PBSテレビの「Closer to Truth」の第9シーズンがYouTubeで視聴できるようになっている。今年で第20シーズンなので、11年前に最初に放送されたものである。
The Mystery of Existence | Episode 913 | Closer to Truth この「存在というミステリー」の回の一番最後に進行役のRobert Lawrence Kohun 氏の面白い言葉があった。 「Because something does exist, there might be something self-existing, in that its essence is existence.(何かが存在するのであるとすれば、それは自律的に存在する何かである筈で、その本質が存在である)」 何かが存在するためには、その何かが自分自身だけで存在しなくてはならないというのは非常に示唆に富んでいる。ただ、この「Self-existance」を埋めるのは「God(神)」であるというのが西洋では定番らしい。 私は、「Self-existance」に「Self-evolving memory」を入れてみたいと思う。この世の全ての存在(情報も含む)は、この「自律的に進化する記憶」で置き換える事ができると考えるからである。 科学哲学で「Existense(存在)」を「Self-evolving memory(自律的に進化する記憶)」に変換することができれば、世界の見方は大きく変わると思うが、この認識が広がるには未だ多くの時間がかかるかもしれないと思う。 私はソシュールの記号学を追求したことで、この記憶の進化の背後にある原理が見えてきた。 人間の言語の記号は「自らの過去の記憶を喚起して、それを現在の記憶と統合し、自己の個人的アイデンティティーを更新し続けるフィードバックループ」が下敷きとなっているが、これを理解するには、動物の認知における記憶は、外界の物理的刺激の知覚によってでしか喚起されないという認識が必要である。 只、動物も認知行動を起こすための、知覚>似たシチュエーションの記憶の喚起>判断>反応というフィードバックループの中の「判断工程」で、呼び出した記憶に満足しなければ、別の似た記憶を呼び出すことは可能である。しかし、この認知フィードバックループでは、最後に必ず反応としての行動があり、その結果の知覚経験がまた記憶されることで一つのサイクルが完結する。 認知活動における反応行動の為の判断材料として)現在の知覚経験によって一方的にしか喚起されない過去の経験の記憶が、現在の知覚経験と同じ記憶喚起の「力」を持つことにより、人間の記憶に革命が起きる。つまり、瞬時前の過去の知覚経験記憶が、現在の知覚経験(記憶)と同等になるのである。 ここで一つ断っておきたいのが「現在の知覚経験も記憶である」という事。何故なら、それは時間が経てば自然に過去の記憶として記録されていくのであり、両者は全く同じ属性を持っていると私は考えている。唯一の違いは、一旦記憶として保存されてしまうと現在の知覚経験によってしか喚起されることが無いとという事である。これはあくまで動物的認知のレベルであることは断っておく。 閉じ込められていた「過去の自分」が「現在の自分」に会いに来る。 この「一旦保存された記憶」が、現在の知覚経験と同じ記憶喚起の力を持つと過去の記憶と現在の記憶が互いに呼び合うことになるのだが、この二つは完全には一致しない。現在の知覚経験と過去となった知覚経験の間には時間的なズレがあるからである。このズレに時間軸上の前後の方向性が生まれると「時間感覚」となる。 過去の記憶が現在を、現在の記憶が過去を互いに呼び出すというサイクルが生まれる事で、過去>現在>未来という方向性のある時間軸を伴う「時間感覚」が生じるだけでなく、過去の自分によって常に補完された現在の自分が存在する事により、自らの存在を唯一のものと感じるアイデンティティーが生まれる。 この「アイデンティティーの確立」は、人間の記憶のあり方に革命を起こす。瞬間瞬間の複数の自分の記憶が、タイムライン上に連鎖する形で並ぶようになるのである。そして、この記憶の一直線上の構成を更に確固たるものにするのが「記号」である。 過去の経験記憶が現在の経験記憶と同じく記憶喚起の力を持つということは、一種「二つにズレた人格」が生まれた事になる。リアルタイムで知覚される現在の物理的な刺激を基にしている現在の経験記憶の方が「主役」で、過去の経験記憶の方は「黒子」みたいになるのかもしれないが、両者の綱引きは常にある。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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みゅうさんへ
いつもコメントありがとうございます。 今は私だけの様ですが、近い将来(希望的観測)、自律的に進化する記憶が、存在という概念を置き換える日が来ると思っています。 特に人間の言語活動や文明の繁栄や衰退を考えると「記憶の進化」という視点も持ち込む方が自然に説明できます。 私は言語学を真の人間科学として確立したいと考えています。 (2020.09.16 00:11:00) |