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カテゴリ:新ソシュール記号学
私が「言語と記憶の生成と喚起、そして、その進化」について気が付いたのは、「何故、音声言語の音韻体系を、複数の人がの間で共有できるのか」と言う疑問が出発点になったのだが、これと同時に、視覚触覚身振りチャンネルに特化した手話の「形」に共通する何かを常に探す事を自分に課したと言う経緯がある。
実は、この「手話の形」と言うのは、言語学的に考えると非常に厄介な代物である。現代の手話言語学では「手話の音韻論」と言うものがあるのだが、「物理的な音から知覚的に遮断された人達が歴史的に創造し伝承して来た言語の音韻論」と言うのは単純にナンセンスであるのだが、これに疑問を挟む事なく使う言語学者がいる。 今では「記憶の離散化が特定知覚チャンネルに特化して音声言語と手話と言う二つのタイプの言語が生まれた」と、自信を持って断言できる様になったのだが、最初は本当に雲をつかむ思いで研究をしていた。 唯、どちらも同じ人間の言語であるのだから知覚運動チャンネルに左右されない共通の何かがある筈だと言う確信があったのが私の心の支えであった。 音声言語と手話の其々の「形」に共通する何かを考える上で大きなヒントになったのが、フランス発祥のトマティスメソッドの「パスバンド」と言う概念である。 これは「音声言語には其々、特有な周波数があって、このバンドの幅が広いと外国語の習得に有利で、狭いとその逆である」と言うものである。 例えば、日本語やフランス語は、パスバンドの幅が非常に狭く、この為、日本人やフランス人は外国語の習得が極端に苦手であるが、これに対してロシア語のパスバンドの幅は非常に広いので、ロシア人は外国語をあっという間に習得してしまうと言う事になる。 私はフランスに来てから初めて手話(具体的には、フランス手話/LSF(Langue des signes francaise)」を学んだのだが、「其々の音声言語で観察される特有なパスバンドに対応するものが、地域毎に違う手話にも存在するのかどうか」と言う疑問を常に念頭に置いて「音声言語と手話の形に共通する何か」を探していた。 結論から言うと、「其々の言語の音韻体系に特有な音素を特定する為に不可欠な音声言語のパスバンドに相当するものは、手話には存在しない」と言う事である。 これは「手話の形」を支える「視覚的且つ触覚的な媒体」が「人類に共通した分節した身体を、頭を上にして正面から見ている事」に由来している。 音声言語の場合、発話されても瞬く間にに消えていく「儚い存在である音声」を、聴覚を使って記憶として留め、その記憶を喚起をしながら、更に「特定の操作」をする事で、音素と言う「聴覚記憶上の価値体系(音韻体系)の座標」を特定する事で初めて、音声言語の形を認識する事が可能になる。 この「特定の記憶喚起操作」に関しては、また日を改めて解説したいと思う。これこそが私の言語理論の真髄である。 乞うご期待! (興味のある人は、私のブログの過去投稿を探してみてほしい。既にかなり深く踏み込んで書いているので。) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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ともちゃんさんへ
はい。そういう事になります。 だからこそ、自然な手話を使う人達の間では、コミュニケーションが非常に楽なのです。 自分と同じ分節をした身体を「言語の形」として使っていることの利点です。 (2022.01.18 07:38:06) |