日韓の「恥ずかしい」のシニフィエの乖離。。。
韓国の朴槿恵大統領のスキャンダルで韓国中で「恥ずかしい」を連呼しているが、日本人はこれを額面通り受け止めてはいけない。日本語の「恥ずかしい」とは、意味が違うからである。日本語の場合、恥ずかしいことをした主体は恥ずかしがる自分である。だからこそ、恥ずかしいところを反省したり、直そうとしたりする。ところが、韓国の場合、恥を感じる主体は自分であっても、それは自分が悪いのではない。他人に自分の恥部を暴露されてそれが恥ずかしいと思っているのだ。つまり、隠し通せるはずだったものを暴露した人間が悪いということになり、恥部を反省したり直したりということにはならない。韓国人がいつまで経っても同じ過ちばかり歴史で繰り返すのは、この自分は常に正しく、悪いのは常に他人であるという感覚である。最近は、海外の話題を翻訳して提供するサイトがあるが、こういう「シニフィエの乖離」があることを疑ってかからないととんでもない誤解をすることになる。