11548366 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【お気に入りブログ登録】 【ログイン】

《櫻井ジャーナル》

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

サイド自由欄

バックナンバー

全3506件 (3506件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

2018.07.18
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類

 ドナルド・トランプ米大統領とウラジミル・プーチン露大統領がフィンランドのヘルシンキで7月16日に会談したが、その後の記者会見で​プーチン大統領から刺激的な話​が飛び出した。2016年のアメリカ大統領選挙でヒラリー・クリントン陣営へロシアで指名手配になっている人物から4億ドルの献金があったと明言したのである。

 その献金をした人物とされているのはヘルミテージ・キャピトルの共同創設者、ウィリアム・ブラウダー。シカゴ生まれだが、ボリス・エリツィンが大統領だった1990年代のロシアで巨万の富を築いた。外国人ではあるが、一種のオリガルヒ。2005年にロシアへの入国が禁止になった。

 ブラウダーは欠席裁判で2013年7月に脱税で懲役9年の判決を受けているが、その年にロシア当局が求めた逮捕令状をインターポールは拒否している。2017年10月にロシア当局はブラウダーを国際手配、アメリカ議会は反発し、インターポールはロシアの手配を拒否した。

 エリツィン時代のクレムリンが腐敗していたことは有名な話。オリガルヒの象徴的な存在だったボリス・ベレゾフスキーの暗部をフォーブス誌の編集者だったポール・クレブニコフが記事や著作で暴いた。マーガレット・サッチャー政権のときに名誉毀損の要件が緩和されたイギリスではベレゾフスキーに対する名誉毀損が認められたが、クレイブニコフの情報は信頼できると考えられ、問題になった彼の著作は今でも販売されている。

 ロシアの検察当局はアメリカの当局に対し、何人かの事情聴取を正式に申し入れた。話を聞きたい相手には2012年1月から14年2月までロシア駐在大使を務め、12年のロシア大統領選挙に対する工作を指揮したマイケル・マクフォール、NSAの職員でブラウダーと親しいトッド・ハイマン、アメリカにおけるブラウダーのハンドラーだとされているアレキサンダー・シュバーツマンが含まれている。そのほか、MI6の元オフィサーで「ロシアゲート」の発信源であるクリストファー・スティールからもロシア側は話を聞きたいとしている。

 スティールはMI6時代、ベレゾフスキーに雇われていたアレキサンダー・リトビネンコのケースオフィサーを務め、リトビネンコの死とロシアとの関係を主張していた。その後、2009年にオービス・ビジネス・インテリジェンスなる会社をMI6仲間と設立、17年にはチョートン・ホルディングスを共同創設した。このオービス・ビジネス・インテリジェンスをフュージョンなる会社が雇う。

 フュージョンを創設したひとりである​グレン・シンプソン​によると、同社は2016年秋にネリー・オーなる人物にドナルド・トランプの調査と分析を依頼している。その夫であるブルース・オーは司法省の幹部。この夫とシンプソンは2016年11月に会っている。その直後にブルースが司法省のポストを失うと、フュージョンはスティールと結びついたのである。

 このフュージョンへトランプに関する調査を依頼して102万ドルを支払ったのが民主党の法律事務所であるパーキンス・コイ。この法律事務所はヒラリー・クリントンと民主党のために働いている。

 ブラウダーのスタッフにセルゲイ・マグニツキーなる人物がいた。2009年にロシアで取り調べられている最中に死亡している。西側ではロシアにおける2億3000万ドルの横領事件を告発した人物だとして英雄視されている人物だ。死亡した当時、すでにボスのブラウダーはロシアへ入ることが禁じられていた。

 スティールの報告書に基づいてアメリカ下院情報委員会でアダム・シッフ議員が2017年3月にロシアゲート事件の開幕を宣言する。この報告書が公表される前、その前のバージョンをジェームズ・コミーFBI長官(当時)へ渡したのがネオコンのジョン・マケイン上院議員だ。このスティールの報告書は根拠薄弱で説得力がなかった。シッフ議員たちロシア嫌いの人々はそれでもかまわなかったのだろう。

 ブラウダーはマグニツキーの死を利用して反ロシアの法律をアメリカで制定することに成功、宣伝映画を作ろうと決める。そこで監督として雇われた人物がプーチンに批判的なことで知られていたアンドレー・ネクラソフ。

 ところが、調査を進めたネクラソフはブラウダーの話が事実に反していることに気づいてしまう。不正を内部告発したのはブロウダーの会社で働いていた女性で、脱税はブロウダーが行っていたという事実を知ったのだ。しかも、その不正にマグニツキーは金庫番として関わっていたことも判明した。ネクラソフはその事実をドキュメンタリーの中に盛り込んだためにブロウダーと対立、作品を公開することが困難になっている。

 ヘルミテージ・キャピトルのもうひとりの創設者はエドモンド・サフラ。1991年にソ連が消滅する直前、ゴスバンク(旧ソ連の国立中央銀行)に保管されている金塊2000トンから3000トンが400トンに減っていることが判明、ジョージ・H・W・ブッシュをはじめとするCIA人脈とKGBの頭脳と言われたフィリップ・ボブコフたちが盗んだと見られている。その金塊横領でサフラの名前も出てくる。

 なお、この金塊の行方を追った金融調査会社のジュールズ・クロール・アソシエイツは不明だとしているが、この調査会社とCIAとの緊密な関係は有名だ。

 






最終更新日  2018.07.18 14:59:33
2018.07.17
カテゴリ:カテゴリ未分類

 トランプとプーチンの会談が迫る中、イギリスでは新たなノビチョク騒動が引き起こされ、アメリカではロバート・マラー特別検察官が民主党の関連施設などをハッキングした容疑で12名を起訴している。いずれもロシア政府に対する攻撃に使われている。

 ノビチョクとは「初心者」という意味で、1971年から93年にかけてソ連/ロシアで開発されていた神経物質の総称で、ロシアでこの名称が使われることはないと指摘する人もいる。使われた化学物質はA-234ともいう。旧ソ連では2017年までにこうした物質や製造設備は処分された。

 この神経物質の毒性はVXガスの10倍だと言われている。VXガスの致死量は体重70キログラムの男性で10ミリグラムだとされているので、ノビチョクは1ミリグラムになる。

 その一方、かつてソ連に含まれ、1991年に独立したウズベキスタンはノビチョクの関連施設を解体する際、アメリカの協力を受けているが、その際にアメリカはノビチョクに関して詳しい情報を入手したと言われている。

 また、ノビチョクに関する情報をドイツの情報機関は1991年から持っていたとドイツでは5月17日に報道されている。その情報はスウェーデン、フランス、イギリス、アメリカなどNATO加盟国にも伝えられていたという。チェコの大統領も自国が同じ化学兵器を製造していたと語っている。ノビチョクを作れるのはロシアの機関だけだとイギリスのテレサ・メイ政権は主張するが、全く説得力はない。

 イギリスのエイムズベリーに住むチャーリー・ローリーとドーン・スタージェスのカップルが6月30日に倒れ、スタージェスは病院で死亡したと報道されている。メイ首相によると、ノビチョクが入った香水の瓶が見つかったという。ふたりの友人であるサム・ホブソンによると、​ローリーが麻薬常習者だったことから警察は当初、麻薬が原因だと考えた​という。

 ノビチョクは今年3月にも話題になった。元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐、セルゲイ・スクリパリとその娘のユリアがイギリスのソールズベリーで倒れているところを発見されたのだが、その原因がノビチョクだとイギリス政府は主張しているのだ。後にふたりは回復して退院したとされている。ユリアは4月9日に退院した後の映像が流されたが、信じられないほど健康に見える。

 セルゲイは1990年代にイギリスの情報機関MI6に雇われた二重スパイ。この事実が発覚してい2004年12月にロシアで逮捕され、06年に懲役13年が言い渡されているのだが、2010年7月にスパイ交換で釈放された。それ以来、ソールズベリーで本名を使って生活していた。

 スクリパリ親子のケースで、化学兵器について研究しているイギリスの機関、​DSTL(国防科学技術研究所)のチーフ・イグゼクティブであるゲイリー・エイケンヘッドは使われた神経ガスがロシアで製造されたものだと特定できなかったスカイ・ニューズの取材で語っている​。元ウズベキスタン駐在イギリス大使のクレイグ・マリーも同じ話をDSTLの情報源から聞いたという。

 ノビチョクはサリンやVXガスよりはるかに毒性が高いとされる。それにもかかわらずふたりが即死しなかった理由とされているのが雨。この化学物質は水に弱く、ドアノブのつけられた物質の毒性が急速に低下したということになっている。メディアに登場した学者はノビチョクがいかに水に弱いかを説明、空気中の水蒸気でも分解されてしまうとしていた。

 その不安定なノビチョクが残っていたことを説明するため、香水の瓶をイギリス政府は持ち出した。筆者の情報源だったCIAの元エージェントによると、1970年代にCIAはサリンを香水の瓶に仕込んで使っていたという。香水の瓶に入ったノビチョクがスクリパリ親子に対する工作と関係があるということになると、ドアノブに付着させた方法が問題になる。単純に噴霧した場合、周辺に被害が及ぶ可能性が高いからだ。

 いずれにしろ、イギリスの政府や捜査当局の主張は証拠が皆無。つまり「おとぎ話」にすぎない。ちなみに、おとぎ話の舞台になったソールズベリーとエイムズベリーの中間の地点にDSTLはある。

 ​マラー特別検察官がロシア人12名を民主党の関連施設などをハッキングしたとして起訴​したのは米ロ首脳会談の数日前。ここでも証拠は示されていない。つまり「おとぎ話」だ。







最終更新日  2018.07.17 19:33:50
カテゴリ:カテゴリ未分類

 ドナルド・トランプ米大統領とウラジミル・プーチン露大統領が7月16日にフィンランドで会談した。事前に言われていたテーマはウクライナの軍事的な緊張、シリアでの戦闘、朝鮮半島の和平交渉。

 ウクライナでは2014年2月にネオコンがネオ・ナチを使ってクーデターを実行、民主的に選ばれたビクトル・ヤヌコビッチ大統領を追い出した。拘束のうえ殺すつもりだった野ではないかとも言われている。クリミアの住民はネオ・ナチの危険性を早い段階で察知してロシアとの統合へ進んだが、南部のオデッサでは反クーデター派の住民がネオ・ナチのグループに惨殺され、東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)では今も戦闘状態は解消されていない。

 クーデターの目的はいくつか指摘されている。例えば、ロシアからEUへの天然ガス供給を断ち、工業地帯や資源地帯を支配し、あらゆる資産を略奪するとったことなど。アメリカでは農業を支えてきた地下水が枯渇しつつあり、汚染が問題になっているが、その水が使えなくなるとアメリカの農業は壊滅する。穀倉地帯を支配することも考えている可能性がある。

 ネオ・ナチの戦闘集団の代表格とも言えるアゾフの元へは昨年(2017年)11月にアメリカの視察団が訪れ、兵站や関係強化について話し合ったと伝えられているが、​イスラエルから武器が供給されていることもアゾフ側は隠していない​。イスラエルはトランプが強い影響を受けている国だ。

 シリアでの戦闘はイスラエルやヨルダンに近い地域もシリア政府軍が制圧しつつあり、イスラエルは動揺しているだろう。次はイドリブに取りかかると見られている。イドリブでは2017年9月、パトロール中だったロシア軍憲兵隊29名がアメリカの特殊部隊に率いられた武装集団に襲撃されるという出来事があった。戦車などを使い、ハマの北にある戦闘漸減ゾーンで攻撃を開始、数時間にわたって戦闘は続いた。作戦の目的はロシア兵の拘束だったと見られている。

 それに対し、ロシア軍の特殊部隊スペツナズの部隊が救援に駆けつけて空爆も開始、襲撃した戦闘員のうち少なくとも850名が死亡、空爆では戦闘を指揮していた米特殊部隊も全滅したと言われている。イドリブでロシアやシリアの部隊がどこにいるかという機密情報がアメリカ主導軍からアル・ヌスラ(アル・カイダ系武装集団)へ伝えられていた可能性が高い。ロシア軍がその気になれば、シリア政府軍はイドリブをすぐに制圧できることを示している。

 イドリブが終わるとユーフラテス川の北になるが、そこにはアメリカ軍、イギリス軍、フランス軍がクルドと連携、基地を20カ所以上で建設、そこで戦闘員を訓練しているとも言われている。アメリカ軍はデリゾールなど油田地帯を死守する姿勢を見せている。

 現地で流れている情報によると、シリア政府軍が優勢だということを受け、住民が侵略軍に対する抵抗を始めたという。こうした動きが広がるとアメリカによる占領も難しくなりそうだ。当初の計画通りに動いていないため、イラクのようにクルドが離反する可能性もある。

 朝鮮半島は韓国、ロシア、中国が主導権を握っている。そこへ朝鮮も加わり、アメリカは難しい状況に陥った。アメリカ海軍は2隻の駆逐艦、マスティンとベンフォードに台湾海峡を航行させて中国を挑発、インド・太平洋軍を創設して中国が計画している海のシルクロードを妨害しようとしている。朝鮮半島を制圧できないとなると、和平交渉を壊す可能性もある。少なくともそうした勢力がアメリカ支配層の内部にはいる。今回の米ロ首脳会談でプーチンはトランプに対し、米朝対話の継続を求めたと見られている。







最終更新日  2018.07.17 02:43:03
2018.07.15
カテゴリ:カテゴリ未分類

 イスラエルのアビグドル・リーベルマン国防相はアルランドのイスラエル大使館を閉鎖するように求めている。アイルランドの上院がイスラエルに不法占領されている地域からの輸入を禁止する法案を通過させたことに反発してのことだ。

 占領地に巨大な分離壁(堀、有刺鉄線、電気フェンス、幅60~100メートルの警備道路、コンクリート壁で構成)をイスラエル政府は建設、その内部にパレスチナ人を押し込める一方、ユダヤ人の違法移民を推進してきた。パレスチナ人の居住地域は巨大な強制収容所と化している。

 こうした状況を作り出した原因は1948年5月14日の「イスラエル建国」にある。アラブ系住民(パレスチナ人)をシオニストが武力で追い出して作り上げたのだ。元々住んでいた人々を追い出すため、シオニストは住民を虐殺している。

 住民虐殺は1948年4月4日に始まった「ダーレット作戦」の中で実行された。広く知られているデイル・ヤシン村での虐殺は9日の午前4時半に始まった。寝込みを襲ったのである。

 その時間帯、デイル・ヤシン村では仕事の関係で男はほとんどいなかった。襲われたのは女性と子ども。シオニストの武装集団はそうした人びとを惨殺、女性は殺される前にレイプされている。襲撃の直後に村へ入った国際赤十字の人間によると、殺されたのは254名で、そのうち女性は145名で35名は妊娠していた。

 パレスチナに「ユダヤ人の国」を作ろうという動きは19世紀の後半から始まっている。活動資金を出していた中心的な存在はフランスを拠点としていたエドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルド。この人物の孫、エドモンド・アドルフ・ド・ロスチャイルドはイスラエルの核兵器開発に対する最大の資金提供者だ。

 「ユダヤ人の国」を作る話にはイギリス政府も重要な役割を果たしている。中でもイギリスのアーサー・バルフォア外相が1919年にウォルター・ロスチャイルドへ宛てた書簡(実際に書いたのはアルフレッド・ミルナー)が有名。「イギリス政府はパレスチナにユダヤ人の民族的郷土を設立することに賛成する」とそこには書かれていた。

 アメリカでイスラエルの核兵器開発に資金を出していた富豪としてエイブラハム・フェインバーグが知られている。この人物はハリー・トルーマンやリンドン・ジョンソンのスポンサーでもあった。ジョン・F・ケネディはイスラエルに厳しい姿勢で臨んだが、現在のアメリカ政界はイスラエルべったりである。

 国連大使のニッキー・ヘイリーは狂信的な親イスラエル派で、ドナルド・トランプ大統領は昨年(2017年)12月6日の演説でエルサレムをイスラエルの首都だと認め、今年5月14日にエルサレムの大使館をオープンさせたが、6月4日のトランプ大統領は大使館の移転を延期する指令にサインしている。大使館の移転はネオコンから攻撃されていたトランプ大統領がイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の求めに応じて決めた可能性が高い。

 ただ、大使館をエルサレムへ移転させることはアメリカ政界の「総意」。「1995年エルサレム大使館法」という法律がアメリカにはあり、エルサレムをイスラエルの首都だと承認し、1999年5月31日までにエルサレムへアメリカ大使館を移転すべきだとしていた。昨年6月5日にアメリカの上院はその法律を再確認する決議を賛成90、棄権10で採択している。形の上ではトランプが議会の決定を尊重しただけのことだ。

 しかし、国際的に見るとこの決定はイスラエルを批判する声を高めることになった。そうした中、イスラエルがガザで行っている海上封鎖を突破するとう行動が始まっている。ガザから公海へ向かうという試みはイスラエルによって阻止されたが、ヨーロッパから「自由の船団」がガザへ向かっている。その中には1967年にイスラエル軍に攻撃され、多くの死傷者を出したアメリカの情報収集船リバティの生存者も乗り込んでいる。

 本ブログでは何度か触れているが、リバティは第3次中東戦争の最中、1967年6月8日にイスラエル沖で攻撃を受けた。アメリカの艦船だと認識しての攻撃で、リンドン・ジョンソン政権は事前に攻撃を知っていた可能性もある。攻撃に関するデータをアメリカ政府は全て廃棄、この出来事を封印しようとしたが、少しずつ外部へ漏れている。







最終更新日  2018.07.15 23:22:39
2018.07.14
カテゴリ:カテゴリ未分類

 ​ロバート・マラー特別検察官はロシア人12名を民主党の関連施設などをハッキングしたとして起訴​した。起訴されたロシア人はいずれもGRU(ロシア軍の情報機関)のメンバーだとされているが、ロシア政府はいずれもGRUとは無関係だとしている。これまでと同じように、証拠は示されていないが、起訴された12名がアメリカの法廷に立つ可能性は限りなくゼロに近く、特別検察官側は証拠を提出する必要はない。

 7月16日に予定されているドナルド・トランプ米大統領とウラジミル・プーチン露大統領との会談に合わせての起訴で、ロシアとの関係修復を嫌う、つまりヒラリー・クリントンを担いでいた勢力の意向が反映されている可能性は高い。

 一連の「ロシア疑惑」で忘れてならないことが少なくともふたつある。ひとつは疑惑を示す証拠が存在していないこと。電子メールはハッキングではなく内部からのリークだった可能性が高く、民主党やFBIのストーリーに説得力はない。もうひとつはアメリカ支配層が世界規模で選挙に介入、自分たちの意向に反する人物が当選すると暗殺やクーデターを仕掛けてきたということだ。最近の例では、2014年2月にウクライナで合法政権をクーデターで転覆させ、ネオ・ナチが跋扈する破綻国家にしてしまった。

 NSAの不正を内部告発した​ウィリアム・ビニー​も指摘しているように、ロシア政府がハッキングしたという主張が事実ならその証拠をNSAは握っている。それを出せないと言うことは、証拠がない、つまりハッキング話が嘘だと言うことを示している。

2016年初頭の段階ではその年の大統領選挙でヒラリー・クリントンが勝利すると言われていた。クリントンが次期大統領に内定したと言われるようになったのは2015年6月。この月の11日から14日かけてオーストリアで開かれた​ビルダーバーグ・グループの会合​にジム・メッシナというヒラリー・クリントンの旧友が出席していたからだ。

 ところが、2月10日にヘンリー・キッシンジャーがロシアを訪問してプーチン大統領と会談、22日にシリアで停戦の合意が成立したことから「風が変わった」と噂されるようになる。そして3月16日にウィキリークスがヒラリー・クリントンの電子メールを公表、その中にはバーニー・サンダースが同党の大統領候補になることを妨害するよう民主党の幹部に求めるものがあり、サンダースの支持者を怒らせることになる。民主党幹部たちが2015年5月26日の時点でヒラリー・クリントンを候補者にすると決めていたことを示唆する電子メールもあった。

 民主党の幹部がクリントンを候補者に選ぶ方向で動いていたことは​DNC(民主党全国委員会)の委員長だったドンナ・ブラジル​も認めている。彼女はウィキリークスが公表した電子メールの内容を確認するために文書類を調査、DNC、ヒラリー勝利基金、アメリカのためのヒラリーという3者の間で結ばれた資金募集に関する合意を示す書類を発見したという。その書類にはヒラリーが民主党のファイナンス、戦略、そして全ての調達資金を管理することが定められていた。その合意は彼女が指名を受ける1年程前の2015年8月になされた。


 この問題ではクリントンによる電子メールの扱い方や削除が問題になった。彼女は公務の通信に個人用の電子メールを使い、3万2000件近い電子メールを削除していたのだ。ジェームズ・コミーFBI長官(当時)は彼女が機密情報の取り扱いに関する法規に違反した可能性を指摘、情報を「きわめて軽率(Extremely Careless)」に扱っていたとしていた。

 この「きわめて軽率」は元々「非常に怠慢(Grossly Negligent)」だと表現されていたのだが、それをFBIのピーター・ストルゾクが書き換えていた。後者の表現は罰金、あるいは10年以下の懲役が科せられる行為について使われるという。クリントンが刑務所行きになることを防ぐために書き換えた疑いがもたれている。

 技術的な分析からクリントンの電子メールはハッキングではなく内部からのリークだった可能性が高いのだが、調査ジャーナリストの​シーモア・ハーシュによると​、電子メールをウィキリークスへ渡したのはDNCのコンピュータ担当スタッフだったセス・リッチであり、その漏洩した電子メールをロシア政府がハッキングしたとする偽情報を流たのは2013年3月から17年1月までCIA長官を務めたジョン・ブレナンだという。

 同じ趣旨のことはリッチの両親が雇った元殺人課刑事の私立探偵リッチ・ウィーラーも主張していた。この探偵はセスがウィキリークスと連絡を取り合い、DNC幹部の間で2015年1月から16年5月までの期間に遣り取りされた4万4053通の電子メールと1万7761通の添付ファイルがセスからウィキリークスへ渡されているとしていた。

 ​ダナ・ローラバッカー下院議員によると​、2016年8月に同議員はロンドンのエクアドル大使館でウィキリークスのジュリアン・アッサンジと会談、リークされた電子メールの情報源がロシアでないことを示す決定的な情報を提供する容易があると聞かされたという。アッサンジ逮捕を諦めることが条件だったようだ。

 この情報をローラバッカー議員はジョン・ケリー大統領首席補佐官に伝えたのだが、この情報はトランプ大統領へは知らされなかった。現在、アッサンジは外部との接触が禁止されている。

 ロシアゲート事件の始まりにはクリストファー・スティールなるMI6(イギリスの対外情報機関)の元オフィサーが出てくる。その情報に基づいて下院情報委員会でアダム・シッフ議員は大統領選挙にロシアが介入したとする声明を2017年3月に出して疑惑劇場の幕が上がったのだが、この話はFBIのスキャンダルに発展してしまった。

 






最終更新日  2018.07.15 01:40:08
2018.07.13
カテゴリ:カテゴリ未分類

 NATO(北大西洋機構)は7月11日から12日にかけて首脳会議を開いた。国防費の負担を巡ってアメリカと他の国とで対立があったと伝えられているが、アメリカが1992年2月に作成した世界制覇プランを妨害しているロシアに対する敵対的な姿勢では一致したようである。

 本ブログでは繰り返し書いてきたが、この世界制覇プランはDPG(国防計画指針)として作成されたのだが、そのときの国防長官はリチャード・チェイニー。作成の中心は国防次官だったポール・ウォルフォウィッツで、I・ルイス・リビーやザルメイ・ハリルザドも参加している。いずれもネオコンだ。

 このドクトリンは国防総省内部のシンクタンク、ONA(ネット評価室)で室長を務めていたアンドリュー・マーシャルの戦略に基づいているのだが、そのマーシャルはイギリス出身のバーナード・ルイスから世界観を学んでいる。ルイスはイスラエルやサウジアラビアの支持者で、ウォルフォウィッツを含むネオコンを育成したヘンリー・ジャクソン上院議員(1953年~83年)からも信奉されていた。マーシャルは偽情報に基づくソ連脅威論や中国脅威論を広めた人物でもある。

 ソ連消滅はジョージ・H・W・ブッシュ大統領(1989年~93年)を中心とするアメリカのCIA人脈やローレンス・サマーズ、ポール・ウォルフォウィッツらがKGBの頭脳とも呼ばれたフィリップ・ボブコフを含むKGBの将軍たちと手を組んで実行した工作の結果。

 東西ドイツが1990年に統一される際、ブッシュ政権の国務長官、ジェームズ・ベイカーはソ連のエドゥアルド・シェワルナゼ外務大臣に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるが、東へNATOが拡大されることはないと約束している。この約束を信じたゴルバチョフはドイツ統一で譲歩したのだが、約束は守られなかった。

 NATOは1949年、アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、イタリア、ポルトガル、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、ベルギー、オランダ、そしてルクセンブルクによって創設された。ソ連に対抗することが目的だとされたが、その当時のソ連には西ヨーロッパに攻め込む能力はない。何しろ、ドイツとの戦闘でソ連の国民は2000万人以上が殺され、工業地帯の3分の2を含む全国土の3分の1が破壊され、惨憺たる状態だったのである。

 第2次世界大戦の終盤、アメリカとイギリスはゲリラ戦を目的としてジェドバラという組織を作った。その人脈は戦後も生き続け、1948年頃にはCCWU(西側連合秘密委員会)という組織が統括していた。その人脈はNATOに吸収され、CPC(秘密計画委員会)が指揮することになる。その下部組織としてACC(連合軍秘密委員会)が1957年に設置され、NATOの秘密ネットワークを動かすことになる。

 その秘密ネットワークはソ連軍が侵攻してきた際にレジスタンスを行うとされていたが、実際はソ連圏への工作や西ヨーロッパの支配が目的。NATOへ加盟するためには秘密の反共議定書にも署名する必要があると言われている。(Philip Willan, “Puppetmaster”, Constable, 1991)コミュニストと戦うために彼らは役に立つという理由からだという。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)

 こうしたネットワークの中で最も知られているのはイタリアのグラディオ。1960年代から80年代にかけて「極左」を装って爆弾テロを繰り返していた。活動はイタリアの情報機関がコントロール、その上には米英の情報機関が存在していた。

 フランスで1961年に創設された反ド・ゴール派の秘密組織OAS(秘密軍事機構)もその人脈に属していた。OASへ資金を流していたパイプのひとつ、パーミンデックスはジョン・F・ケネディ大統領暗殺でも名前が出てくる。

 こうした人脈が存在することは1947年6月にフランスの内務大臣だったエドアル・ドプが指摘している。政府を不安定化するため、右翼の秘密部隊が創設されたというのだ。しかも、その年の7月末か8月6日には米英両国の情報機関、つまりCIAとMI6と手を組んで秘密部隊はクーデターを実行する予定で、シャルル・ド・ゴールを暗殺する手はずになっていたと言われていた。

 OASは1961年4月にスペインのマドリッドで秘密会議を開き、アルジェリアでのクーデターについて話し合っている。アルジェリアの主要都市を制圧した後でパリを制圧するという計画で、4月22日にクーデターは実行に移される。

 CIAはクーデターを支援していたのだが、ケネディ大統領はジェームズ・ガビン駐仏大使に対し、必要なあらゆる支援をする用意があるとド・ゴールへ伝えるように命じた。アルジェリアにいるクーデター軍がパリへ侵攻してきたならアメリカ軍を投入するということだ。CIAは驚愕、クーデターは4日間で崩壊した。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

 その後、ド・ゴール大統領はフランスの情報機関SDECEの長官を解任、第11ショック・パラシュート大隊を解散させる。OASは1962年に休戦を宣言するが、ジャン=マリー・バスチャン=チリー大佐に率いられた一派は同年8月22日にパリで大統領の暗殺を試みて失敗。暗殺計画に加わった人間は9月にパリで逮捕された。全員に死刑判決が言い渡されたが、実際に処刑されたのはバスチャン=チリー大佐だけだ。

 暗殺未遂から4年後の1966年にフランス軍はNATOの軍事機構から離脱、翌年にはSHAPE(欧州連合軍最高司令部)をパリを追い出す。フランスがNATOの軍事機構へ一部復帰すると宣言したのは1995年のこと。NATOへの完全復帰は2009年にニコラ・サルコジ政権が決めている。







最終更新日  2018.07.13 21:29:55
2018.07.12
カテゴリ:カテゴリ未分類

 シリア政府軍はダマスカスの南、イスラエルやヨルダンとの国境に近い地域を着実に制圧しつつある。こうした流れを変えられないとアメリカ軍は判断したようで、FSAに対して軍事介入しないと通告していた。

 それに対し、イスラエル軍はホムスのT4空軍基地を7月8日に、また12日には別の軍事施設3カ所をミサイルで攻撃、その一部はシリア軍の迎撃で破壊されたようだ。大きな被害は報告されていない。T4は4月9日に次ぐ攻撃で、7月12日の攻撃はシリア軍がUAV(無人機)を飛ばしたことに対する報復だとされている。

 T4への攻撃から5日後、アメリカ軍はイギリス軍とフランス軍を率いてシリアをシリアをミサイル攻撃した。アメリカ国防総省の発表によると、攻撃のターゲットはバルザー化学兵器研究開発センター(76機)、ヒム・シンシャー化学兵器貯蔵施設(22機)、ヒム・シンシャー化学兵器(7機)で、すべてが命中したとしているが、さして大きくもない施設にこれだけのミサイルを撃ち込むのは不自然。

 これに対し、ロシア国防省は攻撃された場所として、ダマスカス国際空港(4機。全て撃墜)、アル・ドゥマイル軍用空港(12機。全て撃墜)、バリー軍用空港(18機。全て撃墜)、サヤラト軍用空港(12機。全て撃墜)、メゼー軍用空港(9機。うち5機を撃墜)、ホムス軍用空港(16機。うち13機を撃墜)、バザーやジャラマニの地域(30機。うち7機を撃墜)を挙げている。シリア政府軍の航空兵力に打撃を加え、ジハード傭兵にダマスカスを攻撃させようとした可能性が高いが、発射されたミサイルの7割は墜とされてしまったとみられている。

 米英仏による4月14日の攻撃はOPCW(化学兵器禁止機関)の調査チームが現地を訪れる直前に行われたものだが、この攻撃についてジャイシュ・アル・イスラムの幹部、モハマド・アルーシュは米英仏の攻撃に失望したと表明している。思惑通りにならなかったということだろう。

 このジャイシュ・アル・イスラムはCIAの影響下にある武装集団で、アル・カイダ系のアル・ヌスラと連携(タグの違い)してきた。またイギリスの特殊部隊SASやフランスの情報機関DGSEのメンバーが指揮しているとも報告されている。

 4月14日の攻撃を正当化するために米英仏はシリア政府軍による化学兵器の使用を主張していたが、状況から見てそうした兵器を使ったとは思えない。ロシア政府は当初から化学兵器が使われた痕跡はないとしていたが、現地のドゥーマへ入った​インディペンデント紙のロバート・フィスク特派員​は治療に当たった医師らを取材、そこで患者は毒ガスではなく粉塵による呼吸困難が原因で担ぎ込まれたという説明を受けている。毒ガス攻撃があったことを示す痕跡はないという。またアメリカのケーブル・テレビ局、​OAN​の記者も同じ内容の報告、​ロシア系のRT​は西側の有力メディアが化学兵器の被害者だとして報道した子どもとその父親を取材、やはり化学兵器が使用されたという話を否定した。ここにきてOPCWが発表した報告でも化学兵器が使用された痕跡はないという。

 

 攻撃の日、ドナルド・トランプ米大統領は中国の習近平国家主席と食事をしていた。そのタイミングで中国を脅すというシナリオができていたのだが、それを実現するためにはどうしてもその日に攻撃する必要があったのだろう。が、結果は裏目に出た。アメリカのミサイル攻撃の威力を見せつけるはずがロシアの防空システムの高い能力を見せつけることになったのだ。「脅して屈服させる」ことしかできないアメリカやイスラエルは核戦争へ近づくしかない。







最終更新日  2018.07.12 20:36:20
2018.07.11
カテゴリ:カテゴリ未分類

 韓国と朝鮮との関係が好転する中、​韓国の情報機関NIS(国家情報院)が朝鮮人ウェイトレス12名を拉致して韓国へ連れてきたという話​が話題になっている。女性は行き先を知らされずに連れ出されたという。国連特別報告者のトマス・オヘア・キンタナはそのうち何人かからソウルで話を聞いたという。

 伝えられるところによると、2014年に中国の寧波にある朝鮮レストランの支配人がNISに雇われたところから話は始まる。その支配人はNISの活動に協力することになるわけだが、2016年になるとそうした行為が発覚することが恐ろしくなり、亡命を求めたという。それに対し、NISは彼のスタッフも一緒に連れて行くと伝える。そこで支配人はウェイトレスを騙して韓国へ連れ去ったということのようだ。

 韓国の文在寅大統領はアメリカから自立する政策を進めているが、韓国軍やNISはアメリカの強い影響下に置かれている。拉致事件が事実だった場合、南北の友好促進に利用できるかもしれないが、NISの責任問題に発展した場合、韓国は不安定化する可能性がある。







最終更新日  2018.07.11 23:15:18
2018.07.10
カテゴリ:カテゴリ未分類

 ウクライナでは2014年2月のクーデタ以来、ネオ・ナチの影響力は減少するどころか強まっている。中でも名の知られているアゾフの元へは昨年(2017年)11月にアメリカの視察団が訪れ、兵站や関係強化について話し合ったと伝えられている。このネオ・ナチ集団はシオニストの富豪で、ウクライナ、イスラエル、キプロスの三重国籍のイゴール・コロモイスキーがパトロンだったことで知られている。​イスラエルから武器が供給されていることをアゾフ側も隠していない​。


 クルミアの制圧に失敗したクーデター政権は東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)と南部のオデッサを押さえようとする。そうした中、CIA長官だったジョン・ブレナンが2014年4月12日にキエフを秘密訪問、22日にはジョー・バイデン副大統領もキエフを訪れた。それにタイミングを合わせるようにしてクーデター政権の閣僚はオデッサの工作について話し合っている。その会議にコロモイスキーも参加していた。参加者のひとり、アンドレイ・パルビーは数日後に数十着の防弾チョッキをオデッサのネオ・ナチの下へ運んだ。そして5月2日、オデッサで反クーデター派の住民がネオ・ナチのグループに虐殺されている。

 その翌年、2015年5月30日にオデッサの知事に就任したミハイル・サーカシビリは2008年1月から13年11月までジョージアの大統領を務めている。大統領に就任して7カ月後の8月7日にサーカシビリは南オセチアを奇襲攻撃する。南オセチアを支配していた分離独立派に対して対話を訴えてから約8時間後のことだ。

 奇襲したジョージア軍はロシア軍の反撃で惨敗する。その結果を見て無謀だったという人もいたが、ジョージア側からすると、十分に準備して行った攻撃だった。2001年からイスラエルから武器/兵器の供給を受け、軍事訓練も受けていた。

 ジョージア軍を訓練していたのはイスラエル軍のガル・ヒルシュ准将(予備役)が経営する「防衛の盾」で、予備役の将校2名の指揮下、数百名の元兵士が教官としてグルジアに入っていた。しかも、イスラエル軍の機密文書が使われていたとする証言もある。軍事訓練の責任者はヒルシュのほか、やはりイスラエルの退役将軍であるイースラエル・ジブで、両者とも2006年のレバノン侵攻に参加している。イスラエルから供給された装備には無人飛行機、暗視装置、防空システム、砲弾、ロケット、電子システムなどが含まれていた。

 当時、ジョージア政府にはヘブライ語を流暢に話す閣僚がふたりいた。ひとりは奇襲攻撃の責任者とも言える国防大臣のダビト・ケゼラシビリであり、もうひとりは南オセチア問題で交渉を担当しているテムル・ヤコバシビリだ。

 ジョージアのパンキシ渓谷はチェチェンの反ロシア勢力が拠点として使っている場所。CIAは戦闘員を育成、ロシアに揺さぶりをかける重要な国だった。チェチェンでの活動だけでなく、そこからシリアへ戦闘員が派遣されていたとも言われている。ジョージア軍による奇襲攻撃は対ロシア戦争の予行演習で、その演習が大失敗に終わったという見方もできる。







最終更新日  2018.07.10 22:25:11
2018.07.09
カテゴリ:カテゴリ未分類

 朝鮮での交渉を終えてベトナムへ移動したアメリカのマイク・ポンペオ国務長官は朝鮮も​ハノイが歩んだ道​を進むべきだと語ったという。「リビア・モデル」、「ドイツ・モデル」に続く「ベトナム・モデル」だ。

 リビアの場合、アメリカがイラクを先制攻撃した2003年にムアンマル・アル・カダフィ政権が核兵器や化学兵器の廃棄を決定したところから始まる。アメリカは「制裁」を解除するはずだったが、勿論、アメリカは約束を守らない。「制裁」は続いた。2010年にはバラク・オバマ大統領がムスリム同胞団を使った侵略計画(PSD11)を作成、「アラブの春」という形で実行に移され、リビアは侵略される。破壊、殺戮、略奪で現在は暴力が支配する破綻国家だ。

 ドイツの場合、アメリカ政府とソ連政府が東西ドイツの統一で合意したところから始まる。交渉でアメリカの国務長官だったジェームズ・ベイカーはソ連のエドゥアルド・シェワルナゼ外務大臣に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるものの、東へNATOを拡大することはないと約束したことが記録に残っている。それをミハイル・ゴルバチョフは無邪気にも信じて統一を認めた。勿論、アメリカは約束を守らない。アメリカの世界制覇を願う人にとってドイツ・モデルは成功例なのかもしれないが、自国の主権を守りたいと考える人にとっては反省すべきケースだ。すでにNATO軍はロシアの玄関先まで到達、軍隊を配備し、ミサイルを設置してロシアを恫喝、軍事的な緊張は高まっている。

 ベトナム戦争でアメリカ軍は負けた。アメリカは疲弊したが、それ以上にベトナムの国土は惨憺たる状態。アメリカ軍による「秘密爆撃」ではカンボジアやラオスでも国土が破壊され、多くの人々が殺された。戦闘では通常兵器だけでなく、化学兵器の一種である枯れ葉剤(エージェント・オレンジ)やナパーム弾が使われ、CIAのフェニックス・プログラムでは人々を殺すだけでなく、共同体を破壊した。

 ソ連が消滅してから3年後の1994年にアメリカはベトナムに対する「制裁」を解除するが、その代償として新自由主義を受け入れ、IMFなどの「毒饅頭」を食べることになる。しかもベトナム戦争中にアメリカ側が行った犯罪的な行為は不問に付され、ベトナムの庶民は低賃金労働者として西側巨大資本の金儲けに奉仕させられている。アメリカの対中国戦争の手駒でもある。

 朝鮮もソ連消滅後、核兵器やミサイル発射の実験など、アメリカの支配層にとって都合の良い言動を続けてきたが、それが今年に入って変化した。朝鮮半島を含む東アジアにおける軍事的緊張の緩和はアメリカにとって好ましいことではない。ありえるのはリビア、ドイツ、ベトナムのような展開だ。

 






最終更新日  2018.07.09 17:29:03

全3506件 (3506件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >


Copyright (c) 1997-2018 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.