14437460 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

《櫻井ジャーナル》

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

サイド自由欄

バックナンバー

全4046件 (4046件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

2019.09.18
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類

 世界の回転軸はアメリカから中露へ移動しつつある。1991年12月にソ連を消滅させることに成功、ネオコンをはじめとするアメリカの支配層は自国が唯一の超大国になったと思い込んだことが間違いの始まりだったと言えるだろう。

 ソ連が消滅した後、その中核だったロシアは西側巨大資本の傀儡だったボリス・エリツィンが実権を握る。彼の周辺にいた腐敗勢力は西側の手先として国の資産を盗む手助けをし、自分たちも巨万の富を築いた。それがオリガルヒだ。

 ロシアを欧米巨大資本の属国にしたエリツィンの時代は1999年まで続くが、その間にロシア人の大半は貧困化し、街は犯罪者と売春婦であふれたと言われている。その8年間にロシア人は西側、あるいは資本主義の実態を知った。

 そのロシアを再独立させたのがウラジミル・プーチンを中心とする勢力。プーチン人気の原因はここにあるが、かれはエリツィン時代に国の資産を略奪した人びとへの対応が甘いとも見られている。現在、プーチンを批判する人の多くは西側とつながっている人脈の完全な排除を望んでいるという。

 エリツィン時代にはアメリカ人もロシアに入り、略奪に参加していた。そのひとりとしてウィリアム・ブラウダーの名前も挙がっている。ブラウダーは投資ファンドを経営していたが、そのファンドはモスクワの法律会計事務所ファイアーストーン・ダンカンと契約していた。その事務所で税金分野の責任者だったのがセルゲイ・マグニツキー。

 ロシアの捜査当局はブラウダーを脱税容疑で調べはじめ、マグニツキーを2008年11月に逮捕する。​ECHR(欧州人権裁判所)が今年8月に出した判決​によると、捜査対象になっていたマグニツキーがイギリスのビザを請求、キエフ行きのチケットを予約、しかも登録された住所に彼が住んでいないことが判明したためだという。そして拘留中の2009年11月に獄中で死亡した。

 ECHRによると、その捜査は正当なもので、政府高官の不正をマグニツキーやブラウダーが主張し始める数年前から当局はふたりを脱税容疑で調べ始めている。告発に対する弾圧というシナリオは成り立たないわけだが、アメリカの政界や有力メディアはそのシナリオに乗った。

 マグニツキーの死因は心臓病だという説は当初からあった。彼の妻もそう考えているようだ。(Andrey Nekrasov, “The Magnitsky Act. Behind the Scenes,” 2016)適切な医療が受けられなかった可能性が高いのだが、それはロシアの刑務所におけるシステム的な問題。マグニツキーの事件だけの個別的な問題ではない。

 2013年にロシアの裁判所はブラウダーに対し、脱税で懲役9年の判決を言い渡している。ロシアの検察当局によると、ブラウダーはロシアで脱税に手を染めていただけでなく、石油会社ガスプロムの株式を違法に取得していたという。

 告発者の弾圧というシナリオを宣伝するため、ブラウダーは反プーチンで知られている映画監督のアンドレー・ネクラソフを雇うのだが、取材の過程で彼はブロウダーの会社で働いていた女性が本当の内部告発者で、脱税はブロウダーが行っていたことをつかむ。しかも、その不正にマグニツキーは金庫番として関わっていたこともわかった。

 ネクラソフは雇い主の意向を「忖度」せず、事実をドキュメンタリーの中に盛り込む。そのためにふたりは対立、作品を公開することが困難になった。それだけの圧力がかかっている。

 一方、西側ではブラウダーの主張が事実として宣伝されてきた。そもそもブラウダーが西側支配層の手先として活動していた可能性もある。アメリカでは彼の主張に基づいてロシアを「懲罰」するための法律、いわゆる「マグニツキー法」が2012年に制定された。その後、2016年に法律の対象は全世界に広がり、アメリカ政府が人権を侵害したと認定した人物の資産を凍結、アメリカへの入国を禁止することができることになる。この法律を正当化するために使われたシナリオをECHRは今回、否定したのだ。







最終更新日  2019.09.18 19:53:20
2019.09.17
カテゴリ:カテゴリ未分類

 サウジアラビアのアブカイクとハリスにあるアラムコの石油処理施設に対する攻撃の責任をマイク・ポンペオ国務長官はイランに押しつけている。アフガニスタンやイラクを攻撃する前と同じ。統合参謀本部にも反対されているイラン攻撃を実行したい勢力は今回の攻撃に飛びついたのかもしれないが、イランには攻撃する理由が見当たらない。そのポンペオの発言に飛びつく人は救いがたい。

 今回、石油処理施設を攻撃したのは自分たちだとフーシ派は発表しているのだが、イランを侵略したい勢力への追い風になったという側面があることからアメリカの好戦派やイスラエルが背後にいるのではないかという推測も流れている。

 サウジアラビアにはアメリカの防空システムが配備されているにもかかわらず、脆くもアラムコの施設が破壊されたことに疑問を持つ人もいる。アメリカのシステムが無能なのか、アメリカが機能させなかったのかということだ。

 攻撃後、ロシアのウラジミル・プーチン大統領は高い能力を実証済みのロシア製防空システムを提供する用意があると発言しているが、2017年10月にロシアを訪問したサウジアラビアのサルマン・ビン・アブドゥルアジズ・アル・サウド国王はS-400を含む兵器の取り引きを議題にしている。

 石油施設が攻撃されたタイミングも興味深い。ジョン・ボルトンが国家安全保障補佐官を解任された直後だからだ。ボルトンはマイク・ペンス副大統領やポンペオ国務長官と同じシオニストの好戦派。ところが、元CIAオフィサーで内部告発者のジョン・キリアクによると、​トランプはイエメンでの戦争を止めたがっていた​。この戦争が負担になっているサウジアラビアも同じだ。そこでボルトンは解任。ボルトン、ペンス、ポンペオは朝鮮半島での話し合いも壊し、その前にはシリアから撤退するというトランプ大統領の方針を潰している。

 すでに本ブログでも指摘したが、イエメンでの戦争が始まる切っ掛けはアメリカ主導軍による2003年のイラク侵略。それに抗議するため、フーシ派はモスクで反アメリカ、反イスラエルを唱和した。イエメン政府はそうした行為を弾圧し、首都のサヌアで800名程度を逮捕、それが引き金になって2004年に戦闘が始まったのである。

 戦闘はフーシ派が優勢になり、2009年にサウジアラビアはイエメンに空軍と特殊部隊を派遣した。軍事介入を決めたのは国王の息子であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子だ。その年には「アラビア半島のアル・カイダ(AQAP)」が創設されている。

 今回の攻撃は中東での戦乱がエネルギー資源の供給を困難にすることを再確認させたが、ポンペオたちはその攻撃を利用して無謀な戦争を始めようとしている。







最終更新日  2019.09.17 19:25:39
2019.09.16
カテゴリ:カテゴリ未分類

 サウジアラビアのアブカイクとハリスにあるアラムコの石油処理施設が9月14日に10機のドローン(無人機)で攻撃され、生産量が半分に落ちたという。フーシ派は自分たちが攻撃したと発表している。フーシ派はサウジアラビアの油田違いを攻撃できるドローン(無人機)やミサイルを開発したとする情報が流れていたが、それが現実になったと言えそうだ。

 アブカイクとハリスの施設は石油や天然ガスの生産で重要な役割を果たしているが、サウジアラビアを横断して紅海に面したヤンブーに至るパイプラインの出発点でもある。イランとの軍事的な緊張がさらに高まってホルムズ海峡が使えなくなった場合、重要な迂回ルートになるはずだったが、イランとの戦争が始まった場合、そのルートも使えなくなる。

 今回の攻撃についてアメリカのマイク・ポンペオ国務長官はイランが実行したと非難、イランはその主張を否定している。またイラク領からの攻撃があったとする情報もあるが、これをイラク政府は否定した。

 現在、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアはイランに対して経済戦争を仕掛け、軍事的な圧力を強めている。イランに対する侵略戦争は無謀だとアメリカの統合参謀本部は判断しているが、ポンペオやマイク・ペンス副大統領のようなキリスト教系カルトやシオニストはイランの破壊を目論んでいる。

 1997年から2000年にかけて欧州連合軍最高司令官を務めたウェズリー・クラークによると、1991年に国防次官のポール・ウォルフォウィッツはイラク、シリア、イランを殲滅すると口にしていた。実際、アメリカは2003年にイラクへ軍事侵攻、シリアは2011年にジハード傭兵を投入して侵略戦争を開始、そしてイランを狙っている。

 統合参謀本部はイラクへの軍事侵略にも反対していた。大義がなく、作戦が無謀だという理由からだが、イランへの攻撃はそれ以上に無謀。アメリカのことを考えている人物にはできないことである。現在、アメリカを動かしている勢力はアメリカのことを考えていないとも言える。

 本ブログでは繰り返し書いているが、21世紀に入ってロシアが再独立、ウォルフォウィッツのプランはロシアを属国化したという前提が崩れた。そこでネオコンはロシアの再属国化するために核戦争で脅しているのだが、機能していない。現在、イランを攻撃したがっているのは別のシオニストだ。

 フーシ派がサウジアラビアを攻撃したのは、サウジアラビアが自らの利権のためにイエメンに軍事介入したため。軍事介入を決めたのはムハンマド・ビン・サルマン皇太子。アメリカのドナルド・トランプ大統領やイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と近い人物だ。

 その皇太子が軍事介入を決めたのは、サウジアラビア、アメリカ、イスラエルが支援しているアリ・アブドゥラ・サレーハ政権がイエメンで実権を失いそうになったからだ。

 その対立の原因はアメリカ主導軍による2003年のイラク侵略にある。その攻撃に抗議するため、フーシ派はモスクで反アメリカ、反イスラエルを唱和、政府がそうした行為を弾圧して首都のサヌアで800名程度を逮捕。この弾圧が切っ掛けで戦闘が始まった。2004年のことだ。

 戦闘はフーシ派が優勢になり、2009年にサウジアラビアはイエメンに空軍と特殊部隊を派遣した。その年には「アラビア半島のアル・カイダ(AQAP)」が創設されている

 本ブログで繰り返し書いてきたように、アル・カイダはCIAに雇われ、訓練を受けた戦闘員のコンピュータ・ファイル。戦闘員の中心はカルト色の濃いサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)や歴史的にイギリスとの関係が深いムスリム同胞団。CIAだけでなく、サウジアラビアやイスラエルの情報機関も深く関係している。

 2011年にサレーハ大統領は辞任、副大統領だったアブド・ラッボ・マンスール・アル・ハディが翌年2月から新大統領を務めることになる。任期は2年なので2014年2月までだが、ハディはイエメンに権力の基盤がなく、辞任後のサレーハを脅かすことはないだろうという読みがあったと言われている。実際、真の意味のハディ派は存在せず、ハディ自身はさっさとサウジアラビアへ逃走した。

 そしてモハマド・ビン・サルマンがサウジアラビアの国防大臣に就任した2015年、同国は100機におよぶ戦闘機、15万名の兵士、さらに海軍の部隊を派遣(国境を越えているかどうか不明)。攻撃にはアラブ首長国連邦、バーレーン、カタール、クウェートなどの国も参加し、アメリカも物資や情報の面で支援していると言われている。

 予想されたようにイエメンへの軍事介入はサウジアラビアを疲弊させ、財政の悪化は深刻になっている。支配層の内部で対立が深刻化、2017年10月にジッダの宮殿近くで、また18年4月にリヤドの王宮近くで銃撃戦があったと言われている。

 その間、2017年11月には大規模な粛清があり、48時間で約1300名が逮捕され、その中には少なからぬ王子や閣僚が含まれていた。

 サウジアラビアの現政権は決して安定していない。アメリカやイスラエルが支えているはずだが、いつまで持つかは不明。フーシ派はさらなる攻撃を予告している。







最終更新日  2019.09.16 20:13:14
2019.09.15
カテゴリ:カテゴリ未分類

 ​インディペンデント(アラビア語版)​によると、ロシア政府のイスラエル政府に対する姿勢が厳しくなった。これまでロシアはロシア人がターゲットにならないかぎりイスラエルによるシリア攻撃を黙認するという姿勢だったが、この報道が事実なら、その姿勢が変化したようだ。8月にはシリアに対するイスラエルの攻撃を3度止めさせたという。さらに、イスラエル軍機が領空を侵犯した場合、戦闘機や防空システムのS-400で撃墜するとプーチンはロシア訪問中のネタニヤフに通告したとも伝えられている。

 ロシアがイスラエルとの戦闘を避けてきた理由のひとつはイスラエルにアメリカ軍の秘密基地があり、同国が兵器庫として機能しているためだとも言われている。イスラエルとの戦争に発展することは避けたいだろうが、侵略には反撃するという意思を示したのだろう。

 イスラエルでは9月17日に議会選挙が予定されているが、3年前から汚職容疑で捜査の対象になっているネタニヤフにとって今年の選挙は通常より大きな意味がある。そこで、選挙対策として軍事的な行動に出たと推測する人は少なくない。

 4月9日の選挙では120議席のうちベンヤミン・ネタニヤフが率いる「リクード」が38議席を獲得し、3名の元参謀総長(ベニー・ガンツ、ガビ・アシュケナージ、モシェ・ヤーロン)をリーダーとする「青と白」の35議席を上回ったが、組閣に失敗して再選挙になった。

 ネタニヤフの父、ベンシオン・ネタニヤフは「修正主義シオニズム」の祖であるウラジミル・ジャボチンスキーの秘書だった人物。その流れを汲む人びとは今でも大イスラエル、つまりユーフラテス川とナイル川で挟まれている地域を支配しようとしている。

 イスラエルではゴラン高原に続いてヨルダン川西岸を併合しようとする動きがあるが、それは序の口にすぎない。イスラエルの支配地域をイラク、シリア、イラン、レバノン、エジプトに広げると公言している活動家もいるのだ。

 ジャボチンスキーは「ユダヤ人の国」の建設を公言していたが、その構想は19世紀に描かれている。その構想を実現するために多額の資金を提供した富豪がいるのだが、そのひとりがエドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルド。テル・アビブを中心にパレスチナの土地を買い上げ、ユダヤ人入植者へ資金を提供している。

 この富豪はフランス人だが、イギリスにも同調者はいた。例えば、同じ一族のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。そのライオネルと親しかったベンジャミン・ディズレーリはイギリスの首相を務めているが、その際にスエズ運河を買収している。

 エドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドの孫にあたるエドモンド・アドルフ・ド・ロスチャイルドもイスラエルの支援者として有名。この人物やアメリカの富豪アブラハム・フェインバーグはイスラエルの核兵器開発を後押ししていたことでも知られている。なお、フェインバーグはハリー・トルーマンやリンドン・ジョンソンのスポンサーとしても有名だ。このふたりは前任大統領の死によって副大統領から昇格したという共通項がある。

 この流れはシオニストの本流的な存在で、傍流のジャボチンスキー派とは違いがある。時代によって変化はあるが、両派の対立は無視できない。ヒラリー・クリントンを担いでいたネオコンの背景は本流、ドナルド・トランプの背景は傍流と言えるだろう。

 ジャボチンスキー派は1970年代にアメリカのキリスト教系カルトと手を組んで影響力が増大、イスラエルでも主導権を握ってリクードが労働党を押さえ込むようになる。

 21世紀に入ってその構造に変化が生じるが、その一因はロシアからオリガルヒが逃げ込んできたことにあるだろう。言うまでもなくオリガルヒとはボリス・エリツィン時代に西側の巨大資本やクレムリンの腐敗勢力の手先になって巨万の富を築いた人びと。つまりシオニストの本流に近い。

 シオニストの本流は19世紀にイギリスで作られた長期戦略に従って動いているように見える。ユーラシア大陸の周辺地域を支配し、内陸部を締め上げ、最終的にはロシアを制圧して世界の覇者になるというプランだ。

 この戦略は1904年にハルフォード・マッキンダーという地理学者が発表しているが、その前から支配層の内部では考えられていたのではないだろうか。

 19世紀の半ばからイギリスは中国(清)の制圧に乗り出す。そのために引き起こされたのが1840年から42年までのアヘン戦争や56年から60年までの第2次アヘン戦争だ。

 これらの戦争でイギリスは勝利したが、それは沿岸部の制圧にとどまる。内陸部を制圧する戦力がなかったからだ。内陸部を支配し、中国を完全な植民地にするためには傭兵が必要。そこで彼らは日本に目をつけたのだろう。イギリスが薩摩や長州を支援、その薩長を中心とする明治体制が琉球、台湾、朝鮮、そして中国を侵略していく。その流れが止まるのは日本軍がソ連軍に惨敗した1939年のノモンハン事件だ。

 ネオコンは1991年12月にソ連が消滅、自分たちの傀儡であるエリツィンがロシア大統領に就任した時点で世界制覇の達成は目前だと考えたのだろう。アメリカを「唯一の超大国」と表現し、1992年2月には世界制覇プランのウォルフォウィッツ・ドクトリンを作成している。このドクトリンに基づき、ネオコン系のPNAC(新しいアメリカの世紀プロジェクト)は2000年に報告書を発表、ジョージ・W・ブッシュ政権はそれに基づく政策を打ち出していく。

 しかし、21世紀に入り、そのプランの前提であるロシアの属国化が崩れる。ウラジミル・プーチンを中心とする勢力がロシアを再独立させたのだ。それ以降、ネオコンはプーチン体制を破壊しようと必死だ。バラク・オバマ政権がロシアとの関係を悪化させ、ヒラリー・クリントンがロシアを恫喝、その後の反ロシア工作(ロシアゲート)につながる。

 こうした中、プーチンはネタニヤフに寛大な姿勢を示してきた。ネオコンを牽制するためだろうが、アメリカの影響力が急速に弱まっていることもあり、ロシア政府の姿勢が変化してきたのだろう。

 今年6月23日に​ネタニヤフはイスラエルでアメリカのジョン・ボルトン国家安全保障補佐官とイランを巡る問題について話し合い、24日と25日にはボルトンのほかイスラエルで国家安全保障担当の顧問を務めるメイア・ベン・シャバトやロシアのニコライ・パトルシェフ安全保障会議長官が加わった会議が開かれた​という。そのボルトンは補佐官を解任された。







最終更新日  2019.09.15 16:59:20
2019.09.14
カテゴリ:カテゴリ未分類

 今から77年前、真珠湾攻撃から9カ月後の1942年9月14日に細川嘉六が逮捕された。その直前には外務省と密接な関係にある世界経済調査会で働いていた川田寿と妻の定子も逮捕されている。

 川田寿と定子は1930年にアメリカで結婚、41年に帰国してから世界経済調査会に就職したが、アメリカ時代にコミュニスト関係の活動をした疑いがかけられたという。

 その後、平館利雄や西沢富夫も逮捕され、家宅捜索で1枚の写真が発見される。1942年7月に富山県の泊(今では朝日町の一部)で細川の著作『植民史』の出版記念を兼ねた親睦会が開かれているが、その際に撮影されたものだ。それを神奈川県警察特別高等課は共産党再建準備会だと主張、大弾圧につなげたのである。

 結局、横浜事件では言論関係者を中心に60名以上が逮捕され、30名以上が有罪判決を受けた。そのうち4名は獄死、釈放直後に獄中の心神衰弱が原因で死亡した人物もいる。

 こうした弾圧を指揮していたのは当時の内務次官で1932年から36年にかけて警保局長を務め、東条英機の懐刀と言われていた唐沢俊樹だと見られている。1942年から43年にかけての警保局長は三好重夫、43年から44年にかけては町村金五だ。このでっち上げ事件では内務官僚や特高だけでなく、検察官や裁判官も共謀関係にある。

 この事件が冤罪だと言うことは警察や検察だけでなく裁判所も知っているはず。何しろ裁判所の職員も裁判記録を焼却しているのだ。現在の裁判官がこの事件を免訴という形で有耶無耶にした理由もその辺にあるのだろう。

 大戦後、唐沢は衆議院議員になり、岸信介内閣では法務大臣に就任。三好は公営企業金融公庫の総裁を経て自治省の特別顧問に就任、町村は衆議院議員、参議院議員、北海道知事などを務めた。その息子が町村信孝だ。

 この3人に限らず、内務官僚、思想検察、特高などの幹部は戦後も支配階級の人間として君臨した。裁判官も責任を問われたとは言いがたい。天皇制官僚体制は大戦後も存続、戦前の思想弾圧で中枢を占めていた人びとが戦後も要職に就いているのである。「国体」は護持された。

 戦前の日本には「軍国主義国家」というタグがつけられ、軍人に全責任を押しつけているが、実態は天皇制官僚国家。本ブログでは繰り返し書いてきたように、関東大震災以降、日本はJPモルガンを中心とするアメリカの巨大金融資本の影響下にあり、その金融資本は1933年から34年にかけてフランクリン・ルーズベルト政権を倒してファシズム体制を樹立するためにクーデターを計画していた。

 そのJPモルガンが日本へ大使として送り込んだのがジョセフ・グルー。「軍国主義国家」というタグは天皇制官僚国家の実態を見えなくする。しかもアメリカ支配層(ウォール街)にとって都合の良い軍人は戦後、厚遇されている。

 思想弾圧の最前線に立つことになる特高が警視庁で設置されたのは1911年。大逆事件の後だ。弾圧の法的な根拠になる治安維持法は1925年3月、普通選挙法と同時に成立した。公布されたのは治安維持法が4月、普通選挙法が6月である。

 大逆事件は明治天皇の暗殺を計画したとして多くの社会主義者や無政府主義者が逮捕され、24名に死刑(半数は無期懲役に減刑)が言い渡された事件。裁判は非公開で行われ、証人調べもなく、裁判記録も残されていない。つまり裁判官を含め、司法関係者は確信犯的に事件をでっち上げたのである。

 この事件の場合、裁判記録が存在しないため、検察側の主張や裁判の実態は不明。被疑者のうち4名は暗殺を計画したと推認できるとされているが、幸徳秋水がそれに関わったとする主張には疑問が持たれている。他の被疑者は全く無関係だった可能性が高い。

 日本の裁判所は戦前の犯罪的な行為を清算していない。国民はそれを許してきた。裁判官が戦前と同じように動くのは必然だ。







最終更新日  2019.09.14 13:33:55
2019.09.13
カテゴリ:カテゴリ未分類

 ​ジョン・ボルトン国家安全保障補佐官の後任にチャールズ・クッパーマン副補佐官が昇格すると伝えられている​。この人物はネオコンと兵器産業と深く結びついていることで知られ、そうした意味でヒラリー・クリントンに近いと言えるだろう。ボルトンとは2016年の大統領選挙より前から緊密な関係にあったと言われている。

 クッパーマンは1950年生まれで、78年から80年にかけての期間、CPD(現在の危機委員会)で上級分析官を務めている。CPDは1950年に創設されているが、ジェラルド・フォード政権(1974年から77年)で台頭したネオコンを含む好戦派(反デタント派)が76年に再編している。

 1980年代にネオコンと他の好戦派はイラクのサダム・フセイン体制を巡った対立した。ネオコンはフセイン政権を倒して親イスラエル体制を樹立、トルコ、イラク、ヨルダンの親イスラエル国帯を築いてシリアとイランを分断、その上で両国を制圧するという計画を立てていた。

 それに対し、ジョージ・H・W・ブッシュやジェームズ・ベイカーたちはフセイン体制をペルシャ湾岸産油国の防波堤と認識していた。フセインを倒すかどうかの対立は暴露合戦につながり、イラクゲートやイラン・コントラ事件を浮かび上がらせることになった。

 1991年から92年にかけてアメリカ主導軍がイラクを攻撃した際、ブッシュ大統領がフセイン体制を存続させたことにネオコンは激怒している。その中心グループに属すポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)は1991年にイラク、シリア、イランを殲滅すると口にし、92年2月には国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランを作成する。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。

 1991年12月にソ連が消滅、アメリカの支配層だけでなくアメリカ信奉者もアメリカが唯一の超大国になったと信じた。その判断に基づき、ソ連のようなライバルが出現することを阻止することにしたのがネオコン。力の源泉であるエネルギー資源の支配もドクトリンに含まれる。

 このドクトリンを作成された中心人物は国防次官だったウォルフォウィッツ。その上にいた国防長官はリチャード・チェイニー。そのほかI・ルイス・リビーやザルメイ・ハリルザドが関係していた。ハリルザドはボルトン国家安全保障補佐官の後任として名前が挙がっていたひとり。最近ではベネズエラのクーデター計画を指揮、1980年代にはイラン・コントラ事件でも名前が浮上したエリオット・エイブラムズも候補者のひとりだった。

 ところで、クッパーマンは1980年にレーガンの大統領キャンペーンに参加、後にボーイングやロッキード・マーチンで副社長を務めている。

 兵器産業と緊密な関係にある親イスラエル派(シオニスト)は少なくないが、そのひとりがウォルフォウィッツを含む後にネオコンと呼ばれる若者をオフィスで育成していたヘンリー・ジャクソン。ボーイングから来た上院議員と呼ばれていた。ちなみに、ヒラリー・クリントンは上院議員時代、ロッキード・マーチンから来たと言われている。

 この議員は民主党に所属していたが、1972年の大統領選挙で戦争に反対していたジョージ・マクガバンが同党の候補に選ばれると党内に反マクガバン派のグループを結成、落選運動を始める。CDM(民主党多数派連合)だ。

 その結果、戦争に反対するマクガバンは落選、つぎにデタントを主張したニクソンがスキャンダルで失脚、そして好戦派が実権を握ったフォード政権ではデタント派が粛清されてネオコンやブッシュ(CIAの非公然オフィサーの可能性が高い)などが台頭する。

 クッパーマンは核戦争でロシアに勝てると口にしていることでも知られている。本ブログでは繰り返し書いてきたが、​フォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載されたキアー・リーバーとダリル・プレスの論文​では、アメリカが近いうちにロシアと中国の長距離核兵器を先制第1撃で破壊する能力を持てると主張している。似た考え方だ。

 しかし、2008年8月にイスラエルやアメリカの支援を受けたジョージア軍が南オセチアを奇襲攻撃してロシア軍に惨敗、さらに15年9月末からシリア政府の要請で軍事介入したロシア軍は兵器の性能の高さを明らかにし、核戦争でアメリカが完勝することはありえないことを示した。

 中東でも朝鮮半島でもベネズエラでもボルトンの政策が破綻していることは確かで、ボルトンの辞任で軌道修正することができるとは言えるが、トランプ政権にはマイク・ペンス副大統領やマイク・ポンペオ国務長官のようなキリスト教系カルトの信者、つまりキリスト教シオニストがいる。そこへヒラリー・クリントンのようなクッパーマンが入って情況が好転するのだろうか?







最終更新日  2019.09.13 18:42:26
2019.09.12
カテゴリ:カテゴリ未分類

 9月11日には歴史の節目になる出来事が引き起こされた。アメリカ国内の刑務所化を加速させ、中東など国外で侵略戦争を本格化させた2001年の攻撃がひとつだが、1973年9月11日にも節目になる出来事があった。チリのサルバドール・アジェンデ政権をリチャード・ニクソン政権は軍事クーデターで倒したのだが、この体制転覆は新自由主義を世界へ広める突破口として利用されたのである。

 チリを含むラテン・アメリカはヨーロッパに富をもたらしてきた。侵略の対象になり、略奪されてきたのだ。11世紀から15世紀にかけて「十字軍」と称するヨーロッパの軍事組織は中東を侵略したが、15世紀から17世紀にかけての期間はヨーロッパの支配層は海賊として世界を荒らし回っている。

 ラテン・アメリカに到達した海賊は1521年にアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪う。この略奪を指揮していたのがエルナン・コルテスだ。インカ帝国(現在のペルー周辺)ではフランシスコ・ピサロが侵略、金、銀、エメラルドなどを略奪。1533年にインカ帝国を滅ぼされた。

 ヨーロッパの海賊は貴金属製品を盗んだだけでなく、先住民を使って鉱山開発も行った。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山だろう。18世紀までにポトシ銀山だけで15万トンが運び出されたとされているが、実態は不明である。そうした財宝はヨーロッパに富をもたらし、支配力の源泉を提供することになった。

 当初、ラテン・アメリカを支配したのはポルトガルやスペインのようなラテン系の国だが、19世紀の終盤になると北アメリカの侵略が一段落したアメリカの支配層が南に矛先を向けた。

 アメリカが南を侵略する切っ掛けになったのが1898年2月15日の出来事。キューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインが爆沈したのだ。アメリカはスペインが爆破したと主張、宣戦布告して米西戦争が始まる。ウィリアム・マッキンリー大統領は戦争を回避しようとしていたが、海軍次官補だったシオドア・ルーズベルトが独断で戦争へアメリカを向かわせたという。この戦争に勝利したアメリカはスペインにキューバの独立を認めさせ、プエルトリコ、グアム、フィリピンを買収することになり、ハワイも支配下においた。

 それ以降、ラテン・アメリカはアメリカを拠点とする巨大資本の植民地になるのだが、第2次世界大戦後、この地域でも独立国が生まれる。それを潰すのがCIAの破壊工作部門の仕事のひとつ。チリもそのターゲットになった。

 アジェンデは巨大資本の活動を制限し、労働者の権利を認める政策を掲げ、大統領に選ばれた。アメリカは選挙に介入するのだが、それでもアジェンデは1970年の大統領選挙で勝利したのである。

 CIAはアジェンデ政権を倒すためにチリ軍を使ったが、この軍隊が最初から反アジェンデだったわけではない。チリ軍参謀総長だったレネ・シュネイデルは憲法遵守の立場だった。そこでCIAは1970年10月にシュネイデルを暗殺、それと同時にアメリカの金融機関やIBRD(世界銀行)はチリへの融資を停止して経済面から揺さぶりをかけている。1972年9月には労働組合がストライキを敢行、社会を不安定化させていく。そうしたときのため、CIAは労働組合をコントロール下におくわけだ。

 軍事クーデターで実験を握ったピノチェトはアメリカ巨大資本のカネ儲けに邪魔な人びとを誘拐し、相当数が殺害された。サンチアゴの国立競技場は「拷問キャンプ」と化したと言われている。

 このクーデターで巨大資本に盾突く勢力は潰滅、ピノチェト体制は新自由主義を導入する。シカゴ大学のミルトン・フリードマン教授のマネタリズムに基づき、大企業/富裕層を優遇する政策を実施したのだ。

 この政策はイギリスのマーガレット・サッチャーが導入した後、世界へ広がっていく。そのひとつの結果が富の集中。一部の人が巨万の富を手に入れる一方、大多数の人びとは貧困化して社会は崩壊していくわけだ。19世紀なら侵略と略奪で国内の安定を図ることもできたが、そうした手法は限界に達している。







最終更新日  2019.09.12 15:33:20
2019.09.11
カテゴリ:カテゴリ未分類

 黄之鋒(ジョシュア・ウォン)がドイツを訪問、同国のハイコ・マース外相とベルリンで会談、中国政府から抗議を受けている。

 黄は香港で続く反中国運動で中心グループに所属、今年(2019年)8月6日に羅冠聰(ネイサン・ロー)らと一緒にアメリカのジュリー・イーディー領事とJWマリオット・ホテルで会っているところを撮影されている。イーディーは外交官だが、前にも書いたように、CIAの非公然オフィサーだと噂されている。

 黄や羅のような若者を操っている人物として知られているのが元王室顧問弁護士の李柱銘(マーチン・リー)、アップル・デイリー(蘋果日報)などのメディアを支配する黎智英(ジミー・リー)、香港大学の戴耀廷(ベニー・タイ)副教授、カトリックの枢機卿である陳日君(ジョセフ・ゼン)、公民党の余若薇(オードリー・ユー)、元政務司司長の陳方安生(アンソン・チャン)など。

 こうした人びとは2014年9月から12月まで続いた「佔領行動(雨傘運動)」でも重要な役割を果たしたが、​その翌年の9月に黄之鋒、戴耀廷、李柱銘はフリーダム・ハウスなる団体に栄誉をたたえられた​。黄之鋒は2015年11月にナンシー・ペロシ下院議長と会談、17年5月にはネオコンのマルコ・ルビオ上院議員と会っている。人権運動の活動家を名乗るに人物にも同じような背景の持ち主がいる。

 フリーダム・ハウスは1941年に創設されたのだが、1980年代にロナルド・レーガン政権がイメージを重視するようになってからプロパガンダ機関として活動するようになった。

 こうした戦略は「プロジェクト・デモクラシー」として進められ、侵略する際に「民主」、「自由」、「人道」といったタグをつけるようになる。そうしたタグをつけた侵略では現地における工作がそれまで以上に重要になるが、CIAの工作資金を動かす機関になったのがNED(民主主義のための国家基金)。そこから資金はNDI(国家民主国際問題研究所)、IRI(国際共和研究所)、CIPE(国際私企業センター)、国際労働連帯アメリカン・センターへ流れていく。USAID(米国国際開発庁)もCIAの資金を流す上で重要な役割を果たしている。

 香港の反中国運動にNEDから資金が出ていることは秘密にされていない。マイク・ポンペオ国務長官は香港の反中国運動について、背後にアメリカ政府が存在しているとする中国政府の主張を「お笑い種」だとしたが、ポンペオの主張がお笑い種である。












 本ブログでは繰り返し書いてきたが、権力は情報とカネの流れていく先に生まれ、育つ。人民が権力を握り、その力を行使する仕組みを民主主義体制と言うとするならば、情報とカネは人民へ流れていかねばならない。

 しかし、プロジェクト・デモクラシーを推進しているアメリカは「安全保障」を口実にして秘密体制を強化、カネは1%に満たない人びとへ流れていく仕組みを作ってきた。新自由主義とはそういう代物だ。言うまでもなく、日本も同じ道を進んでいる。

 アメリカ流の選挙とは選択肢を限らせ、教育や報道というプロパガンダ機関を支配者がコントロール、資金力で結果を決められるようにできている。新自由主義の導入と並行する形で小選挙区制が推進されたのは偶然でないだろう。

 アメリカをはじめ、私的権力が国を上回る力を獲得した国は少なくないが、その多くは私的権力が国外にいる。そうした私的権力が拠点としてきたのがウォール街やシティだ。







最終更新日  2019.09.11 13:17:26
カテゴリ:カテゴリ未分類

 ジョン・ボルトン国家安全保障補佐官がホワイトハウスを去ることになった。ドナルド・トランプ大統領のツイッターによると、9月9日夜、ホワイトハウスに仕事はないとボルトンの通告し、翌朝、ボルトンは辞任を申し出たという。ボルトンは自分が9日夜に辞意を伝えたとしている。






 朝鮮半島にしろ中東にしろ、ボルトン、マイク・ペンス副大統領、マイク・ポンペオ国務長官のトリオは大統領の政策を妨害してきた。最近はこのトリオにジーナ・ハスペルCIA長官が加わったとする話もある。

 以前からアメリカの支配階級は脅して屈服させるという手法を好んできたが、ネオコンはそうした傾向が特に強い。そのネオコンに担がれていたヒラリー・クリントンはバラク・オバマと同じようにロシアも恫喝しようとしていた。

 勿論、ロシアや中国は脅しに屈しない。必然的に脅しはエスカレートし、核戦争で威嚇するしかなくなる。それにブレーキをかけようとしたのがトランプ、あるいはトランプを担いだ勢力。2016年の大統領選挙ではロシアとの関係修復を訴え、勝利した。

 そうした政策の背後にいたのが2014年までDIA局長を務めていたマイケル・フリン中将。そのフリンは2017年2月、トランプ政権がスタートした翌月に国家安全保障補佐官を解任されてしまう。それ以降、好戦トリオの影響力が強まり、トランプの外交は行き詰まっているのだが、強硬策は破綻しつつある。その背景にはアメリカやイスラエルの弱体化があるのだろう。

 ところで、好戦トリオのうちペンス副大統領とポンペオ国務長官はキリスト教系カルトの信者で、親イスラエル。ボルトンはモルモン教のミット・ロムニーに近いのだが、ロムニーはボストン・コンサルティング・グループで働いていた当時、ベンヤミン・ネタニヤフの同僚。ロムニーも熱烈な親イスラエル派だ。

 ネタニヤフは1972年にマサチューセッツ工科大学へ留学、1980年代にはドナルド・トランプの父親であるフレデリック・トランプと知り合い、親しくなった。その縁でドナルドも親しくなったのだろう。

 1980年代にドナルドはロイ・コーンを顧問弁護士にしているが、この人物は赤狩りで有名なジョセフ・マッカーシー上院議員の顧問を務め、禁酒法の時代に密造酒で大儲けしたルイス・ローゼンスティールなる人物と親しくしていた。コーンの顧客には犯罪組織のガンビーノ一家の幹部も含まれていた。

 酒が合法になって以降、ローゼンスティールは大手酒造メーカーの経営者になるが、裏ではスキャンダルを使った恐喝で有力者を操っていたと言われている。

 ローゼンスティールの同業者で親しい間柄だったのがサミュエル・ブロンフマン。その息子であるエドガー・ブロンフマンもイスラエルの情報機関とつながっている、あるいは動かしている。

 ヒラリー・クリントンの周辺にいたシオニスト(親イスラエル派)とは違うが、トランプの周辺にもシオニストがいる。その包囲網からトランプは抜け出せるのか、あるいは今でもその人脈に操られているのか、現段階ではなんとも言えない。







最終更新日  2019.09.11 03:57:59
2019.09.10
カテゴリ:カテゴリ未分類

 2001年9月10日、アメリカでは国防長官だったドナルド・ラムズフェルドが2兆3000億ドルが行方不明になっていると発表した。決済の過程で発覚したというのだが、その翌日、カネの行方を追跡していた国防総省のオフィスが破壊されて資料は消滅、バックアップが保管されていたニューヨークの世界貿易センターにあった7号館(ソロモン・ブラザース・ビル)は攻撃を受けなかったものの、崩壊して資料はなくなったという。

 7日にも書いたように、このビルにはソロモン・スミス・バーニー(1988年にソロモン・ブラザースとスミス・バーニーが合併してこの名称になった)のほか、国防総省、OEM(ニューヨーク市の緊急事態管理事務所)、シークレット・サービス、CIA(中央情報局)、SEC(証券取引委員会)、IRS(内国歳入庁)、FEMA(連邦緊急事態管理局)がテナントとして入っていた。

 ビルの崩壊によってSECが保管していたシティ・グループとワールドコム倒産の関係を示す文書、「ジョージ・W・ブッシュの財布」とも言われたエンロンの倒産に関する文書もなくなった。保管されていた金塊が消えたとも言われている。

 日本には内閣官房報償費(官房機密費)というものがあるそうだ。官房長官の裁量で支払先を秘密にして使えるカネで、安倍晋三政権は6年間で74億円余りを使ったという。これは一種の工作費だが、私的な目的で使われてもわからない。

 日本に限らず、軍や情報機関の予算は不明確。アメリカの情報機関CIAが麻薬取引で資金を調達していることも知られているが、その問題を掘り下げようとした記者は有力メディアから追放された。こうした秘密を正当化するために使われている口実は安全保障。支配階級の安全を保障するということである。安全保障を情報公開の上に置いているわけだが、そうした行為は民主主義の否定にほかならない。

 秘密は不正を生む。情報とカネが流れていく先に私的権力は生まれ、その流れが権力を維持し、強大化。その私的権力は国をコントロールできるようになる。アメリカや日本はそうした類いの国だ。







最終更新日  2019.09.10 11:06:48

全4046件 (4046件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.