《櫻井ジャーナル》

2011/11/16(水)13:22

肺癌治療薬イレッサの裁判はTPPが向かう無責任社会を暗示し、東電福島第一原発事故による放射能障害に対する裁判所の姿勢も示している

 肺癌治療薬のイレッサ(ゲフィチニブ)による副作用に対する国と製薬会社アストラゼネカの責任が問われている裁判で、東京高裁(園尾隆司裁判長)は国と製薬会社の責任を認めないという判断を示した。一審の東京地裁は国と製薬会社の責任を認め、患者2人の遺族に計1760万円を支払うよう命じていたが、この判決を取り消したわけだ。  この判決があったのは11月15日のこと。ハワイで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議で野田佳彦首相はバラク・オバマ米大統領に対し、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉で「貿易自由化のためにすべての物品およびサービスを交渉のテーブルに載せる」ことを約束した疑いが濃厚だが、その直後ということになる。この判決はTPPの行く末を暗示しているようにも見える。  イレッサ裁判では、薬の副作用で間質性肺炎を発症する危険性があることを十分に注意喚起したかどうかが争われていた。2002年7月に薬の輸入が承認された際、アストラゼネカは医師向け添付文書の「重大な副作用」欄に間質性肺炎を記載しただけで、「警告」欄がなかったことなどが問題になっている。  イレッサの輸入承認が申請されたのは2002年1月。半年後には世界に先駆けて日本で承認されたのである。異例のスピード承認だった。アメリカのFDA(食品医薬品局)が承認したのは2003年5月のこと。ただ、2005年1月にアストラゼネカはEMEA(ヨーロッパ医薬品局)への承認申請を取り下げ、同年6月にはFDAがイレッサの新規使用を原則禁止にしている。日本での迅速な承認は製薬会社にとってビジネス上、大きな意味があったということだ。  ちなみに、アストラゼネカはロンドンに本社をおく会社。スウェーデンで1913年に創業されたアストラとイギリスのゼネカが1999年に合併して誕生した。ゼネカは1993年にイギリスの巨大化学会社ICIから分離して作られている。  こうした経緯を考えると、日本が承認した時点でイレッサの安全性には疑問があったはず。これは厚生省(後の厚生労働省)も認識していたようで、承認する際に「非小細胞肺癌(手術不能又は再発)に対する本薬の有効性及び安全性のさらなる明確化を目的とした十分なサンプルサイズを持つ無作為化比較試験を国内で実施すること」という条件をつけていたという。当然、こうした状況を厚生省や製薬会社は明確に医師や患者へ伝える義務があったはずである。  承認から10日後には最初の死亡例が報告され、死亡例は年末までに180名、翌年は202名、2004年には175名を数えている。2010年3月までには810名の死亡例が報告されているが、その中には「副作用によるといえないものが相当ある可能性」があると園尾裁判長は指摘したという。ならば、その点を具体的にきちんと説明する義務が裁判官にはある。  甲状腺癌、白血病、心臓病などからはじまり、さまざまな癌、免疫力の低下に伴う病気の多発、知的障害・・・おそらく、数年後から、東電福島第一原発の事故に伴う放射能障害が隠しきれなくなるはずで、イレッサと同じ議論が繰り返されることが予想できる。この「薬害判決」はTPPを先取りしているだけでなく、原発事故の被害に対する裁判所の姿勢を示しているようにも思える。その時、公的な健康保険制度が崩壊している可能性も小さくはない。短命化が進めば年金を受け取れる人も少なくなると皮算用している人もいるだろう。

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