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《櫻井ジャーナル》

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2011.12.09
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 ジョージ・W・ブッシュ政権がイラクを先制攻撃したときと同じ役者が同じ主張を繰り返している。言うまでもなく、ターゲットはイランだ。イラク攻撃を主張する勢力の中心的な存在は親イスラエル派のネオコン(新保守)、その拠点になっていたのがシンクタンクのAEI(アメリカン・エンタープライズ研究所)。AEIで外交国防政策を担当しているダニエレ・プレッカは好戦派の代表的な存在だ。

 世界有数の核兵器保有国であるイスラエルを放置したまま、ブレッカたちはイランの核開発を許せないと主張、徹底した「封じ込め政策」を採用するべきだとしている。イラクの時のような先制攻撃に対する反発は強く、イラクのようにはいかないという判断なのだろう。

 ネオコンが中東地域を大改造するべきだと言い始めたのは1990年代に入ってからである。そうした主張を表明したいくつかの文書の中でも特に有名なものが「決別」だろう。

 この提案書をまとめたのはエルサレムのシンクタンク「IASPS(先端政治戦略研究所)」。執筆したのはリチャード・パールをはじめ、JINSA(国家安全保障問題ユダヤ研究所)のジェームズ・コールバート、ジョンズ・ホプキンス大学のチャールズ・フェアバンクス、リバート・ローウェンバーグIASPS所長、中東政策ワシントン研究所のジョナサン・トロップ、そしてパールと同じようにネオコンの中心的存在であるダグラス・フェイス、デイビッド・ウームザー、メイラブ・ウームザーだ。

 もっとも、1980年代からネオコンやイスラエルはイラクからサダム・フセインを排除するべきだと主張、イスラム革命から湾岸諸国を守る防波堤と位置づけていたアメリカの主流派と対立していた。この対立がイラン・コントラ事件やイラクゲート事件の発覚につながっている。(両事件については拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を参照していただきたい。)

 こうした提案をした勢力がジョージ・W・ブッシュ政権を支える柱のひとつになるのだが、主導権を握ったと言えるのは2001年9月11日以降。この日、ニューヨークの世界貿易センターにそびえ立っていた南北両タワーに航空機が激突、ペンタゴンも攻撃されるという出来事があった。ブッシュ政権はすぐにアル・カイダの犯行だと断定するのだが、その背後ではイラクを攻撃するというネオコンの戦略が始動していた。

 アメリカ陸軍のウェズリー・クラーク大将によると、9/11から10日目の時点でアメリカ政府はイラク攻撃を決定、その数週間後にはイラクだけでなく、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが攻撃予定国に名を連ねていたという。ブレッカもイラクに続き、イランやシリアの体制転覆を想定している。

 クラーク大将は1997年から2000年まで欧州連合軍最高司令官を務めた人物。NATOを指揮していたわけだが、その間、1999年には偽情報で下地を作った上でユーゴスラビアを空爆、大統領の自宅や中国大使館を破壊している。同じことをイラクでも行うとドナルド・ラムズフェルド国防長官やポール・ウォルフォウィッツ国防副長官に命令されたと言うわけだ。






最終更新日  2011.12.10 01:29:55

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