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《櫻井ジャーナル》

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2013.02.14
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 イタリアにはSISMIという対外情報機関がある。2003年にエジプト人のオサマ・ムスタファ・ハッサン・ナスルをCIAがミラノで誘拐した際に協力したとして、この機関で長官を務めていたニッコロ・ポラーリに対し、イタリアの控訴審は懲役10年の判決を言い渡した。すでに22名のCIAオフィサーと空軍の将校ひとりにも有罪判決が出ている。

 ナスルの拉致はCIAとSISMIで編成した特殊部隊が実行したとされ、その部隊の動きを追うためにミラノ地検は携帯電話の記録を調査、通話の中心にCIAミラノ支局長だったロバート・セルドン・レディがいることを突き止めたと言われている。

 大戦後、陸海空軍の情報活動を統括することを目的としてイタリアで情報機関が組織されたのは1949年のこと。SIFARと呼ばれたが、その背後にはアメリカの情報機関が存在していた。創設して間もなくSIFARは個人情報を集め始め、1964年の段階でファイル数は15万7000以上に達した。ローマ教皇もターゲットになっている。こうした情報を重要人物を操るための道具として使っていたようだ。1965年にSIFARはSIDへ名称が変更される。

 このSIDは「右翼団体」を使い、「極左過激派」を装って爆破工作などを繰り替えして社会不安を作り出していく。クーデターも計画している。いわゆる「緊張戦略」だ。この背後に存在していたのが「NATOの秘密部隊」(イタリアではグラディオと呼ばれた)であり、その後ろにはアメリカやイギリスの情報機関がいた。

 1977年には再び情報機関を再編成しなければならなくなり、SIDはSISMIに名称が変更されるのだが、実態に変化はなかった。1970年代にバチカン銀行を巻き込む金融スキャンダルで名前が出てくるP2もグラディオと結びついていた可能性が高い。

 1981年に発見されたP2の名簿には情報機関のトップを含む政財官軍のエリートが名を連ね、P2のトップだったリチオ・ジェッリはローマのアメリカ大使館員とも接触している。シルビオ・ベルルスコーニもP2のメンバー。

 SISMIはジミー・カーターの再選を阻止する秘密工作に協力、あるいはイラク攻撃前に「アフリカのニジェールからイエローケーキ(ウラン精鉱)をイラクが購入する」という偽情報を発信している。そしてCIAが実行する拉致にも協力したわけだ。

 ところで、ナスルの拉致に絡んでイタリアで通信会社、テレコム・イタリアの保安部長ジュリアーノ・タバロリらが「情報の不法入手」などの容疑で逮捕されている。SISMIの防諜部門を指揮していたマルコ・マンチーニとタバロリは親密な関係にあった。

 CIAの拉致工作でターゲットになったのはアル・カイダで、少なくとも54カ国が協力したという。その中にはエジプト、パキスタン、リビア、シリア、イラン、ヨルダン、アフガニスタン、マラウィ、モロッコ、スペイン、ポルトガル、アイルランド、アイスランド、フィンランド、デンマーク、ベルギー、オーストリラ、ギリシャ、キプロス、イギリス、スウェーデン、イタリア、ポーランド、リトアニア、ルーマニア、カナダなどが含まれたようだ。イラクもアル・カイダを「人権無視」で弾圧していた。

 ところが、CIAに協力したリビア、シリア、イランをアメリカは攻撃、あるいは制裁している。それに対し、リビアやシリアの体制転覆作戦ではアル・カイダ系の武装集団と手を組んだ。

 プロパガンダ機関であるマスコミは勿論だが、日本ではこうしたことに関心を持つ人は少ない。ほとんど見当たらない。それに対してCIAのオフィサーや自国の情報機関でトップを務めた人物に有罪判決を出すイタリアという国は興味深い。そういえば、「NATOの秘密部隊」を明るみに出したのもイタリアだった。この情報も日本では無視されている。最大の原因は、放送、新聞、雑誌、出版といったところが触れたがらないからだろう。






最終更新日  2013.02.15 00:58:41

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