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《櫻井ジャーナル》

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2013.06.15
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 アメリカのバラク・オバマ政権が反シリア政府軍へ武器を供給すると伝えられたのは6月13日のことだが、5日には予想されていた。その日、国連大使のスーザン・ライスを安全保障問題担当の大統領補佐官(NSA)に、またライス大使の後任にサマンサ・パワーを指名したことから、アメリカ政府は暴力指向を強めたと見られたわけである。6日からビルダーバーグ・グループの会議が開催される予定になっていたことも何らかの関係があるかもしれない。

 ライスが大統領補佐官に指名されたタイミングは、師匠にあたるマデリーン・オルブライトが国務長官に就任した経緯に似ていると指摘する人もいる。オルブライトのケースではビル・クリントン大統領がスキャンダル攻勢で圧力を加えられていたが、ライスの場合は、電子情報機関、国家安全保安庁(これもNSA)による情報収集活動に関する内部告発。

 エドワード・スノーデンによる内部告発が具体的であり、重要だということは間違いないが、NSAが地球規模で通信を傍受、各国政府や国際機関などが集めている情報を秘密裏に入手していることはこれまでにも伝えられてきた。スノーデンの告発を高く評価はするが、これまでと違ってマスコミが大きく取り上げていることに違和感を感じる。

 イギリスの調査ジャーナリスト、ダンカン・キャンベルは1970年代の後半からこの問題に取り組み、NSAやUKUSA(イギリスの電子情報機関GCHQとNSAの連合組織)に関しては、アメリカの調査ジャーナリスト、ジェームズ・バムフォードが明らかにしてきたが、日本のマスコミはこれまできちんと伝えようとしてこなかった。

 キャンベルのレポートも内部告発に基づいているのだが、スノーデンと似た立場、つまり軍需産業のTRWで働いていたクリストファー・ジョン・ボイスもアメリカの秘密工作を1977年に外部へ知らせている。アメリカのスパイ衛星に関する極秘情報をはソ連に売り渡したのだが、それには理由があった。

 ボイスはTRWで機密情報を扱っていたのだが、その中でアメリカ政府が1973年にチリのサルバドール・アジェンデ政権をクーデターで倒し、75年にはオーストラリアのゴフ・ホイットラム首相を罷免した事実を知ったことが大きい。ボイスが関わっていたスパイ衛星はECHELONともつながるもので、スノーデンが明らかにしたシステムとも基本的に同じである。そした行為にブレーキをかけるためにソ連へ情報を提供したようだ。メディアに伝えなかったのは、メディアが信用できないことを知っていたからだろう。

 さて、前にも書いたことだが、これまで安全保障問題担当の大統領補佐官を務めてきたトム・ドニロンはビル・クリントン政権で国務長官を務めたウォーレン・クリストファーに近く、軍事より外交を優先する考え方の持ち主。ソ連の消滅を背景にして、ユーゴスラビアでは「西側」の支援を受けた勢力が「独立」を宣言、そうした動きを利用して「西側」はユーゴスラビアを解体する。

 その際、クリストファーはユーゴスラビアへの軍事介入に抵抗、1997年に国務長官のポストを追われてしまった。その後任に選ばれたのがズビグネフ・ブレジンスキーの教え子であるマデリーン・オルブライト。そのオルブライトの弟子に当たるのがライスだ。長官交代の2年後、1999年にNATO軍はユーゴスラビアを空爆する。

 クリントンが大統領に就任したのは1993年のことだが、就任直後から激しい反クリントン・キャンペーンが繰り広げられる。この年の7月にFBIから架空融資の疑いで家宅捜索を受けたディビッド・ヘイルは親友のアーカンソー州最高裁判事ジム・ジョンソンに連絡、ジョンソンに紹介された弁護士のランディ・コールマンは、「ホワイト・ウォータ疑惑」を宣伝しはじめる。

 担当検事のポーラ・ケイシーがコールマンの誘いに乗らないため、今度は反コールマンの運動を始め、ニューヨーク・タイムズ紙のジェフ・ガースと接触する。そして11月、ケイシーはドナルド・マッケーと交代になった。そしてケネス・スターが特別検察官に任命される。

 その後、クリントン大統領に対する攻撃は続くのだが、1998年3月に検察側から重要証人へ多額の資金が流れていたことをインターネット・メディアのサロンが明らかにして状況は一変。「ホワイト・ウォータ疑惑」の構図は崩壊してしまったのである。

 そこで攻撃側が力を入れたのは「セクハラ疑惑」。1993年からアーカンソー州の職員だったというポーラ・ジョーンズがクリントン大統領のセクシャル・ハラスメントを訴えていた。この話を最初に伝えたのはデイビッド・ブロックだが、1998年に彼自身が記事の内容を否定する。ブロックによると、ジョーンズの話を持ち込んだのはシカゴの富豪でニュート・ギングリッジ下院議長(当時)のスポンサーだったピーター・スミスだった。

 一連の反クリントン・キャンペーンで黒幕的な役割を果たしていたのが、メロン財閥のリチャード・メロン・スケイフ。この人物もギングリッチと親しかったのだが、それだけではない。CIAなど情報機関とも関係が深く、ヘリテージ財団やCSISなどに対する最大のスポンサーとしても有名だ。

 そして出てきたのがモニカ・ルウィンスキー。1997年にリンダ・トリップなる女性がルウィンスキーと電話で話した内容を録音、それを公表したのだ。会話の録音をトリップに勧めたルチアーナ・ゴールドバーグは、1972年の大統領選挙でジャーナリストを装ってマクガバンをスパイしていた経歴がある。

 ルウィンスキーがホワイト・ハウスに雇われた1995年にNATOはボスニアとヘルツェゴビナを空爆、ルウィンスキーの事件で圧力を受けている状態で国務長官が交代になり、ユーゴスラビア空爆へ突き進むわけだ。

 この当時、すでにシリアをイラクやイランと一緒に殲滅するというビジョンをポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)は持っていたとウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官は語っている。1991年の湾岸戦争(イラクへの先制攻撃)でサダム・フセインを排除しなかったことにネオコン(親イスラエル派)は不満だったようだ。

 2007年に調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュが書いたレポートによると、アメリカ(ネオコン)、イスラエル、サウジアラビアは手を組み、シリアやイランをターゲットにした秘密工作を開始している。6月10日にフランスのLCPが放送した番組の中で、ロランド・デュマ元外相は、2009年にイギリスはシリア攻撃の準備を始めていたと語っている。イスラエルの意向が反映されているという。






最終更新日  2013.06.16 00:03:24

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