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《櫻井ジャーナル》

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2013.12.19
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 猪瀬直樹都知事が都議会の吉野利明議長に辞職願を提出、来年2月上旬に次の知事を選出することになるようだ。オリンピックの開催準備を滞らせるわけにいかないと知事は記者会見で述べたというが、このオリンピックは安倍晋三政権が進めるファシズム化の重要な手順に含まれている可能性が高く、まず頭に浮かんだのかもしれない。

 しかし、次の知事が最優先で取り組むべきことは、臨海副都心開発の破綻など鈴木俊一時代から続く「負の遺産」の処理。巨大企業や富裕層を優遇し、庶民を疲弊させる政策と続けてきたことから社会は崩壊状態なわけで、これを立ち直らせるという困難な仕事を任せられる人を選ばなければならない。

 勿論、東京の未来より自分の懐が大事な人びとも黙ってはいないだろう。これまでの政策で潤った人びと、利権まみれの政策を応援してきたマスコミの反発を跳ね返すことは至難の業だが、成し遂げなければ東京に未来はない。

 もし、社会的な強者が相手でも不正を追及するような気骨のある人物が知事に選ばれたなら、安倍晋三政権を支えている勢力にとっても憂慮すべき事態。「戦前レジーム」、つまり「天皇制官僚国家」への回帰という彼らの夢を実現する上で大きな障害になる可能性がある。

 こうした夢を持つ人びとは日本国憲法に基づく「戦後レジーム」に対する嫌悪感を隠そうとしないが、その一方で「日米同盟」、つまりアメリカ支配層への従属を至上の目標にしている。国の仕組みも強者総取りに作り替え、アメリカの要求に基づいて創設した自衛隊をアメリカ軍の下請け部隊にしようと必死だ。

 アメリカからの「押しつけ憲法」に嫌悪感を示しながら、その一方でアメリカに従属する矛盾。彼らの頭の中には2種類のアメリカ、いわばアメリカAとアメリカBが存在し、それを人びとが混同するように使っていることにその原因はある。ふたつのアメリカとは、強者総取りを実現しようとしている強欲なウォール街と強者総取りは貧富の格差を拡大して社会を不安定化させると考えるニュー・ディーラーと言えるだろう。

 ニュー・ディーラーとはフランクリン・ルーズベルトを中心とする人びとで、1933年3月から45年4月まで、ルーズベルトが大統領だった時代にホワイトハウスで主導権を握っていた。その前と後は、ニュー・ディーラーと対立関係にあったウォール街がアメリカ政府を支配している。

 ニュー・ディール政策を掲げるルーズベルトが当選した背景には経済の破綻がある。第1次世界大戦で戦場にならなかったアメリカでは大企業が大儲けしていたが、その儲けは一部の富裕層に滞留、戦争が終わって兵士が帰国すると失業問題が深刻化して貧富の格差が拡大していたのだ。

 政府は滞留した資金を社会に還流させるような政策は採らず、富裕層は手元の資金を投機市場へ投入して相場は高騰する。その相場が天井を打って暴落したのが1929年。誰かが仕掛けたかどうかは不明だが、すでに上昇相場が限界に達していたことは確かだ。

 この年に大統領となったハーバート・フーバーは大企業や富裕層の利益を第一に考える政策を打ち出し、国民の怒りを買うことになる。そして、アメリカの庶民はルーズベルトを選んだわけである。

 アメリカで株式相場が高騰する前、1923年に日本は関東大震災に襲われた。この震災で神奈川や東京など関東地方で大きな被害がでたわけだが、その復興資金を調達するために日本政府が頼った相手がJPモルガン。それ以降、日本政府はJPモルガンの影響下に入ることになった。(NHK取材班『日本の選択〈6〉金融小国ニッポンの悲劇』角川文庫、1995年)

 このJPモルガンと対立していたのがフランクリン・ルーズベルトを中心とするニュー・ディーラーで、ルーズベルトが大統領に就任した1933年にはファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画している。これは本ブログで何度か指摘した話だ。

 この計画への参加を打診されたスメドリー・バトラー少将は申し出を拒否、クーデター派にカウンター・クーデターの意思を伝える一方、議会で計画を明らかにする証言をしている。

 大統領選でルーズベルトが勝利した1932年に駐日大使となったジョセフ・グルーは日米を結ぶキー・パーソン。彼の親戚にあたるジェーン・ノートン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻であり、グルーと結婚したアリス・ペリーは日本で過ごした少女時代に大正(嘉仁)天皇の妻、つまり貞明皇后と親しくなっているのだ。

 当時、日本で最もJPモルガンと近い関係にあったとされているのは、浜口雄幸内閣で大蔵大臣を務めた井上準之助。彼は緊縮財政(小さい政府)、産業合理化(労働者解雇)、そして金解禁(金本位制)などのウォール街好みの政策を打ち出している。

 浜口は1930年に、井上は32年に暗殺されているが、グルーが駐日大使に就任したことを考えると、その後も真珠湾攻撃まで日本とアメリカとの間にはパイプがあったということだろう。その間、特に1932年までの日本はウォール街の意向を無視して動くことは難しかったはずだ。






最終更新日  2013.12.20 10:46:19



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