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《櫻井ジャーナル》

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2013.12.21
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 釈放されたミハイル・ホドルコフスキーはドイツへ移動、歓待されたようだ。ボリス・ベレゾフスキー(後にプラトン・エレーニンへ改名)と同じで、彼もボリス・エリツィン時代のロシアで巨万の富を築いた、つまり「私有化」や「規制緩和」を口実にして国の資産を格安の条件で手に入れた「オリガルヒ」だ。ホドルコフスキーとベレゾフスキーがイギリスのロスチャイルド家と親しいことは既に本ブログでも指摘した通り。

 言うまでもなく、エリツィンは「西側」から支援されていた人物。1993年9月には憲法を無視する形で議会を強制的に解散すると発表、議員がクーデターだと非難して議会ビルに立てこもると、戦車に議会ビルを砲撃させて独裁的な権力を握っている。そして新自由主義に基づく国家運営を始めた。

 ビルを砲撃したとなれば、相当数の犠牲者が出るのは当然。警察発表でも187名、議員側は2000名近くが殺されたとしている。「西側」と対立している人物がこうしたことを行えば間違いなく批判の嵐、相手が弱いとなれば軍事介入もありえる事態だが、「西側」の覚えがめでたいエリツィンに対しては寛容な姿勢を見せた。

 エリツィン政権と手を組んだ一部の勢力は国の資産を奪い、大多数の国民は塗炭の苦しみをなめさせられた。オリガルヒは犯罪組織を背景に持っていたが、ベレゾフスキーの場合はチェチェン・マフィア。そうした実態を暴いたジャーナリストがフォーブス誌の編集者だったポール・クレイブニコフで、『クレムリンのゴッドファーザー』という著作も出している。

 このアメリカ人ジャーナリストは2004年7月、モスクワで射殺されてしまう。すでにプーチンの時代になっていたが、勿論、クレイブニコフを恨んでいたのはベレゾフスキーなどオリガルヒだ。

 エリツィン時代に多くのジャーナリストが不可解な状況下で殺され、そのときに情報機関を統轄していたのがプーチンだということも事実であり、プーチンを「民主主義の旗手」だとは言えない。エリツィン時代、エリツィンとプーチンのコンビを支えていたのがベレゾフスキーなどのオルガルヒであり、当初、プーチン体制をオルガルヒは歓迎していたことも知られている。

 しかし、プーチンは実権を握るとオリガルヒによる支配体制を壊し始め、対立が生じて「西側」やオリガルヒからプーチン批判が始まる。「西側」を背景とするオリガルヒの反プーチン宣伝を垂れ流し、彼らを「民主化」の象徴であるかのように持ち上げるのは滑稽、いや確信犯なのだろうから軽蔑すべき行為だと言うべきだろう。

 ベレゾフスキーが使っていたチェチェン・マフィアはチェチェンの反ロシア勢力と重なり、その戦闘員を雇っているのがサウジアラビアだということも最近では知られるようになってきた。1970年代の終わりにアフガニスタンでアメリカやパキスタンはスンニ派武装勢力を編成したが、そのときに資金を提供していたのもサウジアラビア。「イラン・コントラ事件」ではサウジアラビアとイスラエルが登場してくる。その当時からサウジアラビアの役割は基本的に変化していない。変化していないがために、変化したアメリカとの間で対立が生じている。

 チェチェンなどコーカサスのスンニ派武装グループはサウジアラビアをスポンサーにしているわけだが、最近はシリアで政府軍と戦い、ソチで開催が予定されているオリンピックを襲撃するともしている。

 サウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン総合情報庁長官は7月末のロシア訪問時、そうした襲撃を抑えることができるとプーチンに語ったという。条件はシリアからロシアが手を引くことだったという。この提案をプーチンは脅しと理解、姿勢を以前より強硬にしてしまう。

 ホドルコフスキーもベレゾフスキーも不正な手段で蓄財したとされている。これは間違いないようだが、「西側」にも不正な手段で稼いでいる人は少なくない。例えば、巨大銀行やヘッジ・ファンドの幹部、そうした人びとと結びついている政治家や官僚、あるいはマスコミの人間などだ。

 エドワード・スノーデンが電子情報機関の実態を内部告発、最近の状況の一端が明るみに出た。地球規模で個人や組織の情報を集め、分析、監視していることは1970年代から知られていた(拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』でも説明)が、最新の情報が出てきた。そうした中、情報機関が金融取引も監視、相場も操作していたとする情報が出ている。「1%」の支配層はイカサマ博打でも稼いでいるということだ。

 そうしたことも含め、巨大や金融機関やヘッジ・ファンドは不正行為で儲け、損害を出したら「大きすぎて潰せない」ということで安泰。そうした銀行で巨万と富を手にした経営者たちの不正が発覚しても処罰されていない。つけは全て庶民に回され、「1%」は今も優雅な生活を続けている。そうした連中にしてみると、ベレゾフスキーが「お尋ね者」になり、ホドルコフスキーが収監されたことは許せないのだろう。

 ユーゴスラビアへの先制攻撃以来、アフガニスタンにしろ、イラクにしろ、リビアにしろ、シリアにしろ、「人権」や「人道」は「大量殺戮」と同義語であり、そうした意味でホドルコフスキーが「人権」の象徴になるのは理解できなくもない。






最終更新日  2013.12.22 03:06:59


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