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《櫻井ジャーナル》

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2014.03.10
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 1980年代の初め、アメリカのロナルド・レーガン大統領は「プロジェクト・デモクラシー」を始動させた。非政府組織と協力関係を築き、富豪の資金利用して行うプロパガンダ作戦で、その目的はアメリカ支配層、つまり「国境なき巨大資本」にとって都合の悪い国家、体制を崩壊させることにある。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は1983年5月17日付の紙面で「思想の戦争」と表現している。

 勿論、「デモクラシー」といっても真の意味で民主化しようというわけではない。これは単なる看板。実際には、巨大資本のため、選挙で民主的に成立した政権を倒してきた。メディアを使ったプロパガンダで攻撃、労働組合(御用組合)のデモやストで揺さぶり、軍隊を使ってクーデターで止めを刺すといった具合だ。

 アメリカ政府が行ったことには、例えば、1953年にイギリスと手を組み、イランの石油利権を握るためにムハマド・モサデク政権を倒した「エイジャクス(アイアース:トロイ戦争の英雄)作戦」、54年にはユナイテッド・フルーツ(現社名はチキータ・ブランド)の利権を守るためにヤコボ・アルベンス・グスマン政権を倒した「PBSUCCESS作戦」、1973年にチリでヘンリー・キッシンジャーがオーグスト・ピノチェトを使ってサルバドール・アジェンデ政権を倒した軍事クーデターなどがある。クーデター後、チリには世界で初めて新自由主義経済が導入された。この3政権は、いずれも民主的に選ばれていた。これ以外にもアメリカが倒した政権は少なくない。

 1970年代にローマ教皇庁のIOR(宗教活動協会。通称、バチカン銀行)を中心とする金融スキャンダルが発覚、ポーランドの反体制労組「連帯」に違法融資されていることも判明する。当時、東ヨーロッパの「民主化勢力」は公然とCIAに接触、1980年設立の連帯も例外ではなかった。この延長線上に「プロジェクト・デモクラシー」はある。

 1991年にソ連が消滅すると、巨大資本の意向に従い、「西側」は旧ソ連圏の浸食を開始する。1990年に東西ドイツが統一されるとき、アメリカのジェームズ・ベイカー国務長官はソ連の外務大臣だったエドゥアルド・シュワルナゼに対し、NATOを東へを拡大しないと約束したが、守られなかった。この際、「民主化」という呪文も使われたが、この頃から「人権」が強調されるようになる。自分たちに欠けているものを看板に掲げたのだろう。

 旧ソ連圏浸食の流れを見ると、1991年にスロベニア、クロアチア、マケドニア、翌年にはボスニア・ヘルツェゴビナがユーゴスラビアからの独立を宣言、コソボはアルバニアと一緒になろうと計画している。こうした動きをNATO軍やイスラム教の武装勢力が支援、1999年にNATOはユーゴスラビアを先制攻撃、このときにも攻撃を正当化するため、偽情報がメディアを通じて流された。(詳しくは拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を)

 1999年3月にNATOはユーゴスラビアを先制攻撃するのだが、それに先立ち、ユーゴスラビア政府のイメージを悪化させるためのプロパガンダを行っている。例えば、1992年にボスニアで16歳の女性が3名のセルビア兵にレイプされたとニューズデーのロイ・ガットマンは報道するのだが、事実でないことが後に別のジャーナリスト、アレクサンドラ・スティグルマイアーやマーティン・レットマイアーらによって明らかにされている。

 ボン支局長だったガットマンが頼っていた情報源のひとり、ヤドランカ・シゲリはユーゴスラビアを敵視していたクロアチアの民族主義の政党、HDZ(クロアチア民主団)の副党首で、プロパガンダ組織CIC(クロアチア情報センター)の幹部でもあった。「活動家」が偽情報を流し、それを「西側」のメディアが拡散するというパターンはこの時に出来上がっている。

 その後、シゲリは人権問題のヒロインとなり、1996年には「人権擁護団体」のHRWが彼女を主役にしたドキュメント映画を発表、レイプ報道で脚光を浴びたガットマンはセルビア人による残虐行為を報道したとしてピューリッツァー賞が贈られた。

 空爆の直前、1999年1月にウィリアム・ウォーカーなる人物がコソボでの「虐殺」を宣伝し始める。警察署で45名が虐殺されたというのだが、実際は警察とKLA(コソボ解放軍)との戦闘によるものだった。戦闘の様子はAPのテレビ・クルーが撮影、ウォーカーも事実を認識していたが、嘘は広がる。

 このウォーカーはエル・サルバドル駐在のアメリカ大使だった1989年、エル・サルバドル軍がカトリックの司祭6名、そしてハウスキーパーやその娘を殺害した事件で調査を妨害し、証人を脅した人物として知られている。

 基本的に同じことが中東や北アフリカで繰り返され、今はウクライナだ。昨年11月21日にキエフでEUに憧れる人びとがビクトル・ヤヌコビッチ大統領に対する抗議を開始、その混乱を収めるため、今年2月21日にEUの仲介で大統領と反政府派の代表は平和協定に調印したのだが、その直後にネオ・ナチが破壊活動を活発化、狙撃が始まって街は火と血の海になった。

 そして2月23日、ネオコン(アメリカの親イスラエル派)を中心とする「西側」の支援を受けた勢力が憲法の規定を無視して大統領の解任を議決、暫定政権が出来上がったのだが、ヤヌコビッチ自身は辞任を拒否、現在も自分が大統領だと主張している。法律的にはヤヌコビッチが正しい。

 反ヤヌコビッチ派が怒った理由は、ヤヌコビッチ大統領がロシアから150億ドルの債務救済を取り付け、ガス輸入価格の大幅な引き下げをロシア政府から引き出す一方、主権の放棄につながるEU加盟を中断したことにある。EU加盟が何を意味するかは、ギリシャを見るだけでもわかる。巨大資本の食い物になるということだ。だからこそ、「西側」はヤヌコビッチの決断を怒った。

 現在、日本でもウクライナの暫定政権が発表する話が垂れ流されている。「大本営発表」を垂れ流していた過去に対する反省は全く感じられない。






最終更新日  2014.03.10 19:07:01

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